講孟余話 / 離婁上 第十四章
善戰者服上刑、連諸侯者次之、辟草萊任土地者次之、善戰者ノ三言ヲ聞テ人皆驚愕セサルハナシ、今ヤ國家多事、夷冦陸梁、善戰者アリテ冦ヲ平ケ、連諸侯者アリテ列藩心ヲ協ヘ力ヲ合セ、辟草萊任土地者アリテ國用ヲ足スニ非スンハ、何ヲ以テ時艱ヲ濟ンヤ、是人々ノ驚愕スル所ナリ、然トモ是深ク孟子ノ意ヲ察セサル者ト云ヘシ、孟子ノ意ハ仁政ヲ行ハスシテ此三者ヲ主トスルノ非ヲ云ナリ、今ノ時ニ方リテ親ヲ親シミ賢ヲ賢トシ民ヲ愛シ士ヲ養フノ政ヲ行ハスシテ、此三者ヲ主トセハ其極如何ソヤ、是孟子ノ惡ム所ナリ、故ニ云ク服上刑ト、第十五章
新字:善戦者服上刑、連諸侯者次之、辟草萊任土地者次之、善戦者ノ三言ヲ聞テ人皆驚愕セサルハナシ、今ヤ国家多事、夷寇陸梁、善戦者アリテ寇ヲ平ケ、連諸侯者アリテ列藩心ヲ協ヘ力ヲ合セ、辟草萊任土地者アリテ国用ヲ足スニ非スンハ、何ヲ以テ時艱ヲ済ンヤ、是人々ノ驚愕スル所ナリ、然トモ是深ク孟子ノ意ヲ察セサル者ト云ヘシ、孟子ノ意ハ仁政ヲ行ハスシテ此三者ヲ主トスルノ非ヲ云ナリ、今ノ時ニ方リテ親ヲ親シミ賢ヲ賢トシ民ヲ愛シ士ヲ養フノ政ヲ行ハスシテ、此三者ヲ主トセハ其極如何ソヤ、是孟子ノ悪ム所ナリ、故ニ云ク服上刑ト、第十五章
書き下し
「善く戦ふ者は上刑に服し、諸侯を連ぬる者は之れに次ぎ、草萊を辟き土地に任ずる者は之れに次ぐ」。善く戦ふ者の三言を聞きて、人皆驚愕せざるはなし。今や国家多事、夷寇陸梁す。善く戦ふ者ありて寇を平らげ、諸侯を連ぬる者ありて列藩心を協へ力を合はせ、草萊を辟き土地に任ずる者ありて国用を足すに非ずんば、何を以て時艱を済はんや。是れ人々の驚愕する所なり。然れども是れ深く孟子の意を察せざる者と云ふべし。孟子の意は、仁政を行はずして此の三者を主とするの非を云ふなり。今の時に方りて、親を親しみ、賢を賢とし、民を愛し、士を養ふの政を行はずして、此の三者を主とせば、其の極如何ぞや。是れ孟子の悪む所なり。故に云ふ「上刑に服す」と。第十五章。
現代語訳
「戦争が上手な者は最も重い刑に当たる。諸侯を連合させる者はその次、荒れ地を開いて土地を使い尽くす者はその次である」。戦争上手を罰せよというこの三つの言葉を聞いて、驚かない人はいない。いまは国家に事が多く、外国が勝手気ままにふるまっている。戦争上手な者がいて外敵を平らげ、諸侯を連合させる者がいて諸藩が心と力を合わせ、荒れ地を開いて土地を活かす者がいて国の費用をまかなうのでなければ、どうしてこの時の難局を乗り切れようか。これが人々が驚くところである。しかしそれは孟子の真意を深く汲み取っていない者と言うべきである。孟子の真意は、仁政を行わずにこの三つを主とすることの誤りを言っているのである。いまの時代に、親を親しみ、賢者を賢者として用い、民を愛し、士を養う政治を行わずに、この三つを主とすれば、その行き着く先はどうなるか。これを孟子は憎んだのである。だから「最も重い刑に当たる」と言ったのだ。(続く第十五章には割記がない)
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『講孟余話』梁惠王上 第五章吾試みに孟子の策の本末を論ぜん。仁政を民に施し、刑罰を省き、税斂を薄うする、是れ其の第一下手の処にして、夫れより封疆の諸城を撤し、兵は悉く農に帰す。天下の費、兵より甚しきはなし、兵を省かずんば何を以て税斂を薄くせんや。政の民に便なる者は、難易を論ぜず必ず挙行し、士の民を治むるに堪ふる者は、遠近親疎を論ぜず必ず擢用し、務めて民と休息し、民をして我を信戴して休さらしむ。若し一旦三国兵を以て来侵することあらば、大いに国中に令して云く、我方に斯の民を愛育せんと欲す、如何せん隣国の逼迫となり、却つて斯の民を苦悩せしむるに至る、哀しむに堪へず。民等意に任せて出で降り其の性命を全うすべし。我已に此の国に主たり、一死社稷の為めにするあるのみ、敢へて寸歩を退避せずと。果して斯くの如くんば、四方忠義の士、豈に感慨して興起せざらんや。誠に斯くの如くなれば、誰か其の国を奪ふことを得んや。況んや此の時秦楚斉の諸国、国富み兵強く将能なりと雖も、原と民を安んずるを以て心とする者あることなければ、数月ならずして潰走すること必せり。
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『講孟余話』告子下 第九章此の章「土地を辟き、府庫を充たし、与国を約し、戦へば必ず克つ」を憎むに非ず。「君道に郷はず、仁に志さずして、之を富まさんことを求め、而して之が為に強戦せんことを求む」を憎むなり。此等の章大体上より見下さざれば明らかならず。故に結語に云く、「今の道に由り、今の俗を変ずること無くんば、之に天下を与ふと雖も、一朝も居ること能はざるなり」と。今の道に由らず、今の俗を変ぜんとならば如何。前章五覇三王の事、及び「其の君を引きて、以て道に当て仁に志さしむ」の説より工夫を下す時は大本立つなり。大本已に立つ時は枝葉是に従ふ。已に三王の道を立て、五覇の術を採り、道に当り仁に志す上は、土地を辟き府庫を充たすの臣、与国を約し戦へば必ず克つの臣も亦皆有用なり。離婁上篇第十四章に、「善く戦ふ者は上刑に服し、諸侯を連ぬる者は之に次ぎ、草萊を辟き土地を任ずる者は之に次ぐ」とあり。尽心下篇に「我善く陳を為す、我善く戦を為すと、大罪なり」と。而して前章三王の事を説きては云く、「土地辟け、田野治まる」と。五覇の事を説きては云く、「既に盟ふの後、言に好に帰す」と。公孫丑下篇首章、「君子戦はざること有り、戦へば必ず勝つ」と云ふ。又梁恵王下篇第三章、文武の勇を称し、其の他燕を伐つを論ずる諸章梁恵王下第十章第十一章、公孫丑下第八章等を以て見れば、孟子をして志を得せしめば、亦必ず富国強兵の策を採用し、善戦善陳の士を駆使すること必せり。
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孟子・離婁章句上孟子曰く、「求や季氏の宰と為り、能く其の德を改めしむる無く、而も粟を賦すること他日に倍せり。孔子曰く、『求は我が徒に非ざるなり。小子、鼓を鳴らして之を攻めて可なり。』此に由りて之を觀れば、君、仁政を行わずして之を富ますは、皆孔子に棄てらるる者なり。況や之が為に強戰し、地を爭いて以て戰い、人を殺して野に盈て、城を爭いて以て戰い、人を殺して城に盈つるに於いてをや。此れ所謂土地を率いて人の肉を食らわすなり。罪、死に容れず。故に善く戰う者は上刑に服し、諸侯を連ぬる者は之に次ぎ、草萊を辟き、土地に任ずる者は之に次ぐ。」
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『講孟余話』公孫丑上 第五章此の章仁政を論ずること甚だ詳かなり。大意、天下の士・商旅・農民皆我が国を慕ひ来る如くする事なり。五者の中尤も要とする所は、又士の其の朝に立つことを願ふ如くするに在り、故に此の条を以て第一に置くなり。政に任ずる者、胸に手を措きて思惟すべし。
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『講孟余話』梁惠王上 第五章仁政を民に施さば、梃を制して以て秦楚の堅甲利兵を撻たしむべし。疑ふ勿れ。魏の国たるや、西は秦に圧され、南は楚に逼られ、東は斉に窺はる。其の自立の難き、言を待たず。魏の為めに策する者、宜しく兵械を修め、糧餉を儲へ、卒伍を練り将領を撰ぶなど云ふべし。然るに孟子は則ち然らず、唯だ仁政と言ふのみ、梃を制し秦楚を撻つと云ふのみ。宜なるかな、当時孟子の説を以て事情に濶なりとすること。然れども是れ大いに事情に切なる者あり、深察せざるのみ。
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『講孟余話』離婁上 第二十章賢人を用ゐて不肖を黜け、善政を挙げて悪政を革むるは人君の急務なるに、是れは適むるに足らず、間るに足らずと云ふは大識見と云ふべし。大氏後世の策士論者、適むる所間る所、皆人と政との外に出づること能はず、誰か敢へて君臣の非を格すことを知らんや。且つ今日を以て是れを論ずるに、人君断然として国威を四海に宣べ外夷を撻伐せんとの誠心あらば、天下の大なる、人民の衆なる、何ぞ賢材なきを憂へん。賢材已に挙用せば、何ぞ善政なきを憂へん。君已に誠心あり、賢材已に挙り、善政已に行はるれば、国威を四海に宣べ外夷を撻伐するに於て何の難きことかあらん。若し人君此の誠心なくんば、賢材ありと云へども善政ありと云へども亦空文のみ。況んや賢材必ずしも聚らず、善政必ずしも行はれざるをや。
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