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講孟余話 / 梁惠王下 首章

今ヤ文教興隆、正学世ニ明ナリ、士孔孟ノ言ニ非レハ口ニ称セズ、五尺ノ童子モ管晏ヲ言フコトヲ耻ツ、吾諸君ト此世ニ生レ、正宝ニ從事スルコトヲ得、実ニ大幸ト云ベシ、然トモ志ヲ立ルコト眞ナラサレハ、名ハ正學ナレトモ実ハ曲学ニモ劣ルヘシ、事旧タレトモ、子トシテハ孝ニ死シ、臣トシテハ忠ニ死シ、仰テハ皇國ノ大恩ニ報シ、俯シテハ一身ノ職分ヲ尽サント、日夜ニ志ヲ勵マシテ学ヲ勤メハ、其正学タルニ負カズト云ヘシ、孟子嘗テ云ク、五穀モ熟セサレハ荑稗ニ如カズト、思ハサルベケンヤ、抑志サヘ眞ナレハ曲学ニテモ一概ニ非トスベカラズトハ雖トモ、世ニ志アリテ曲学ニ陷ル者アラハ、吾固ヨリ手ヲ把テ正学ノ途ニ進メント欲スルハ固ナリ、是ヲ以テ又孟子樂ヲ論スル言外ノ旨ヲ領スベシ

新字:今ヤ文教興隆、正学世ニ明ナリ、士孔孟ノ言ニ非レハ口ニ称セズ、五尺ノ童子モ管晏ヲ言フコトヲ耻ツ、吾諸君ト此世ニ生レ、正宝ニ従事スルコトヲ得、実ニ大幸ト云ベシ、然トモ志ヲ立ルコト真ナラサレハ、名ハ正学ナレトモ実ハ曲学ニモ劣ルヘシ、事旧タレトモ、子トシテハ孝ニ死シ、臣トシテハ忠ニ死シ、仰テハ皇国ノ大恩ニ報シ、俯シテハ一身ノ職分ヲ尽サント、日夜ニ志ヲ励マシテ学ヲ勤メハ、其正学タルニ負カズト云ヘシ、孟子嘗テ云ク、五穀モ熟セサレハ荑稗ニ如カズト、思ハサルベケンヤ、抑志サヘ真ナレハ曲学ニテモ一概ニ非トスベカラズトハ雖トモ、世ニ志アリテ曲学ニ陥ル者アラハ、吾固ヨリ手ヲ把テ正学ノ途ニ進メント欲スルハ固ナリ、是ヲ以テ又孟子楽ヲ論スル言外ノ旨ヲ領スベシ

書き下し

今や文教興隆し、正学世に明らかなり。士は孔孟の言に非ざれば口に称せず、五尺の童子も管晏を言ふことを恥づ。吾諸君と此の世に生まれ、正学に従事することを得、実に大幸と云ふべし。然れども志を立つること真ならざれば、名は正学なれども実は曲学にも劣るべし。事旧りたれども、子としては孝に死し、臣としては忠に死し、仰いでは皇国の大恩に報じ、俯しては一身の職分を尽くさんと、日夜に志を励まして学を勤めば、其の正学たるに負かずと云ふべし。孟子嘗て云く、五穀も熟せざれば荑稗に如かずと、思はざるべけんや。抑々志さへ真なれば曲学にても一概に非とすべからずとは雖も、世に志ありて曲学に陥る者あらば、吾固より手を把りて正学の途に進めんと欲するは固よりなり。是れを以て又孟子の楽を論ずる言外の旨を領すべし。

現代語訳

今や学問は盛んで、正しい学問が世に明らかである。士は孔子・孟子の言葉でなければ口にせず、子どもでさえ管仲・晏嬰を語ることを恥じる。私たちが諸君とこの世に生まれ、正しい学問に従事できるのは、まことに大きな幸せである。しかし志の立て方が本物でなければ、名は正しい学問でも、中身は曲がった学問にも劣るだろう。言い古されたことだが、子としては孝に命をかけ、臣としては忠に命をかけ、仰いでは国の大恩に報い、伏しては自分の職分を尽くそうと、日夜志を励まして学問に努めるなら、正しい学問の名に背かないと言える。孟子はかつて、五穀もよく実らなければ、ひえやいぬびえにも及ばないと言った。考えないでよいだろうか。そもそも志さえ本物なら曲がった学問でも一概に否定できないとはいえ、志があって曲がった学問に陥っている人がいれば、私はもちろん手を取って正しい学問の道に進ませたいと思う。このことから、孟子が音楽を論じた言葉の外にある趣旨をつかむべきである。

解説

正しい学問が世に広まった時代に生まれたことを、松陰は大きな幸せと言います。しかし看板が正学でも志が本物でなければ、中身は曲学にも劣ると戒めます。孟子の「五穀も熟せざれば荑稗に如かず」、つまり立派な穀物も実らなければ雑草の実にも劣るという言葉を引き、学びを実らせるのは日々の志だと説きます。最後に、志ある人が回り道の学問にいるなら手を取って導きたいと結ぶところに、教育者としての松陰の温かさがあります。立派な看板より実りを問う一節です。

この章句が説くこと

志学問実り職分正学

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