不動智神妙録 / 禅
不動智神妙録(禅)の名句を、現代語訳と実践の解説つきで。全56句。
臨済宗の沢庵宗彭(一五七三〜一六四五)が、将軍家の兵法師範であった柳生但馬守宗矩に宛てて書いたとされる書です。剣の道を禅の言葉で説き明かし、「剣禅一如」を代表する書として、宮本武蔵の『五輪書』や宗矩自身の『兵法家伝書』と並べて読まれてきました。中心の主題は「心の置き所」です。相手の太刀に心を置けば太刀に心を取られ、勝とうと思う所に置けばそこに取られ、負けまいと思う所に置けばそこに取られる。臍の下に押し込めよという教えも、稽古の段階の方法にすぎない。では心をどこに置くのか。沢庵の答えは「何処にも置かねば、我身に一ぱいに行きわたりて全体に延びひろごりてある程に、手の入る時は手の用を叶え、足の入る時は足の用を叶え」るというものでした。「どっこにも置かねばどっこにもあるぞ」。不動智とは、石や木のように動かない心ではありません。「向ふへも左へも右へも、十方八方へ心は動き度きやうに動きながら、卒度も止まらぬ心」のことです。一本の木の赤い葉一枚を見ていれば残りの葉は見えないが、何の心もなく木に向かえば百千の葉がみな見える。本心は水のように流れ、妄心は氷のように固まる。思うまいと思うこともまた物思いである。こうした比喩が次々に置かれ、剣の話がそのまま仕事や人づきあいの話として読めます。後半は趣が変わり、宗矩本人への率直な諫言になります。地位を得た今こそ恩を忘れるな。善人を近づけて自分の足りない所を諫めさせよ。気に合う者だけを取り立てるな。子を責める前に自分の身を正せ。賄賂を受けるな。自分の能の芸に奢って諸大名に押しかけるな。そして最後に一首。「心こそ心迷はす心なれ心に心心ゆるすな」。剣の心法の書が、権力の近くにいる人の自己管理の書として閉じるのです。底本は『沢菴和尚全集』(上田屋書店)所収の本文です。頭注や脚注が本文の流れに割り込まない版として選びました。証人は『禅門法語全集』第四篇、『禅門法語集 校補点註』(一八九五)、『沢菴禅師遺訓』(一九三七)の三点。底本の字が証人のどれとも一致せず、証人の二点以上が同じ字を持つ箇所を機械で拾って直し、底本のOCRが二段の行を入れ違えて同じ句を二度読んだ箇所は証人の語順に戻しました。師導では全文を見出しと話題の変わり目で二十一の段に分け、五十六の章句に収めて、本文九千三百九十一字の百パーセントを覆いました。学派は「禅」に置いています。

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