不動智神妙録 / 一心の明らめやう
說く人の分にては知れ申す間敷候、世の中に佛道も儒道も心を說き候得共、其說く如く其人の身持なく候心は明かに知らぬ物にて候、人々我身にある一心本來を篤と極め悟り候はねは不明候、又參學をしたる人の心が明かならぬは、參學する人も多く候へどもそれにもよらず候、參學したる人心持皆々惡敷候、此一心の明らめやうは深く工夫の上より出で可申候。
新字:説く人の分にては知れ申す間敷候、世の中に仏道も儒道も心を説き候得共、其説く如く其人の身持なく候心は明かに知らぬ物にて候、人々我身にある一心本来を篤と極め悟り候はねは不明候、又参学をしたる人の心が明かならぬは、参学する人も多く候へどもそれにもよらず候、参学したる人心持皆々悪敷候、此一心の明らめやうは深く工夫の上より出で可申候。
書き下し
説く人の分にては知れ申す間敷候、世の中に仏道も儒道も心を説き候得共、其説く如く其人の身持なく候心は明かに知らぬ物にて候、人々我身にある一心本来を篤と極め悟り候はねは不明候、又参学をしたる人の心が明かならぬは、参学する人も多く候へどもそれにもよらず候、参学したる人心持皆々悪敷候、此一心の明らめやうは深く工夫の上より出で可申候。
現代語訳
説く人の分際では、分からないでしょう。世の中に、仏道も儒道も心を説きますが、その説くとおりに、その人の身の行いがなっていません。心はまだ明らかに知っていないものなのです。人々は、自分の身にある一つの心の本来を、とくと究め悟らなければ、明らかにはなりません。また、参学した人の心が明らかでないのは、参学する人は多いのですが、それだけで明らかになるものではないからです。参学した人の心持ちは、みな悪いのです。この一つの心の明らめ方は、深い工夫の上から出てくるものでしょう。
解説

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