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不動智神妙録 / 諸仏不動智

是れを得心したる人は、即ち千手千眼の觀音にて候、然るを一向の凡夫は、唯一筋に身一つに千の手千の眼が御座して難有と信じ候、又なまものじりなる人は、身一つに千の眼か何しにあるらん虛言よと破り譏る也、今少し能く知れば、凡夫の信ずるにてもなく破るにてもなく道理の上にて尊信し、佛法はよく一物にして其理を顯はす事にて候、諸道ともに斯樣のものにて候、神道は別して其道と見及び候、有の儘に思ふも凡夫、又打破れは猶惡し、其內に道理有る事にて候、此道彼道さまざまに候へとも、極所は落着候、

新字:是れを得心したる人は、即ち千手千眼の観音にて候、然るを一向の凡夫は、唯一筋に身一つに千の手千の眼が御座して難有と信じ候、又なまものじりなる人は、身一つに千の眼か何しにあるらん虚言よと破り譏る也、今少し能く知れば、凡夫の信ずるにてもなく破るにてもなく道理の上にて尊信し、仏法はよく一物にして其理を顕はす事にて候、諸道ともに斯様のものにて候、神道は別して其道と見及び候、有の儘に思ふも凡夫、又打破れは猶悪し、其内に道理有る事にて候、此道彼道さまざまに候へとも、極所は落着候、

書き下し

是れを得心したる人は、即ち千手千眼の観音にて候、然るを一向の凡夫は、唯一筋に身一つに千の手千の眼が御座して難有と信じ候、又なまものじりなる人は、身一つに千の眼か何しにあるらん虚言よと破り譏る也、今少し能く知れば、凡夫の信ずるにてもなく破るにてもなく道理の上にて尊信し、仏法はよく一物にして其理を顕はす事にて候、諸道ともに斯様のものにて候、神道は別して其道と見及び候、有の儘に思ふも凡夫、又打破れは猶悪し、其内に道理有る事にて候、此道彼道さまざまに候へとも、極所は落着候、

現代語訳

これを得心した人は、そのまま千手千眼の観音です。ところが、ひたすらの凡夫は、ただ一筋に、一つの身に千本の手と千の眼がおありになってありがたいと信じます。また生半可な物知りの人は、一つの身に千の眼がどうしてあろうか、嘘だと打ち破りそしります。もう少しよく知れば、凡夫のように信じるのでもなく、打ち破るのでもなく、道理の上で尊び信じ、仏法は一つの物をもってその理を表すものだと分かるのです。諸道ともにこのようなものです。神道はとりわけその道だと見ております。そのままに受け取るのも凡夫、また打ち破るのはなお悪い。その中に道理があるのです。この道、あの道とさまざまですが、行き着くところは同じに落ち着きます。

解説

千手観音を、文字どおり信じる凡夫と、あり得ないと否定する生半可な知識人の両方を退け、その奥にある道理を受け取れと説く。象徴を字義どおりに信じるのも、非合理だと切り捨てるのも、どちらも本質に届かない。この態度は、古典や伝承、あるいは組織の理念を読むときにも役立つ。表面を鵜呑みにせず、かといって冷笑もせず、そこに込められた意味を汲み取る。沢庵は、諸道の行き着く先は同じだと付け加えている。

この章句が説くこと

象徴道理知識人信仰解釈諸道

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