講孟余話 / 萬章上 第六章
匹夫而有天下、繼世以有天下、此義天子ヨリ士庶人ニ達ス、天下國家創業開國ノ主ハ、皆德アリ時アルニ非レハ能ハサルコト勿論ナリ、乃チ士庶人ニ至テモ、一家ヲ興隆成立スルコトハ甚タ難シ、且諸士ノ如キ各々俸祿ヲ繼クコト、皆其祖先數十年間沐雨櫛風ノ勞、粉骨碎身ノ功ニ因テ、百石五十石ノ微祿ニテモ、漸クニ賜フ所ナレハ、容易ナラサルコトナリ、而ルニ其子孫ニ至テモ、甚タ狂悖ノ至ニ非ルヨリハ、舊ニ仍テ上ヨリ其祿ヲ下シ置ルヽコト、人君天意ヲ奉承シテ行フ所ニシテ、限リナキ厚恩ト云ヘシ、此理ヲ弁ヘス、不才無能ノ身ニシテ、莫大ノ祿ヲ食ミ、君恩モ祖德モ考ヘスシテ、得タリ皃シテ、我レハ大祿ノ士ナリト人ニ誇ル、懼ルヘキノ至ナリ、宜シク深ク省ルヘキコトナリ、獨リ天子ノ事トノミ看過スヘカラス
新字:匹夫而有天下、継世以有天下、此義天子ヨリ士庶人ニ達ス、天下国家創業開国ノ主ハ、皆徳アリ時アルニ非レハ能ハサルコト勿論ナリ、乃チ士庶人ニ至テモ、一家ヲ興隆成立スルコトハ甚タ難シ、且諸士ノ如キ各々俸禄ヲ継クコト、皆其祖先数十年間沐雨櫛風ノ労、粉骨砕身ノ功ニ因テ、百石五十石ノ微禄ニテモ、漸クニ賜フ所ナレハ、容易ナラサルコトナリ、而ルニ其子孫ニ至テモ、甚タ狂悖ノ至ニ非ルヨリハ、旧ニ仍テ上ヨリ其禄ヲ下シ置ルヽコト、人君天意ヲ奉承シテ行フ所ニシテ、限リナキ厚恩ト云ヘシ、此理ヲ弁ヘス、不才無能ノ身ニシテ、莫大ノ禄ヲ食ミ、君恩モ祖徳モ考ヘスシテ、得タリ皃シテ、我レハ大禄ノ士ナリト人ニ誇ル、懼ルヘキノ至ナリ、宜シク深ク省ルヘキコトナリ、独リ天子ノ事トノミ看過スヘカラス
書き下し
「匹夫にして天下を有つ」「世を継ぎて以て天下を有つ」、此の義天子より士庶人に達す。天下国家創業開国の主は、皆徳あり時あるに非ざれば能はざること勿論なり。乃ち士庶人に至りても、一家を興隆成立することは甚だ難し。且つ諸士の如き、各々俸禄を継ぐこと、皆其の祖先数十年間沐雨櫛風の労、粉骨砕身の功に因りて、百石五十石の微禄にても漸くに賜ふ所なれば、容易ならざることなり。而るに其の子孫に至りても、甚だ狂悖の至りに非ざるよりは、旧に仍りて上より其の禄を下し置かるること、人君天意を奉承して行ふ所にして、限りなき厚恩と云ふべし。此の理を弁へず、不才無能の身にして莫大の禄を食み、君恩も祖徳も考へずして、得たり顔して、我れは大禄の士なりと人に誇る、懼るべきの至りなり。宜しく深く省みるべきことなり。独り天子の事とのみ看過すべからず。
現代語訳
「平民でありながら天下を保つ」「代を継いで天下を保つ」、この意味は天子から士・庶民にまで通じる。天下国家を創業し国を開いた主は、みな徳があり時を得ていなければできないことは言うまでもない。士や庶民に至っても、一家を興して成り立たせることは非常に難しい。しかも武士たちがそれぞれ俸禄を継いでいるのは、みなその祖先が数十年の間、雨に打たれ風に髪をくしけずるような苦労や、身を粉にする功によって、百石五十石のわずかな禄でもようやく賜ったものであるから、容易なことではない。それなのにその子孫に至っても、よほどの乱暴者でない限り、以前のとおり主君からその禄を下されているのは、君主が天の意を受けて行っていることで、限りない厚い恩というべきである。この道理をわきまえず、才もなく無能な身で莫大な禄を食み、主君の恩も祖先の徳も考えずに、得意顔で「私は大禄の士だ」と人に誇るのは、恐るべき極みである。深く省みるべきことである。ただ天子の事だとばかり見過ごしてはならない。
解説
この章句が説くこと
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