講孟余話 / 公孫丑下 首章
天時不如地利、地利不如人和、此義明白復タ論ヲ待タス、今試ニ是ヲ例言セン、夫人和ヲ得テ初テ地利用ユベシ、天時用ユベシ、故ニ国家ノ務ヲ論スル時ハ、先ツ人和ヲ務ムベシ、人和已ニ得ハ城高フスベシ、池深フズベシ、兵革堅利ニスベシ、米粟多クスベシ、其戰ニ臨テハ天時モ択フベシ、是ヲ一身ニ譬フルニ、胸中固ヨリ忠孝ノ念ヲ存スル是人和ノ如シ、忠孝ノ念アラハ文学モ修ムベシ、武藝モ講スベシ、武器モ畜フベシ、是天時地利ノ如シ、故ニ忠孝ノ念ナキ者ヲシテ、文武ヲ講修シ、武器ヲ畜ヘシメハ、却テ害トナリ、其身ヲ全スルコト能ハサルノ基ナリ、是人和ヲ得スシテ、地利天時ヲ恃ムカ如シ、理ハ一ナリ、一身一家ヨリ国天下ニ通シ、皆別理アルコトナシ、宜シク先後緩急ノ在ル所ヲ察スヘシ、先ト云急ト云ハ、忠孝ノ念ナリ、人和ナリ、後ト云緩ト云ハ文学武藝武器等ナリ、天時地利ナリ
新字:天時不如地利、地利不如人和、此義明白復タ論ヲ待タス、今試ニ是ヲ例言セン、夫人和ヲ得テ初テ地利用ユベシ、天時用ユベシ、故ニ国家ノ務ヲ論スル時ハ、先ツ人和ヲ務ムベシ、人和已ニ得ハ城高フスベシ、池深フズベシ、兵革堅利ニスベシ、米粟多クスベシ、其戦ニ臨テハ天時モ択フベシ、是ヲ一身ニ譬フルニ、胸中固ヨリ忠孝ノ念ヲ存スル是人和ノ如シ、忠孝ノ念アラハ文学モ修ムベシ、武芸モ講スベシ、武器モ畜フベシ、是天時地利ノ如シ、故ニ忠孝ノ念ナキ者ヲシテ、文武ヲ講修シ、武器ヲ畜ヘシメハ、却テ害トナリ、其身ヲ全スルコト能ハサルノ基ナリ、是人和ヲ得スシテ、地利天時ヲ恃ムカ如シ、理ハ一ナリ、一身一家ヨリ国天下ニ通シ、皆別理アルコトナシ、宜シク先後緩急ノ在ル所ヲ察スヘシ、先ト云急ト云ハ、忠孝ノ念ナリ、人和ナリ、後ト云緩ト云ハ文学武芸武器等ナリ、天時地利ナリ
書き下し
「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」。此の義明白、復た論を待たず。今試みに是れを例言せん。夫れ人和を得て初めて地利用ふべし、天時用ふべし。故に国家の務めを論ずる時は、先づ人和を務むべし。人和已に得ば城高くすべし、池深くすべし、兵革堅利にすべし、米粟多くすべし、其の戦に臨みては天時も択ぶべし。是れを一身に譬ふるに、胸中固より忠孝の念を存する、是れ人和の如し。忠孝の念あらば文学も修むべし、武芸も講ずべし、武器も畜ふべし、是れ天時・地利の如し。故に忠孝の念なき者をして、文武を講修し、武器を畜へしめば、却つて害となり、其の身を全うすること能はざるの基なり。是れ人和を得ずして、地利・天時を恃むが如し。理は一なり。一身一家より国天下に通じ、皆別理あることなし。宜しく先後緩急の在る所を察すべし。先と云ひ急と云ふは、忠孝の念なり、人和なり。後と云ひ緩と云ふは、文学・武芸・武器等なり、天時・地利なり。
現代語訳
「天の与える好機は土地の有利さに及ばず、土地の有利さは人の和に及ばない」。この意味ははっきりしていて、改めて論じるまでもない。いま試みに例を挙げて言おう。そもそも人の和を得てはじめて、土地の利も用いることができ、天の時も用いることができる。だから国家の務めを論じるときは、まず人の和に努めるべきである。人の和を得たら、城を高くし、堀を深くし、武器を堅く鋭くし、米や穀物を多く蓄え、戦に臨んでは天の時も選ぶべきである。これを一人の身にたとえると、胸の中にもとより忠孝の思いを持っていることが、人の和のようなものである。忠孝の思いがあれば、学問も修め、武芸も稽古し、武器も備えるがよい。これが天の時や地の利のようなものである。だから忠孝の思いのない者に文武を学ばせ、武器を備えさせれば、かえって害となり、その身を全うできなくなるもとである。これは人の和を得ずに、地の利や天の時を頼むようなものである。道理は一つである。一身・一家から国・天下まで通じていて、別の道理があるわけではない。何を先にし何を後にするか、何が急で何が緩やかかを、よく見極めるべきである。先であり急であるのは、忠孝の思いであり、人の和である。後であり緩やかであるのは、学問・武芸・武器などであり、天の時・地の利である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』諸役人職分支配を分つ事皆何れも御政務の筋を分けて掌る人なき故その一向きを平生ともに専一に心掛くることなく、只鼻の先きにて御用多きを自慢して忙はしげに走りまはるばかりを専一とすること当時の風俗なる故なり、特に学問幷に法を立すしては時にとり御政務の筋にも非す、急用ならぬことなる故下よりその道の人申し上けたきことあれとも、御老中若老中なと忙はしげに働かるゝ中へは其道の人も得申し出てぬなり、たま〳〵申し出てゝも大方はけちらかれて揚けられぬ、是によりて学問の筋諸芸の筋は日々に衰へ行くことなり、皆定まりて掌る人なき故なり、
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『春秋左氏伝』定公五年 子期、麇を焚く九月、夫概王歸りて、自ら立つ。王と戰ひて敗るるを以て、楚に奔りて堂谿氏と為る。吳の師、楚の師を雍澨に敗る。秦の師、又吳の師を敗る。吳の師、麇に居る。子期、將に之を焚かんとす。子西曰く、「父兄親ら骨を焉に暴す。收むる能はずして、又之を焚くは、不可なり」と。子期曰く、「國亡びんとす。死者若し知有らば、以て舊祀を歆くべし。豈に之を焚くを憚らんや」と。之を焚きて又戰ふ。吳の師敗る。又公婿の谿に戰ふ。吳の師大いに敗る。吳子乃ち歸る。闉輿罷を囚ふ。闉輿罷、先んぜんことを請ひ、遂に逃れ歸る。葉公諸梁の弟后臧、其の母に從ひて吳に於いてす。待たずして歸る。葉公、終に正視せず。乙亥、陽虎、季桓子及び公父文伯を囚へて、仲梁懷を逐ふ。
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言志四録・言志録 第二百二十九条 先務を急にし賢を親しむ孟子は、先務を急にし、賢を親しむを急にするを以て、堯舜の仁智と為す。試みに二典を検するに、並びに皆前半截は是れ先務を急にし、後半截は是れ賢を親しむを急にす。
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論語・顔淵篇子貢、政を問う。子曰く、「食を足し、兵を足し、民之を信ず。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の三者に於いて何をか先にせん。」曰く、「兵を去らん。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の二者に於いて何をか先にせん。」曰く、「食を去らん。古より皆死有り、民信無くんば立たず。」
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孟子・告子章句上孟子曰く、「人の身に於けるや、愛する所を兼ぬ。愛する所を兼ぬれば、則ち養う所を兼ぬ。無尺寸の膚も愛せざること無ければ、則ち尺寸の膚も養わざること無きなり。其の善不善を考うる所以の者は、豈に他有らんや。己に於て之を取るのみ。體に貴賤有り、小大有り。小を以て大を害すること無く、賤を以て貴を害すること無かれ。其の小を養う者は小人為り、其の大を養う者は大人為り。今場師有り。其の梧檟(ゴ・カ)を舎てて、其の樲棘(ジ・キョク)を養わば、則ち賤場師と為さん。其の一指を養いて、而も其の肩背を失いて知らざれば、則ち狼疾人と為さん。飲食の人は、則ち人之を賤む。其の小を養いて以て大を失うが為なり。飲食の人も失うこと有る無ければ、則ち口腹豈に適だ尺寸の膚の為のみならんや。」
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論語・郷党篇廄焚けたり。子、朝より退きて曰く、「人を傷つけたるか。」馬を問わず。
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