不動智神妙録 / 間不容髪
間不容髪と申す事の候、貴殿の兵法にたとへて可申候、間とは物を二つかさね合ふたる間へは、髪筋も入らぬと申す義にて候、たとへば手をハタと打つに其儘ハツシと聲が出で候、打つ手の間へ髪筋の入る程の間もなく聲が出で候、手を打つて後に聲が思案して間を置いて出で申すものにては無く候、打つと其儘聲が出で候、人の打ち申したる太刀に心が止り候へば、間が出來候、其間に手前の働が拔け候向ふの打つ太刀と我働との間へは、髪筋も入らず候程ならば、人の太刀は我太刀たるべく候、
新字:間不容髪と申す事の候、貴殿の兵法にたとへて可申候、間とは物を二つかさね合ふたる間へは、髪筋も入らぬと申す義にて候、たとへば手をハタと打つに其儘ハツシと声が出で候、打つ手の間へ髪筋の入る程の間もなく声が出で候、手を打つて後に声が思案して間を置いて出で申すものにては無く候、打つと其儘声が出で候、人の打ち申したる太刀に心が止り候へば、間が出来候、其間に手前の働が抜け候向ふの打つ太刀と我働との間へは、髪筋も入らず候程ならば、人の太刀は我太刀たるべく候、
書き下し
間不容髪と申す事の候、貴殿の兵法にたとへて可申候、間とは物を二つかさね合ふたる間へは、髪筋も入らぬと申す義にて候、たとへば手をハタと打つに其儘ハツシと声が出で候、打つ手の間へ髪筋の入る程の間もなく声が出で候、手を打つて後に声が思案して間を置いて出で申すものにては無く候、打つと其儘声が出で候、人の打ち申したる太刀に心が止り候へば、間が出来候、其間に手前の働が抜け候向ふの打つ太刀と我働との間へは、髪筋も入らず候程ならば、人の太刀は我太刀たるべく候、
現代語訳
間不容髪ということがあります。あなたの兵法にたとえて申しましょう。間とは、物を二つ重ね合わせたその間には、髪の毛一筋も入らないという意味です。たとえば、手をぱんと打てば、そのままはっしと音が出ます。打つ手の間に髪の毛一筋が入るほどの間もなく音が出ます。手を打ったあとで、音が考えて間を置いて出てくるのではありません。打つとそのまま音が出るのです。人が打ってきた太刀に心がとどまれば、そこに間ができてしまいます。その間に、こちらの働きが抜けてしまいます。向こうの打つ太刀と自分の働きとの間に、髪の毛一筋も入らないほどであれば、人の太刀はそのまま自分の太刀となるでしょう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷上卯の夏夜話に曰く、我分別いつとなく失せ、慮知抔と云ふことなし。然る間云ひ損ひも有らんず事ぢやが、出次第に働きて、此年迄来れとも間に合はぬ事無し。総して若き時より無分別なる性也。然れども元より事の談合肝要の時に至ては、何たる分別者よりも我一言に究むる事多し。我もいな事に思ふ也。但しつゝきれて云ふ心か、夫れは元より中中强い位有り、事の談合に及んでは、聞くと早や胸すはつてつゝきれて云はるゝと也。
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『正法眼蔵随聞記』巻一亦云く、大衆不対の時、我れ南泉ならば、大衆既に道不得と云て、便ち猫児を放下してまじ、古人の云く、大用現前して軌則を存せずと、
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孫子・地形篇卒を視ること嬰児の如し、故に之と深谿に赴くべし。卒を視ること愛子の如し、故に之と俱に死すべし。厚くして使う能わず、愛して令する能わず、乱れて治むる能わざれば、譬えば驕子の若く、用うべからざるなり。
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『墨子』貴義子墨子曰く、今、瞽、「鉅なる者は白なり、黔なる者は黒なり」と曰う。眀目なる者と雖も以て之を易うる無し。白黒を兼ねて、瞽をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、瞽の白黒を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、其の取るを以てするなり。今、天下の君子の仁を名づくるや、禹湯と雖も以て之を易うる無し。仁と不仁とを兼ねて、天下の君子をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、天下の君子の仁を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、亦た其の取るを以てするなり。
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論語・先進篇子曰く、論の篤きに是れ与せば、君子者か、色荘者か。
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李衛公問対・卷下朕、千章萬句を觀るに、『多方以て之を誤らしむ』の一句を出でざるのみ。