講孟余話 / 離婁下 第十九章
十一月十四日學問ノ道、人ノ禽獸ニ異ル所以ヲ知ルヨリ要ナルハナシ、其異ル所ハ、五倫五常ヲ得ルト失フトヨリ外ハナシ、是ヲ失フヲ庶民トシ、勤メテ是ヲ得ルヲ君子トシ、從容トシテ自ラ存スル者ヲ聖人トス、衆人ト云トモ勤勵スレハ君子トナリ其功ノ熟スルニ至テハ即チ聖人ナリ、禽獸ニ陷ルト聖人君子ニ升ルトノ分ハ、所以異ノ三字ニアリ、親切熟思スヘシ
新字:十一月十四日学問ノ道、人ノ禽獣ニ異ル所以ヲ知ルヨリ要ナルハナシ、其異ル所ハ、五倫五常ヲ得ルト失フトヨリ外ハナシ、是ヲ失フヲ庶民トシ、勤メテ是ヲ得ルヲ君子トシ、従容トシテ自ラ存スル者ヲ聖人トス、衆人ト云トモ勤励スレハ君子トナリ其功ノ熟スルニ至テハ即チ聖人ナリ、禽獣ニ陥ルト聖人君子ニ升ルトノ分ハ、所以異ノ三字ニアリ、親切熟思スヘシ
書き下し
十一月十四日。学問の道、人の禽獣に異なる所以を知るより要なるはなし。其の異なる所は、五倫五常を得ると失ふとより外はなし。是れを失ふを庶民とし、勤めて是れを得るを君子とし、従容として自ら存する者を聖人とす。衆人と雖も勤励すれば君子となり、其の功の熟するに至りては即ち聖人なり。禽獣に陥ると聖人君子に升るとの分は、「異なる所以」の三字にあり、親切に熟思すべし。
現代語訳
十一月十四日。学問の道で、人が鳥や獣と異なるわけを知ることより大切なものはない。その異なるところは、五倫(君臣・父子・夫婦・長幼・朋友の道)と五常(仁義礼智信)を得るか失うかのほかにはない。これを失うのが庶民であり、努めてこれを得るのが君子であり、ゆったりとして自然にこれを保っているのが聖人である。普通の人でも努め励めば君子となり、その功が熟すれば聖人となる。禽獣に落ちるか聖人君子に上るかの分かれ目は「異なる所以」の三字にある。身に引き寄せてよく考えるべきである。
解説
この章句が説くこと
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