師導古典を学びたいすべての人に

不動智神妙録 / 無明住地煩悩

向ふから打つとも吾から討つとも、打つ人にも打つ太刀にも、程にも拍子にも、卒度も心を止めれば手前の働は皆拔け候て、人にきられ可申候、敵に我身を置けば敵に心をとられ候間、我身にも心を置くべからす、我が身に心を引きしめて置くも初心の間習入り候時の事なるべし、太刀に心をとられ候、拍子合に心を置けば拍子合に心をとられ候、我太刀に心を置けば我太刀に心をとられ候、これ皆心のとまりて手前拔殻になり申し候、貴殿御覺え可有候、佛法と引當て申すにて候、佛法には此止る心を迷と申し候、故に無明住地煩惱と申すことにて候

新字:向ふから打つとも吾から討つとも、打つ人にも打つ太刀にも、程にも拍子にも、卒度も心を止めれば手前の働は皆抜け候て、人にきられ可申候、敵に我身を置けば敵に心をとられ候間、我身にも心を置くべからす、我が身に心を引きしめて置くも初心の間習入り候時の事なるべし、太刀に心をとられ候、拍子合に心を置けば拍子合に心をとられ候、我太刀に心を置けば我太刀に心をとられ候、これ皆心のとまりて手前抜殻になり申し候、貴殿御覚え可有候、仏法と引当て申すにて候、仏法には此止る心を迷と申し候、故に無明住地煩悩と申すことにて候

書き下し

向ふから打つとも吾から討つとも、打つ人にも打つ太刀にも、程にも拍子にも、卒度も心を止めれば手前の働は皆抜け候て、人にきられ可申候、敵に我身を置けば敵に心をとられ候間、我身にも心を置くべからす、我が身に心を引きしめて置くも初心の間習入り候時の事なるべし、太刀に心をとられ候、拍子合に心を置けば拍子合に心をとられ候、我太刀に心を置けば我太刀に心をとられ候、これ皆心のとまりて手前抜殻になり申し候、貴殿御覚え可有候、仏法と引当て申すにて候、仏法には此止る心を迷と申し候、故に無明住地煩悩と申すことにて候

現代語訳

向こうから打ってこようと、こちらから打ちかかろうと、打つ人にも、打つ太刀にも、間合いにも、拍子にも、少しでも心をとどめれば、こちらの働きはみな抜け落ちて、人に切られてしまうでしょう。敵に自分の身を置けば、敵に心を取られてしまいますから、自分の身にも心を置いてはなりません。自分の身に心を引きしめて置くというのも、初心のうち、習い始めのときのことでしょう。太刀に心を取られる。拍子に心を置けば拍子に心を取られる。自分の太刀に心を置けば自分の太刀に心を取られる。これはみな心がとどまって、自分が抜け殻になってしまうのです。あなたにも覚えがおありでしょう。仏法に引き当てて申しているのです。仏法では、このとどまる心を迷いと言います。だから無明住地煩悩と言うのです。

解説

心をとどめてはならない対象を、相手、太刀、間合い、拍子、そして自分の身まで、一つずつ挙げていく。注目したいのは、自分の身に心を引きしめるのも初心のうちだけだ、と言っている点である。自分に意識を集中しすぎると、かえって動けなくなる。緊張した場面で、手足の動きを意識しすぎてぎこちなくなった経験は多くの人にあるだろう。どこにも心を置かないとき、人は抜け殻にならず、全身で応じることができる。

この章句が説くこと

執着初心自意識無明住地煩悩集中

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる