不動智神妙録 / 初心と至極
愚痴の凡夫は一向に智惠がなき程に出ぬ也、又づゝとたけ至りたる智惠は早ちかへ處入によりて一切出ぬなり、なま物知りなるによつて智惠が頭へ出で申し候てをかしく候。今時分の出家の作法ども嘸をかしく可思召候、御耻かしく候。
新字:愚痴の凡夫は一向に智恵がなき程に出ぬ也、又づゝとたけ至りたる智恵は早ちかへ処入によりて一切出ぬなり、なま物知りなるによつて智恵が頭へ出で申し候てをかしく候。今時分の出家の作法ども嘸をかしく可思召候、御耻かしく候。
書き下し
愚痴の凡夫は一向に智恵がなき程に出ぬ也、又づゝとたけ至りたる智恵は早ちかへ処入によりて一切出ぬなり、なま物知りなるによつて智恵が頭へ出で申し候てをかしく候。今時分の出家の作法ども嘸をかしく可思召候、御耻かしく候。
現代語訳
愚かな凡夫は、まったく智慧がないので、智慧が表に出ることもありません。また、ずっと極め至った智慧は、はやくもしかるべき所へ引き込んでいるので、まったく表に出ません。生半可な物知りであるために、智慧が頭の上に出てきて、おかしなことになるのです。今どきの出家の振る舞いなど、さぞおかしくお思いでしょう。お恥ずかしいことです。
解説
何も知らない人と極めた人は、どちらも知恵を表に出さない。中途半端に知っている人だけが、知恵を頭の上にひけらかす。この観察は痛烈で、しかも沢庵は、いまの僧侶たちこそその典型でお恥ずかしい、と自分の属する世界を名指しで批判している。少し学んだ段階で得意になり、知識を見せびらかしたくなる衝動は、誰にでもある。自分がいまその段階にいないかを、振り返らせる一句である。
この章句が説くこと
知ったかぶり謙虚智慧自己批判生半可出家
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