不動智神妙録 / 諸仏不動智
不動明王と申して右の手に劍を握り、左の手に繩を取りて、齒を喰出し目を怒かし、佛法を妨けん惡魔を降伏せんとて突立て居られ候姿もあの樣なるが、何國の世界にもかくれて居られ候にてはなし、容をは佛法守護の形につくり、體をはこの不動智を體として衆生に見せたるにて候、一向の凡夫は怖れをなして佛法に仇をなさじと思ひ、悟に近き人は不動智を表したる所を悟りて一切の迷を晴らし、即ち不動智を明らめて此身則ち不動明王程に此心法をよく執行したる人は、惡魔もいやまさぬぞと知らせん爲めの不動明王にて候、
新字:不動明王と申して右の手に剣を握り、左の手に縄を取りて、歯を喰出し目を怒かし、仏法を妨けん悪魔を降伏せんとて突立て居られ候姿もあの様なるが、何国の世界にもかくれて居られ候にてはなし、容をは仏法守護の形につくり、体をはこの不動智を体として衆生に見せたるにて候、一向の凡夫は怖れをなして仏法に仇をなさじと思ひ、悟に近き人は不動智を表したる所を悟りて一切の迷を晴らし、即ち不動智を明らめて此身則ち不動明王程に此心法をよく執行したる人は、悪魔もいやまさぬぞと知らせん為めの不動明王にて候、
書き下し
不動明王と申して右の手に剣を握り、左の手に縄を取りて、歯を喰出し目を怒かし、仏法を妨けん悪魔を降伏せんとて突立て居られ候姿もあの様なるが、何国の世界にもかくれて居られ候にてはなし、容をは仏法守護の形につくり、体をはこの不動智を体として衆生に見せたるにて候、一向の凡夫は怖れをなして仏法に仇をなさじと思ひ、悟に近き人は不動智を表したる所を悟りて一切の迷を晴らし、即ち不動智を明らめて此身則ち不動明王程に此心法をよく執行したる人は、悪魔もいやまさぬぞと知らせん為めの不動明王にて候、
現代語訳
不動明王といって、右の手に剣を握り、左の手に縄を取り、歯をむき出し、目を怒らせて、仏法を妨げようとする悪魔を降伏させようと突っ立っておられる姿も、あのような方がどこかの世界に隠れておられるのではありません。姿は仏法を守護する形につくり、その本体はこの不動智を本体として、人々に見せているのです。ひたすらの凡夫は恐れをなして仏法に仇をなすまいと思い、悟りに近い人は不動智を表しているところを悟って、一切の迷いを晴らし、不動智を明らかにして、この身がそのまま不動明王となるほどに、この心法をよく修行した人には、悪魔も手出しできないのだと知らせるための不動明王なのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『不動智神妙録』諸仏不動智然れば不動明王と申すも人の一心の動かぬ所を申し候、亦身を動転せぬことにて候、動転せぬとは物毎に留らぬ事にて候、物一目見て其心を止めぬを不動と申し候、なぜなれば物に心が止り候へば、いろいろの分別か胸に候間胸のうちにいろいろに動き候、止れば止る心は動きても動かぬにて候。
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『不動智神妙録』諸仏不動智是れを得心したる人は、即ち千手千眼の観音にて候、然るを一向の凡夫は、唯一筋に身一つに千の手千の眼が御座して難有と信じ候、又なまものじりなる人は、身一つに千の眼か何しにあるらん虚言よと破り譏る也、今少し能く知れば、凡夫の信ずるにてもなく破るにてもなく道理の上にて尊信し、仏法はよく一物にして其理を顕はす事にて候、諸道ともに斯様のものにて候、神道は別して其道と見及び候、有の儘に思ふも凡夫、又打破れは猶悪し、其内に道理有る事にて候、此道彼道さまざまに候へとも、極所は落着候、
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『不動智神妙録』諸仏不動智諸仏不動智と申す事は、不動とはうごかずといふ文字にて候、智は智恵の智にて候、不動と申し候ても、石か木かのやうに無性なる義理にてはなく候、向ふへも左へも右へも、十方八方へ心は動き度きやうに動きながら、卒度も止まらぬ心を不動智と申し候、
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『不動智神妙録』本心妄心本心妄心と申す事の候、本心と申すは一所に留らず、全身全体に延び広ごりたる心にて候、妄心は何ぞ思ひつめて一所に固まり候心にて、本心が一所に固まり集りて妄心と申すものに成り申し候、本心は失ひ候と所々の用か欠ける程に、失はぬ様にするが本心なり、
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『不動智神妙録』心の置所心の置所 心を何処に置かうぞ、敵の身の働に心を置けば、敵の身の働に心を取らるゝなり、敵の太刀に心を置けは、敵の太刀に心を取らるゝなり、敵を切らんと思ふ所に心を置けば、敵を切らんと思ふ所に心を取らるゝなり、我太刀に心を置けば、我太刀に心を取らるゝなり、われ切られじと思ふ所に心を置けば、切られじと思ふ所に心を取らるゝなり、人の構に心を置けば、人の構に心を取らるゝなり、兎角心の置所はないと言ふ、
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『不動智神妙録』諸仏不動智千手観音とて手が千御入り候はヾ、弓を取る手に心が止らば九百九十九の手は皆用に立ち申す間敷候、一所に心を止めぬにより手か皆用に立つなり、観音とて身一つに千の手か何しに可有候、不動智か開け候へは身に手が千有りても皆用に立つと云ふ事を人に示さんが為めに作りたる容にて候、仮令一本の木に向ふて其内の赤き葉一つを見て居れば、残りの葉は見へぬなり、葉ひとつに目をかけずして一本の木に何心もなく打向ひ候へば、数多の葉残らず目に見え候、葉一つに心をとられ候はヾ残りの葉は見えず、一つに心を止めねば、百千の葉みな見え申し候。