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講孟余話 / 公孫丑上 第九章

但シ五代ノ馮道ノ如キハ、五朝八姓ニ歷事シ、身常ニ大臣トナリ、敢テ国ニ殉スルノ節ナク、国ヲ存スルノ策ナキ者ニシテ、人或ハ認テ道廣シナトヽ云ニ至ル、是レ柳下惠ノ和ヲ学テ、其不流ヲ忘ルヽニ非ズヤ、斯ノ如キ時ニ至テハ、伯夷ノ清ニ非サレハ、安ソ能ク義ヲ正シ、道ヲ明ニシテ、世道ヲ維持センヤ、故ニ余ハ則柳下惠ヲ主トシ、是ヲ輔スルニ伯夷ヲ以テセント欲ス、是余カ志ナリ、一二ノ朋友却テ伯夷ニ似タル者アリ、余ハ則又是ヲ輔クルニ柳下惠ヲ以テセント欲ス、是余二聖人ヲ学フノ術ニシテ、孟子ノ孔子ヲ学フ、恐クハ亦是ニ外ナラズ、

新字:但シ五代ノ馮道ノ如キハ、五朝八姓ニ歴事シ、身常ニ大臣トナリ、敢テ国ニ殉スルノ節ナク、国ヲ存スルノ策ナキ者ニシテ、人或ハ認テ道広シナトヽ云ニ至ル、是レ柳下恵ノ和ヲ学テ、其不流ヲ忘ルヽニ非ズヤ、斯ノ如キ時ニ至テハ、伯夷ノ清ニ非サレハ、安ソ能ク義ヲ正シ、道ヲ明ニシテ、世道ヲ維持センヤ、故ニ余ハ則柳下恵ヲ主トシ、是ヲ輔スルニ伯夷ヲ以テセント欲ス、是余カ志ナリ、一二ノ朋友却テ伯夷ニ似タル者アリ、余ハ則又是ヲ輔クルニ柳下恵ヲ以テセント欲ス、是余二聖人ヲ学フノ術ニシテ、孟子ノ孔子ヲ学フ、恐クハ亦是ニ外ナラズ、

書き下し

但し五代の馮道の如きは、五朝八姓に歴事し、身常に大臣となり、敢へて国に殉ずるの節なく、国を存するの策なき者にして、人或は認めて道広しなどと云ふに至る。是れ柳下恵の和を学びて、其の流れざるを忘るるに非ずや。斯くの如き時に至りては、伯夷の清に非ざれば、安んぞ能く義を正し、道を明かにして、世道を維持せんや。故に余は則ち柳下恵を主とし、是れを輔くるに伯夷を以てせんと欲す、是れ余が志なり。一二の朋友却つて伯夷に似たる者あり、余は則ち又是れを輔くるに柳下恵を以てせんと欲す。是れ余が二聖人を学ぶの術にして、孟子の孔子を学ぶ、恐らくは亦是れに外ならず。

現代語訳

ただし五代の馮道のような人は、五つの王朝、八つの姓の天子に次々と仕え、いつも大臣の地位にありながら、国に殉じる節義もなく、国を保つ策もなかった者であるのに、人によっては彼を「道が広い」などと認めるに至っている。これは柳下恵の和を学んで、その流されないところを忘れたのではないか。このような時になれば、伯夷の清らかさでなければ、どうして義を正し、道を明らかにして、世の道を支えることができようか。だから私は柳下恵を主とし、伯夷でそれを補おうと思う。これが私の志である。友人の一人二人には、かえって伯夷に似た者がいる。私はまた、その人たちを柳下恵で補いたいと思う。これが私が二人の聖人を学ぶやり方であり、孟子が孔子を学んだのも、おそらくこれにほかならないだろう。

解説

五代十国の時代、馮道は王朝が替わるたびに仕え続けて宰相の座を保ち、後世、節操のない人の代表とされてきました。松陰は、和やかさだけを学んで流されない芯を忘れれば馮道になると戒め、だから柳下恵を主としつつ伯夷の清さで補うと言います。さらに、伯夷に似た潔癖な友には柳下恵の寛さを補いたいとも。自分と友の偏りを見て、互いに足りないものを補い合うという発想は、松下村塾で個性の違う若者たちを育てた松陰の教え方そのものです。

この章句が説くこと

節義中庸馮道伯夷柳下恵

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