不動智神妙録 / 諫言 其四 身を正す
取ると捨つるとは義を以てすると云へり、唯今寵臣たるにより、諸大名より賄を厚くし、欲に義を忘れ候事、努々不可有候、貴殿亂舞を好み、自身の能に奢り、諸大名衆へ押て參られ、能を勸められ候事、偏に病と存じ候なり、上の唱は猿樂の樣に申し候由、また挨拶のよき大名衆をば、御前に於てもつよく御取成しなさるゝ由、重ねて能く能く御思案可然歟、歌に「心こそ心迷はす心なれ心に心心ゆるすな」
新字:取ると捨つるとは義を以てすると云へり、唯今寵臣たるにより、諸大名より賄を厚くし、欲に義を忘れ候事、努々不可有候、貴殿乱舞を好み、自身の能に奢り、諸大名衆へ押て参られ、能を勧められ候事、偏に病と存じ候なり、上の唱は猿楽の様に申し候由、また挨拶のよき大名衆をば、御前に於てもつよく御取成しなさるゝ由、重ねて能く能く御思案可然歟、歌に「心こそ心迷はす心なれ心に心心ゆるすな」
書き下し
取ると捨つるとは義を以てすると云へり、唯今寵臣たるにより、諸大名より賄を厚くし、欲に義を忘れ候事、努々不可有候、貴殿乱舞を好み、自身の能に奢り、諸大名衆へ押て参られ、能を勧められ候事、偏に病と存じ候なり、上の唱は猿楽の様に申し候由、また挨拶のよき大名衆をば、御前に於てもつよく御取成しなさるゝ由、重ねて能く能く御思案可然歟、歌に「心こそ心迷はす心なれ心に心心ゆるすな」
現代語訳
取ることと捨てることは義をもってする、と言います。いま寵臣であるからといって、諸大名から厚く賄賂を受け、欲のために義を忘れることは、決してあってはなりません。あなたが乱舞を好み、自分の能の腕前に奢って、諸大名のところへ押しかけて参られ、能を勧められることは、ひとえに病だと存じます。お上のお謡いは猿楽のようだと申されているとか。また、挨拶のよい大名を、御前でも強くお取りなしなさるとか。重ねてよくよくご思案なさるべきでしょう。歌に、心こそ心迷はす心なれ心に心心ゆるすな、とあります。
解説

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『春秋左氏伝』僖公二年 仮道伐虢二年春、諸侯楚丘に城きて衛を封ず。書せざるは、會する所後るればなり。晉の荀息屈產の乘と、垂棘の璧とを以って、道を虞に假りて以って虢を伐たんことを請ふ。公曰く、「是れ吾が寶なり」と。對へて曰く、「若し道を虞に得ば、猶ほ外府のごとし」と。公曰く、「宮之奇焉に存す」と。對へて曰く、「宮之奇の人と爲りや、懦にして強諫すること能はず。且つ少くして君に長じ、君之に暱す。諫むと雖も、將に聽かざらんとす」と。乃ち荀息をして道を虞に假らしむ。曰く、「冀不道を爲し、顛軨より入りて、鄍の三門を伐つ。冀の既に病めるは、則ち亦た唯だ君の故なり。今虢不道を爲し、逆旅に保りて、以って敝邑の南鄙を侵す。敢へて道を假りて以って罪を虢に請はんことを請ふ」と。虞公之を許し、且つ先づ虢を伐たんことを請ふ。宮之奇諫むれども、聽かず。遂に師を起こす。夏、晉の里克・荀息師を帥ゐて虞の師に會して虢を伐ち、下陽を滅ぼす。先づ虞を書するは、賄の故なり。秋、貫に盟ふ、江・黃を服するなり。齊の寺人貂始めて師を多魚に漏らす。虢公戎を桑田に敗る。晉の卜偃曰く、「虢必ず亡びん。下陽を亡ひて懼れず、而して又功有り。是れ天之が鑒を奪ひて、其の疾を益すなり。必ず晉を易りて其の民を撫せざらん。以って五稔す可からず」と。冬、楚人鄭を伐ち、鬬章鄭の聃伯を囚ふ。
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『春秋左氏伝』桓公二年 国家の敗は官の邪に由る夏四月、郜の大鼎を宋に取る。戊申、大廟に納る。禮に非ざるなり。臧哀伯諫めて曰く、「人に君たる者は、將に德を昭らかにし違を塞ぎ、以って百官に臨照せんとす。猶ほ或いは之を失はんことを懼る、故に令德を昭らかにして以って子孫に示す。是を以って清廟は茅屋、大路は越席、大羹は致へず、粢食は鑿かず、其の儉を昭らかにするなり。袞・冕・黻・珽、帶・裳・幅・舄、衡・紞・紘・綖、其の度を昭らかにするなり。藻・率・鞞・鞛、鞶・厲・游・纓、其の數を昭らかにするなり。火・龍・黼・黻、其の文を昭らかにするなり。五色比象、其の物を昭らかにするなり。錫・鸞・和・鈴、其の聲を昭らかにするなり。三辰の旂旗、其の明を昭らかにするなり。夫れ德は、儉にして度有り、登降數有り。文・物以って之を紀し、聲・明以って之を發し、以って百官に臨照す。百官是に於いて戒懼して、敢へて紀律を易へず。今德を滅して違を立て、其の賂器を大廟に寘きて、以って明らかに百官に示す。百官之に象らば、其れ又何をか誅せん。國家の敗るるは、官の邪に由るなり。官の德を失ふは、寵賂章らかなればなり。郜鼎廟に在り、章らかなること孰れか甚だしからん。武王商に克ち、九鼎を雒邑に遷す。義士猶ほ或いは之を非る。而るを況や將に違亂の賂器を大廟に昭らかにせんとするをや。其れ之を若何せん」と。公聽かず。周の內史之を聞きて曰く、「臧孫達其れ魯に後有らんか。君違へるに、之を諫むるに德を以ってするを忘れず」と。
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『春秋左氏伝』昭公二十八年 小人の腹を以て君子の心と為す冬、梗陽の人獄有り。魏戊斷ずる能はず、獄を以って上る。其の大宗、賂ふに女樂を以ってす。魏子將に之を受けんとす。魏戊、閻沒(えんぼつ)・女寬(じょかん)に謂ひて曰く、「主は賄せざるを以って諸侯に聞こゆ。若し梗陽の人を受けば、賄焉より甚だしきは莫し。吾子必ず諫めよ」と。皆許諾す。朝より退きて庭に待つ。饋(き)入りて之を召す。置くに比(およ)びて三たび歎ず。既に食して坐せしむ。魏子曰く、「吾諸を伯叔に聞く、諺に曰く、『唯だ食のみ憂ひを忘る』と。吾子食を置くの間に三たび歎ずるは、何ぞや」と。辭を同じくして對へて曰く、「或ひと二小人に酒を賜ひ、夕食せず。饋の始めて至るや、其の足らざらんことを恐る。是を以って歎ず。中ば置くに自ら咎めて曰く、『豈に將軍之に食ましむるに、而も足らざる有らんや』と。是を以って再び歎ず。饋の畢(を)はるに及び、願はくは小人の腹を以って、君子の心と為し、屬厭(しょくえん)するのみならんことを」と。獻子、梗陽の人を辭す。
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説苑・說叢已に雕り已に琢けば、還って樸に反る。物の相反する、復た本に歸る。流れに循いて下れば、以て至り易く、風に倍きて馳すれば、以て遠ざかり易し。兵豫め定めざれば、以て敵を待つこと無く、計先んじて慮らざれば、以て卒に應ずること無し。中方ならず、名章らかならず、外圜ならざる、禍の門なり。直にして枉ぐる能わざれば、與に大任すべからず。方にして圜する能わざれば、與に長存すべからず。之を身に慎み、云云と曰う無かれ。狂夫の言も、聖人擇ぶ。能く恥を忍ぶ者は安く、能く辱を忍ぶ者は存す。脣亡びて齒寒く、河水崩るるも、其の懷は山に在り。智を毒する者は酒より甚だしきは莫く、事を留むる者は樂より甚だしきは莫く、廉を毀る者は色より甚だしきは莫く、剛を摧く者は己を弱に反す。富は足るを知るに在り、貴は退くを求むるに在り。先んじて事を憂うる者は後に樂しみ、先んじて事を傲る者は後に憂う。福は諫を受くるに在り、存する所以なり。恭敬遜讓、精廉謗無く、慈仁人を愛せば、必ず其の賞を受く。諫めて聽かれざれば、後與に爭う無し。事を舉げて當たらざれば、百姓の為に謗らる。悔いは妄に在り、患いは先唱に在り。
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『春秋左氏伝』宣公元年 晋侯の侈り元年春王の正月、公子遂齊に如きて女を逆ふ、君命を尊ぶなり。三月、遂夫人婦姜を以って齊より至る、夫人を尊ぶなり。夏、季文子齊に如き、賂を納れて、以って會を請ふ。晉人命を用ゐざる者を討じ、胥甲父を衞に放ちて、胥克を立つ。先辛齊に奔る。平州に會し、以って公の位を定む。東門襄仲齊に如きて成を拜す。六月、齊人濟西の田を取る。公を立つるが為の故に、以って齊に賂するなり。宋人の昭公を弒するや、晉の荀林父諸侯の師を以って宋を伐つ。宋晉と平らぎ、宋の文公盟を晉に受く。又諸侯に扈に會し、將に魯の為に齊を討たんとす。皆賂を取りて還る。鄭の穆公曰く、「晉は與(くみ)するに足らず」と。遂に盟を楚に受く。陳の共公の卒するや、楚人禮せず。陳の靈公盟を晉に受く。秋、楚子陳を侵し、遂に宋を侵す。晉の趙盾師を帥ゐて陳・宋を救ひ、棐林に會し、以って鄭を伐つ。楚の蒍賈鄭を救ひ、北林に遇ひ、晉の解揚を囚ふ。晉人乃ち還る。晉秦に成を求めんと欲す。趙穿曰く、「我崇を侵さば、秦崇を急とし必ず之を救はん。吾以って成を求めん」と。冬、趙穿崇を侵す。秦成を與(ゆる)さず。晉人鄭を伐ち、以って北林の役に報ゆ。是に於いて晉侯侈り、趙宣子政を為し、驟(しばしば)諫むれども入れられず、故に楚に競はず。
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史記 越王句践世家種還りて、以て句践に報ず。句践、妻子を殺し、宝器を燔き、戦ひに触れて以て死せんと欲す。種、句践を止めて曰く、「夫れ呉の太宰嚭は貪なり、誘ふに利を以てすべし。請ふ閒行して之に言はん」と。是に於て句践、美女宝器を以て種をして閒に呉の太宰嚭に献ぜしむ。嚭受けて、乃ち大夫種を呉王に見えしむ。種頓首して言ひて曰く、「願はくは大王、句践の罪を赦し、尽く其の宝器を入れん。不幸にして赦さずんば、句践将に尽く其の妻子を殺し、其の宝器を燔き、悉く五千人もて戦ひに触れんとす。必ず当たること有らん」と。嚭因りて呉王に説きて曰く、「越は服するを以て臣と為る。若し将に之を赦さば、此れ国の利なり」と。呉王将に之を許さんとす。子胥進み諫めて曰く、「今越を滅ぼさずんば、後必ず之を悔いん。句践は賢君、種・蠡は良臣なり。若し国に反らば、将に乱を為さんとす」と。呉王聴かず、卒に越を赦し、兵を罷めて帰る。句践の会稽に困しむや、喟然として嘆じて曰く、「吾終に此に於てせんか」と。種曰く、「湯は夏台に系がれ、文王は羑里に囚はれ、晋の重耳は翟に奔り、斉の小白は莒に奔るも、其の卒に王霸たり。是に由りて之を観れば、何ぞ遽かに福と為らざらんや」と。