不動智神妙録 / 水上打胡盧子捺着即転
水上打胡盧子捺着即轉 胡盧子を捺着するとは手を以て押すなり、瓢を水へ投けて押せばヒヨツト脇へ退き、何としても一所に止まらぬものなり、至りたる人の心は卒度も物に止まらぬ事なり、水の上の瓢を押すが如くなり。
新字:水上打胡盧子捺着即転 胡盧子を捺着するとは手を以て押すなり、瓢を水へ投けて押せばヒヨツト脇へ退き、何としても一所に止まらぬものなり、至りたる人の心は卒度も物に止まらぬ事なり、水の上の瓢を押すが如くなり。
書き下し
水上打胡盧子捺着即転 胡盧子を捺着するとは手を以て押すなり、瓢を水へ投けて押せばヒヨツト脇へ退き、何としても一所に止まらぬものなり、至りたる人の心は卒度も物に止まらぬ事なり、水の上の瓢を押すが如くなり。
現代語訳
水上に胡盧子を打って、捺着すれば即ち転ず。胡盧子を捺着するとは、手で押すことです。瓢箪を水へ投げて押せば、ひょいと脇へ逃げて、どうしても一か所にとどまらないものです。至り着いた人の心は、少しも物にとどまらないのです。水の上の瓢箪を押すようなものです。
解説
水に浮かべた瓢箪は、手で押さえつけようとしても、ひょいと脇へ逃げてしまう。何をしても一か所にとどまらない。至り着いた人の心はこのようだ、という禅語の解説である。外から押さえつけられても、正面から受け止めて沈むのではなく、くるりとかわして浮かび続ける。批判や圧力を受けたとき、真正面から抗うか押しつぶされるかの二択ではなく、しなやかにかわして自分を保つという在り方を示している。
この章句が説くこと
禅語瓢箪しなやかさとどまらない心圧力至人
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