不動智神妙録 / 諸仏不動智
譬へば十人して一太刀つゝ我へ太刀を入るゝも、一太刀を受流して跡に心を止めず、跡を捨て跡を拾ひ候はヾ十人ながらへ働を缺かさぬにて候、十人十度心は働けども一人にも心を止めずば、次第に取合ひて働は缺け申間敷候、若し又一人の前に心が止り候はヾ、一人の打太刀をば打流すべけれども二人めの時は手前の働拔け可申候、
新字:譬へば十人して一太刀つゝ我へ太刀を入るゝも、一太刀を受流して跡に心を止めず、跡を捨て跡を拾ひ候はヾ十人ながらへ働を欠かさぬにて候、十人十度心は働けども一人にも心を止めずば、次第に取合ひて働は欠け申間敷候、若し又一人の前に心が止り候はヾ、一人の打太刀をば打流すべけれども二人めの時は手前の働抜け可申候、
書き下し
譬へば十人して一太刀つゝ我へ太刀を入るゝも、一太刀を受流して跡に心を止めず、跡を捨て跡を拾ひ候はヾ十人ながらへ働を欠かさぬにて候、十人十度心は働けども一人にも心を止めずば、次第に取合ひて働は欠け申間敷候、若し又一人の前に心が止り候はヾ、一人の打太刀をば打流すべけれども二人めの時は手前の働抜け可申候、
現代語訳
たとえば、十人が一太刀ずつ自分に切りかかってきても、一太刀を受け流して、その跡に心をとどめず、跡を捨て跡を拾っていけば、十人に対してもすべてに働きを欠かさずに済みます。十人に十度心は働いても、一人にも心をとどめなければ、次々に取り合って、働きが欠けることはないでしょう。もしまた一人の前に心がとどまれば、一人の打ち込む太刀は打ち払えても、二人目のときにはこちらの働きが抜けてしまうでしょう。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
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『不動智神妙録』心の置所万事に堅まつたるは偏に落つるとて道に嫌ひ申す事なり、何処に置かうとて思ひなければ、心は全体に伸びひろごりて行き渡りて有るものなり、心をば何処にも置かずして、敵の働によりて当位々々心を其所々にて可用心歟、総身に渡つてあれば、手の入る時には手にある心を遣ふべし、足の入る時には足にある心を遣ふべし、一所に定めて置きたらば、其置きたる所より引出し遣らんとする程に、其処に止りて用が抜け申し候、
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『不動智神妙録』心の置所心の置所 心を何処に置かうぞ、敵の身の働に心を置けば、敵の身の働に心を取らるゝなり、敵の太刀に心を置けは、敵の太刀に心を取らるゝなり、敵を切らんと思ふ所に心を置けば、敵を切らんと思ふ所に心を取らるゝなり、我太刀に心を置けば、我太刀に心を取らるゝなり、われ切られじと思ふ所に心を置けば、切られじと思ふ所に心を取らるゝなり、人の構に心を置けば、人の構に心を取らるゝなり、兎角心の置所はないと言ふ、
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『不動智神妙録』無明住地煩悩打太刀を見る事は見れどもそこに心をとめず、向ふの打太刀の拍子に合せて、打たうとも思はず思案分別を残さず、振上ぐる太刀を見るや否や心を卒度止めず、其まゝ付入て向ふの太刀にとりつかば、我をきらんとする刀を我が方へもぎとりて、却つて向ふを切る刀となるべく候、禅宗には是れを還把鎗頭倒刺人来ると申し候、鎗はほこにて候、人の持ちたる刀を我か方へもぎ取りて還つて相手を切ると申す心にて候、貴殿の無刀と仰せられ候事にて候、
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『不動智神妙録』電光影裏斬春風貴殿の兵法に当て申し候はヾ、太刀を打つ手に心を止めず、一切打つ手を忘れて打つて人を切れ、人に心を置くな、人も空、我も空、打つ手も打つ太刀も空と心得、空に心を取られまひぞ、
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『不動智神妙録』無明住地煩悩向ふから打つとも吾から討つとも、打つ人にも打つ太刀にも、程にも拍子にも、卒度も心を止めれば手前の働は皆抜け候て、人にきられ可申候、敵に我身を置けば敵に心をとられ候間、我身にも心を置くべからす、我が身に心を引きしめて置くも初心の間習入り候時の事なるべし、太刀に心をとられ候、拍子合に心を置けば拍子合に心をとられ候、我太刀に心を置けば我太刀に心をとられ候、これ皆心のとまりて手前抜殻になり申し候、貴殿御覚え可有候、仏法と引当て申すにて候、仏法には此止る心を迷と申し候、故に無明住地煩悩と申すことにて候
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『兵法家伝書』活人劔「心をかへす」一 心をかゑす事 右の心持は、一太刀打てうつたとおもへば、打たよと思ふ心が、そのまゝそこにとゞまる也、うつた所を心がかゑらぬによりて、うつかと成て、二の太刀を敵にうたれて、先を入たる事も無に成りて、二の太刀をうたれて負る也、心をかへすと云は、一太刀打たらば、うつた所に心をおかず、打てから心をひつかへして、敵の色を見よ、うたれて敵氣を違る也、うたれてやれ口惜や、うたれたよと、おもひていかりも出る物也、いかれば敵きびしく成物也、爰を油斷して敵にうたるゝ者也、うたれた敵は、いかり猪とおもふべし、我は打たと思ふて心をとゞめて油斷する、敵はうたれて氣が出ると覺悟すべし、又うたれたる所を、敵ははや用心するを、我は前の心にてうつて打はづす者也、打はづせば、こして敵が我をうつべし、心をかへすとは、我がうつた所に心をとめず、心を我が身へひつとれと云儀也、心をかへして、敵の氣色を見よと云儀也、又は一むきに、うつた所をかへさずして、程をぬかさず、二重三重たゝみかけて、うつて顏をも敵にふらせぬはたらきも至極の心持也、間不容髮とは是を云也、一ノ太刀と二ノ太刀との間へは髮一筋入べき間もなく、はし〱〱とつゞけてうつ心持也、法戰場とて禪之問答に一句問にこたゆる間へは、髮一筋入程も間なく答ふる也、延びたれば人にのまるゝ也、勝負分明也、間不容髮とは此事也、二重三重にたゝみ打にうつ、太刀の急なる事を云也