不動智神妙録 / 諫言 其一 忠を尽くす
忠を盡くすといふは、先づ我心を正くし身を治め、毛頭君に二心なく、人を恨み咎めず、日々に出仕怠らず、一家に於ては父母に能く孝を盡し、夫婦の間少しも猥になく、禮義正しく妾婦を愛せず、色の道を絕ち、父母の間おごそかに道を以てし、下を使ふに私のへだてなく、善人を用ゐ近付け、我足らざる所を諫め、御國の政を正敷し、不善人を遠ざくる樣にするときは、善人は日々に進み、不善人もおのづから主人の善を好む所に化せられ、惡を去り善に遷るなり、
新字:忠を尽くすといふは、先づ我心を正くし身を治め、毛頭君に二心なく、人を恨み咎めず、日々に出仕怠らず、一家に於ては父母に能く孝を尽し、夫婦の間少しも猥になく、礼義正しく妾婦を愛せず、色の道を絶ち、父母の間おごそかに道を以てし、下を使ふに私のへだてなく、善人を用ゐ近付け、我足らざる所を諫め、御国の政を正敷し、不善人を遠ざくる様にするときは、善人は日々に進み、不善人もおのづから主人の善を好む所に化せられ、悪を去り善に遷るなり、
書き下し
忠を尽くすといふは、先づ我心を正くし身を治め、毛頭君に二心なく、人を恨み咎めず、日々に出仕怠らず、一家に於ては父母に能く孝を尽し、夫婦の間少しも猥になく、礼義正しく妾婦を愛せず、色の道を絶ち、父母の間おごそかに道を以てし、下を使ふに私のへだてなく、善人を用ゐ近付け、我足らざる所を諫め、御国の政を正敷し、不善人を遠ざくる様にするときは、善人は日々に進み、不善人もおのづから主人の善を好む所に化せられ、悪を去り善に遷るなり、
現代語訳
忠を尽くすというのは、まず自分の心を正しくし、身を修め、少しも主君に二心なく、人を恨まず咎めず、毎日出仕を怠らず、一家においては父母によく孝を尽くし、夫婦の間も少しも乱れがなく、礼儀正しく、側室を寵愛せず、色の道を断ち、父母との間はおごそかに道をもって接し、下の者を使うのに私的な分け隔てをせず、善い人を用い近づけて、自分の足りないところを諫めさせ、国の政治を正しくし、善くない人を遠ざけるようにすれば、善い人は日々に進み、善くない人もおのずから主君の善を好むところに感化されて、悪を去り善に移っていくのです。
解説
この章句が説くこと
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