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不動智神妙録 / 電光影裏斬春風

鎌倉の無學禪師、大唐の亂に捕へられて切らるゝ時に、電光影裏斬春風といふ偈を作りたれは、太刀をは捨てゝ走りたると也、無學の心は太刀をひらりと振上けたるは、稻光の如く電光のびかりとする間何の心も何の念もないぞ、打つ刀も心はなし、切る人も心はなし、切らるゝ我も心はなし、切る人も空、太刀も空、打たるゝ我も空なれば、打つ人も人にあらず、打つ太刀も太刀にあらず、打たるゝ我も稻光のびかりとする內に、春の空を吹く風を切る如くなり、一切止まらぬ心なり、

新字:鎌倉の無学禅師、大唐の乱に捕へられて切らるゝ時に、電光影裏斬春風といふ偈を作りたれは、太刀をは捨てゝ走りたると也、無学の心は太刀をひらりと振上けたるは、稲光の如く電光のびかりとする間何の心も何の念もないぞ、打つ刀も心はなし、切る人も心はなし、切らるゝ我も心はなし、切る人も空、太刀も空、打たるゝ我も空なれば、打つ人も人にあらず、打つ太刀も太刀にあらず、打たるゝ我も稲光のびかりとする内に、春の空を吹く風を切る如くなり、一切止まらぬ心なり、

書き下し

鎌倉の無学禅師、大唐の乱に捕へられて切らるゝ時に、電光影裏斬春風といふ偈を作りたれは、太刀をは捨てゝ走りたると也、無学の心は太刀をひらりと振上けたるは、稲光の如く電光のびかりとする間何の心も何の念もないぞ、打つ刀も心はなし、切る人も心はなし、切らるゝ我も心はなし、切る人も空、太刀も空、打たるゝ我も空なれば、打つ人も人にあらず、打つ太刀も太刀にあらず、打たるゝ我も稲光のびかりとする内に、春の空を吹く風を切る如くなり、一切止まらぬ心なり、

現代語訳

鎌倉の無学禅師が、大唐の乱で捕らえられて切られようとしたとき、電光影裏に春風を斬る、という偈を作ったので、太刀を捨てて逃げ去ったといいます。無学の心は、太刀をひらりと振り上げるのは稲光のようで、電光がぴかりとする間には何の心も何の念もないぞ、打つ刀にも心はなく、切る人にも心はなく、切られる自分にも心はない、切る人も空、太刀も空、打たれる自分も空であれば、打つ人も人ではなく、打つ太刀も太刀ではなく、打たれる自分も、稲光がぴかりとする内に、春の空を吹く風を切るようなものだ、ということです。一切とどまらない心です。

解説

無学祖元は、北条時宗に招かれて来日し鎌倉の円覚寺を開いた宋の禅僧である。元の兵に囲まれて首を斬られそうになったとき、平然と偈を唱え、兵たちが恐れて去ったと伝えられる。稲光の一瞬に春風を斬るようなもので、斬る者も斬られる者も空だ、という心境である。死の瀬戸際でさえ心がとどまらなかったという逸話は、極度の危機の中で冷静さを保つことの究極の姿を示している。追い詰められたときに思い出したい話である。

この章句が説くこと

無学祖元電光影裏斬春風危機冷静鎌倉

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