不動智神妙録 / 間不容髪
禪の問答には此心ある事にて候、佛法にては此の止りて物に心の殘ることを嫌ひ申し候、故に止るを煩惱と申し候、たてきつたる早川へも玉を流す樣に乘つてドツト流れて少しも止る心なきを尊ひ候。
新字:禅の問答には此心ある事にて候、仏法にては此の止りて物に心の残ることを嫌ひ申し候、故に止るを煩悩と申し候、たてきつたる早川へも玉を流す様に乗つてドツト流れて少しも止る心なきを尊ひ候。
書き下し
禅の問答には此心ある事にて候、仏法にては此の止りて物に心の残ることを嫌ひ申し候、故に止るを煩悩と申し候、たてきつたる早川へも玉を流す様に乗つてドツト流れて少しも止る心なきを尊ひ候。
現代語訳
禅の問答には、この心があるのです。仏法では、このようにとどまって物に心が残ることを嫌います。だから、とどまることを煩悩と言います。激しく流れる早瀬に玉を流すように、流れに乗ってどっと流れて、少しもとどまる心がないことを尊ぶのです。
解説
禅の問答では、問われた瞬間に答えることが重んじられる。考え込んで答える間があれば、それはすでに心がとどまった証拠とされる。早瀬に玉を流すように、流れに乗って止まらない心を尊ぶという比喩は美しい。これは深く考えるなということではなく、考えるべきことを考え抜いたうえで、いざというときには流れに身を任せよ、ということだろう。準備を尽くした人だけが、本番で流れに乗ることができる。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
禅問答流れ煩悩とどまらない心即答準備
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