不動智神妙録 / 初心と至極
是れ初と終と同じやうになる心持にて、一から十までかぞへまはせば、一と十と隣になり申し候、調子なども一の初の低き一をかぞへて上無と申す高き調子へ行き候へば、一の下と一の上とは隣りになり申し候。一壹越。二斷金。三平調。四勝絕。五下無。六雙調。七島鍾。八つくせき。九蠻(打けい)。十盤渉。十一神仙。十二上無。づゝと高きとづゝと低きは似たるものになり申し候、佛法もづゝとたけ候へは、佛とも法とも知らぬ人のやうに、人の見なす程に飾りも何もなくなるものにて候、故に初の住地の無明と煩惱と後の不動智とが一つに成りて、智惠働の分は失せて無心無念の位に落着申し候。
新字:是れ初と終と同じやうになる心持にて、一から十までかぞへまはせば、一と十と隣になり申し候、調子なども一の初の低き一をかぞへて上無と申す高き調子へ行き候へば、一の下と一の上とは隣りになり申し候。一壱越。二断金。三平調。四勝絶。五下無。六双調。七島鍾。八つくせき。九蠻(打けい)。十盤渉。十一神仙。十二上無。づゝと高きとづゝと低きは似たるものになり申し候、仏法もづゝとたけ候へは、仏とも法とも知らぬ人のやうに、人の見なす程に飾りも何もなくなるものにて候、故に初の住地の無明と煩悩と後の不動智とが一つに成りて、智恵働の分は失せて無心無念の位に落着申し候。
書き下し
是れ初と終と同じやうになる心持にて、一から十までかぞへまはせば、一と十と隣になり申し候、調子なども一の初の低き一をかぞへて上無と申す高き調子へ行き候へば、一の下と一の上とは隣りになり申し候。一壱越。二断金。三平調。四勝絶。五下無。六双調。七島鍾。八つくせき。九蠻(打けい)。十盤渉。十一神仙。十二上無。づゝと高きとづゝと低きは似たるものになり申し候、仏法もづゝとたけ候へは、仏とも法とも知らぬ人のやうに、人の見なす程に飾りも何もなくなるものにて候、故に初の住地の無明と煩悩と後の不動智とが一つに成りて、智恵働の分は失せて無心無念の位に落着申し候。
現代語訳
これは、初めと終わりが同じようになる心持ちで、一から十まで数えめぐれば、一と十が隣り合うようなものです。音の調子でも、いちばん低い一から数えて、上無という高い調子まで行けば、一番下と一番上とは隣り合うようになります。一は壱越、二は断金、三は平調、四は勝絶、五は下無、六は双調、七は鳧鐘、八は黄鐘、九は鸞鏡、十は盤渉、十一は神仙、十二は上無です。ずっと高いものとずっと低いものは、似たものになります。仏法も、ずっと極めていけば、仏とも法とも知らない人のように、人から見れば飾りも何もなくなるものです。だから、初めの住地の無明煩悩と、後の不動智とが一つになって、智慧の働きの部分は消え失せ、無心無念の位に落ち着くのです。
解説
この章句が説くこと
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