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講孟余話 / 滕文公上 第四章

有爲神農之言者許行、許行ハ農家者流ニテ上古神農ノ言ヲ称述スル者ト云ヘリ、盖シ周ノ衰ル、人君坐ナカラ冨貴ニ生長シ、飽食煖衣シテ、民事ヲ以テ念トセサルト、世澆季ニシテ風俗偷薄ナルトヲ憤リ、其弊ヲ矯ント欲スルノ心切ナルニ因テ、與民並耕、市賈不貳ナトヽ、過當ノ論ヲ発スルノミ、故ニ先ツ許行カ心ヲ察シ、然ル後孟子ノ論ヲ讀ムヘシ、孟子ノ論ハ人君ノ職重キ、耕且爲スヘキニ非ルヲ云、民ヲ教養シ風俗ヲ厚スルノ道其骨子タリ、故ニ許行異端ト雖トモ、其用意ハ亦憐ムヘシ、若シ人君孟子ノ說ヲ行フコト能ハスシテ、一概ニ許行ヲ非トセハ大ニ非ナリ、

新字:有為神農之言者許行、許行ハ農家者流ニテ上古神農ノ言ヲ称述スル者ト云ヘリ、盖シ周ノ衰ル、人君坐ナカラ冨貴ニ生長シ、飽食煖衣シテ、民事ヲ以テ念トセサルト、世澆季ニシテ風俗偸薄ナルトヲ憤リ、其弊ヲ矯ント欲スルノ心切ナルニ因テ、与民並耕、市賈不貳ナトヽ、過当ノ論ヲ発スルノミ、故ニ先ツ許行カ心ヲ察シ、然ル後孟子ノ論ヲ読ムヘシ、孟子ノ論ハ人君ノ職重キ、耕且為スヘキニ非ルヲ云、民ヲ教養シ風俗ヲ厚スルノ道其骨子タリ、故ニ許行異端ト雖トモ、其用意ハ亦憐ムヘシ、若シ人君孟子ノ説ヲ行フコト能ハスシテ、一概ニ許行ヲ非トセハ大ニ非ナリ、

書き下し

「神農の言を為むる者許行あり」。許行は農家者流にて上古神農の言を称述する者と云へり。蓋し周の衰ふる、人君坐ながら富貴に生長し、飽食煖衣して、民事を以て念とせざると、世澆季にして風俗偸薄なるとを憤り、其の弊を矯めんと欲するの心切なるに因りて、「民と並び耕す」「市賈弐ならず」などと、過当の論を発するのみ。故に先づ許行が心を察し、然る後孟子の論を読むべし。孟子の論は人君の職重き、耕し且つ為すべきに非ざるを云ふ、民を教養し風俗を厚くするの道其の骨子たり。故に許行異端と雖も、其の用意は亦憐むべし。若し人君孟子の説を行ふこと能はずして、一概に許行を非とせば大いに非なり。

現代語訳

「神農の教えを奉じる許行という者がいた」。許行は農家の流派で、上古の神農の言葉を称えて述べる者だという。思うに周が衰えると、君主は居ながらにして富貴の中で育ち、腹いっぱい食べ暖かく着て、民のことを心にかけなくなった。また世は末世となって風俗が薄っぺらになった。許行はそれを憤り、その弊害を正したいという気持ちが切実だったので、「君主も民と並んで耕せ」「市場の値段に二通りがあってはならない」などと、行き過ぎた論を唱えたにすぎない。だから、まず許行の心を察し、そのうえで孟子の論を読むべきである。孟子の論は、君主の職責は重く、耕しながら政治をするべきものではないと言うもので、民を教え養い風俗を厚くする道がその骨子である。だから許行は異端ではあっても、その心づかいはまた憐れむべきものがある。もし君主が孟子の説を行うこともできないのに、ひとまとめに許行を否定するなら、大きな誤りである。

解説

滕に来た許行は、君主も民と並んで耕せと説き、孟子に厳しく退けられます。ところが松陰はまず、許行がそう言ったのは、民を顧みない君主と軽薄な世への憤りからだと、その心を汲み取ります。孟子の反論を読む前に、論敵の動機を理解せよ、というのです。そのうえで、孟子の言う仁政も行えない君主が許行を笑う資格はない、と釘を刺します。反対意見を退けるときも、まず相手が何に怒っているのかを理解する。議論の作法として、今も学ぶところの多い姿勢です。

この章句が説くこと

異論理解動機許行議論

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