しんめいPさんの『自分とか、ないから。教養としての東洋哲学』(サンクチュアリ出版)は、2024年4月の刊行から半年で10万部を超えたと出版社が伝えています。哲学書の棚としては異例の数字です。

同書が扱うのは六つです。ブッダ、龍樹、老子と荘子、禅、親鸞、空海。

読み終えた人の多くが、次にこう思うはずです。「では、本人たちは実際に何と書いているのか。」

この記事は、その問いに答えるためのものです。本の要約ではありません。同書の解釈をなぞることもしません。そのかわりに、六つのうち師導に原典を収録している四つ――ブッダ、老子と荘子、禅、親鸞――について、本人の言葉(またはそれに最も近い記録)を原文で開きます。龍樹と空海は、師導に収録がありません。その二つは、ない、とはっきり書きます。

先に、原典を開いてみて分かったことを一つだけ書いておきます。

原典は、「自分がない」で終わっていません。

「ない」と言ったあとに、必ず何かが残っています。それが何なのかは、書き手によってまるで違う。そこが面白いところで、この記事はその「残るもの」を順に拾っていきます。

一、ブッダ ― 「無我」は、教えではなく道として書かれている

まずはブッダです。ブッダ自身は本を書いていません。残っているのは、弟子たちが伝えた言葉です。そのなかでも古い層に属するとされる詩句集が『法句経(ほっくきょう)』、パーリ語で『ダンマパダ』です。師導は荻原雲来の訳で収めています。

「無我」という言葉が出てくるのは、この一連の三句です。

【原文】二七九 諸法は無我なり、と、慧にて知るときは是に由つて苦を厭ふ、是れ淨に到る道なり。

「もろもろの法は無我である、と智慧によって知るとき、それによって苦を厭う。これが浄らかさに到る道である。」

直前の二句は、同じ形をしています。

【原文】二七七 總て造作せられたる物は無常なり、と、慧にて知るときは是に由つて苦を厭ふ、是れ淨に到る道なり。

すべて造られたものは無常である。すべて造られたものは苦である。もろもろの法は無我である。いわゆる「三法印」を、同じ構文で三度くり返しています。

ここで見てほしいのは、三句とも結びが「是れ淨に到る道なり」で揃っていることです。「無我が真理である」とは書いていません。「無我だと知ることが、道である」と書いている。信じる対象ではなく、通り道として置かれています。

もう一つは、「慧にて知るとき」という条件です。頭で理解したとき、ではありません。そう見えたとき、です。「自分とかない」という言葉を覚えることと、実際にそう見えることは、別の出来事だと言っています。

出典:法句経 第二十 道の部

ブッダは、自分自身をどう扱ったか

「無我」を、ブッダは自分自身にも当てはめています。それがよく分かるのが、入滅の直前の説法を伝える『仏遺教経(ぶつゆいきょうぎょう)』です(鳩摩羅什の漢訳、三千字に満たない短い経です)。

悲しむ弟子たちに、ブッダはこう言います。

【書き下し】汝等比丘、悲悩を懐くこと勿かれ。若し我れ世に住すること一劫なるも、会も亦た当に滅すべし。会して離れざるは、終に得べからず。

「たとえ私が一劫のあいだこの世にとどまったとしても、集まりはやはり滅する。集まって離れないということは、ついにあり得ない。」

そして、こう続けます。

【書き下し】今より以後、我が諸の弟子、展転してこれを行ぜば、則ち是れ如来の法身、常に在りて滅せざるなり。

「今より後、弟子たちが次々にこれを行っていくなら、それこそが如来の法身が常に在って滅しないということだ。」

自分はいなくなる。しかし、弟子たちが実行し続けるなら、それが「常に在る」ということだ――。ここでブッダが「残る」と言っているのは、ブッダという人ではありません。受け継がれて行われる法のほうです。

「自分がない」の、最初の答えがここにあります。自分は残らない。行いは残る。

ちなみにこの段には「自利利他、法は皆な具足せり」という一句も入っています。「自利利他」という言葉の原典の一つです。

出典:仏遺教経 会えば必ず離れ有り

経は、こう終わります。

【書き下し】汝等且く止めよ、復た語ることを得ること勿かれ。時将に過ぎんと欲す。我れ滅度せんと欲す。是れ我が最後の所教誨なり。

「おまえたち、もう止めよ。これ以上語ってはならない。時が過ぎようとしている。」別れを引き延ばさずに、打ち切る。短い経が短いまま終わるのは、この態度の表れでしょう。

出典:仏遺教経 是れ我が最後の教誨なり

最初に読むなら:『法句経』は四百二十三の短い詩句でできていて、師導の全文で約一万八千字です。どこから読んでも構いませんが、冒頭の「双叙の部」から入るのが素直です。『仏遺教経』は一息で読めます。

法句経の章句一覧 仏遺教経の章句一覧

二、龍樹 ― 師導には原典がない。かわりに開ける一冊

龍樹(ナーガールジュナ)の主著『中論』は、師導に収録していません。ここは正直に書いておきます。

ただ、龍樹が理論として磨いた「空」の考え方は、般若経の系譜とともに中国へ渡り、禅のなかで独特の姿になりました。その変わりようがよく分かるのが、禅の六祖・慧能(えのう)の説法を記録した『六祖壇経(ろくそだんきょう)』の、この一節です。

【書き下し】善知識よ、世人終日、口に般若を念ずるも、自性の般若を識らず。猶ほ食を説きて飽かざるがごとし。口に但だ空を説くのみなれば、萬劫にも見性を得ず、終に益有ること無し。

「口先で空を説くだけなら、永劫に本性を見ることはできず、何の益もない。」そのたとえが「食を説きて飽かざるがごとし」――料理の話をいくらしても、腹はふくれない。

「空」を理解した、と思った人に向けて、いちばん最初に釘を刺しているわけです。

慧能はこのあと「摩訶」=大を、空の広さとして描きます。方も円もなく、色もなく、上下もなく、怒りも喜びも是非も善悪もない。そして「一法の得べき有ること無し」――得られるものは一つもない、と締めます。

ここで並ぶ否定は、「何も存在しない」という意味ではありません。どの枠にも収まらない、という意味です。「空」を、何かを手に入れるための知識として受け取ろうとする、その構えのほうを外させようとしている。

出典:六祖壇経 般若品第二

三、老子と荘子 ― 「吾、我を喪えり」

老子:言葉にしたとたん、ずれる

老子については、冒頭の一句だけ置いておきます。

【書き下し】道たる可く道も、常の道に非ず。名たる可く名づくるも、常の名に非ず。

「道」と呼べるような道は、不変の道ではない。名づけられる名は、不変の名ではない。

老子は、自分の書く言葉を最初の一行で疑っています。この先の五千字あまりは全部、「言葉にしたらずれるもの」について言葉で書く、という矛盾を承知のうえで書かれている。そう読むと、残りの八十章の読み方が変わります。

出典:老子 第1章

荘子:失ったのは「我」で、語っているのは「吾」

「自分とかない」にいちばん近い言葉を原典から一つだけ選ぶなら、私は荘子の斉物論篇の冒頭を挙げます。

師の南郭子綦(なんかくしき)が、肘掛けにもたれて天を仰ぎ、ぼんやりと息を吐いている。まるで自分の体を置き忘れたように見える。弟子が「今日の先生は、いつもの先生とは別人のようです」と言うと、師はこう答えます。

【書き下し】偃(えん)、亦た善からずや、而(なんじ)の之を問えるや。今者(いま)吾我を喪(うしな)えり。汝之を知るか。

「今、吾は我を喪った。おまえにそれが分かるか。」

原文は「吾喪我」の三文字です。どちらも「わたし」を意味する「吾」と「我」が、一文のなかで主語と目的語に分かれています。失われたのは「我」で、失ったと語っているのは「吾」。この二字を読み分けて、こだわりとしての自分(我)が落ちたあとにも、なお語る者(吾)がいる、と読む解釈があります。

そのあと師が語るのは、風の話です。大地が息を吐くと、それが風になる。風は一つなのに、山林の木々の穴――鼻のような穴、口のような穴、臼のような穴――を通ると、それぞれ違う音で鳴る。

【書き下し】夫れ万を吹きて同じからざるも、而も其れをして自ら已(や)ましむ。咸(ことごと)く其れ自ら取る。怒(おこ)す者は其れ誰ぞや

「万物を吹き鳴らして、それぞれに違う音を出させ、しかもそれぞれが自分から鳴りやむ。すべてはそれ自身が選び取っている。では、吹き起こしているのは誰なのか。」

この問いに、荘子は答えを書いていません。

出典:荘子 斉物論

「至人は己無し」――自分がない、とは、何にも頼らないこと

荘子には、文字どおり「自分がない」と書いた一句もあります。最初の篇、逍遥遊篇の結びです。

【書き下し】故に曰く、至人は己(おのれ)無く、神人は功無く、聖人は名無しと。

「至人には己がなく、神人には功がなく、聖人には名がない。」

ただし、ここに至るまでの道のりが大事です。荘子はまず、役職をこなし、地域で認められ、君主に用いられる有能な人を「小雀と同じだ」と退けます。次に、世の中が褒めても励まず、けなしてもくじけない宋栄子(そうえいし)を出し、立派だがまだ足りないと言う。さらに風に乗って空を行く列子でさえ、「猶お待つ所有る者なり」――風という頼るものがある、と言う。

そのうえで、何にも頼らずに無窮に遊ぶ者を描き、「だから至人には己がない」と結ぶ。

つまり、ここでの「己がない」は、虚無のことではありません。評価にも、功績にも、名声にも、風にも、そして自分自身にも寄りかかっていない、という意味です。

出典:荘子 逍遥遊

胡蝶の夢には、続きの一文がある

荘子でいちばん有名な話は、たぶん「胡蝶の夢」でしょう。夢で蝶になり、目覚めて、自分が蝶の夢を見たのか、蝶が自分の夢を見ているのか分からなくなる。

その話は、こう締めくくられます。

【書き下し】周と胡蝶とは、則ち必ず分有らん。此を之れ物化(ぶっか)と謂う。

「荘周と蝶とには、必ず区別があるはずだ。この移り変わりを物化という。」

区別は、ある。荘子はそう書いています。「どちらが本当か分からない、だから自分なんてない」とは言っていない。区別がありながら、移り変わっていく。その移り変わりのほうに名前をつけています。

出典:荘子 斉物論(胡蝶の夢)

最初に読むなら:『老子』は五千字あまりで、一日で通読できます。『荘子』は長く、師導の全文で約八万字あります。最初の七篇(内篇)、なかでも逍遥遊篇と斉物論篇から入るのが定石です。

老子の章句一覧 荘子の章句一覧

四、禅 ― 「本来無一物」と、「無位の真人」

禅は、言葉を疑うところから始まる流派です。それでも、言葉は大量に残っています。四つだけ開きます。

慧能:磨くという構図ごと外す

禅の歴史を折り返させた、と言われる四句です。五祖の後継者を決めるとき、高弟の神秀が、次の偈を壁に書きました。

【書き下し】身は是れ菩提樹
心は明鏡臺の如し
時時に勤めて拂拭し
塵埃を惹かしむる勿れ

身体は悟りの樹、心は明るい鏡の台。常に努めて拭き清め、塵をつけさせてはならない。まっとうな修行観です。

出典:六祖壇経 行由品第一(神秀の偈)

これに応えて、字の読めなかった慧能が人に書かせたのが、次の偈です。

【書き下し】「菩提本より樹無し、
明鏡も亦た臺に非ず、
本來無一物、
何れの處にか塵埃を惹かん。」

悟りにはもともと樹などない。鏡もまた台ではない。もともと一つの物もない。どこに塵がつくというのか。

神秀の偈には、鏡(心)と、磨く人と、塵の三つが立っていました。慧能はそれを順に外していきます。磨く努力が間違っていると言ったのではありません。磨く・磨かれるという構図そのものが、成り立たないと言った。

出典:六祖壇経 行由品第一

趙州:「無」は「ない」ではない

『無門関』の第一則は、たった一行です。

【書き下し】趙州和尚、因(ちな)みに僧問ふ、「狗子(くし)に還(かえ)って佛性有りや也(ま)た無しや」。州云く、「無」。

犬にも仏性はありますか。趙州は「無」と答えた。

編者の無門慧開は、この一字を「宗門の第一関」と呼び、書名もここから取りました。そして注意すべきは、これを「犬には仏性がない」という答えとして受け取った瞬間に、この関は通れないとされていることです。無門の頌は「纔(わず)かに有無に涉(わた)れば、身を喪(うしな)ひ命を失ふ」。有るか無いかの話にしたら終わりだ、と。

「自分とかない」を、「自分は有るか無いか」の問いへの「無い」という回答として受け取ると、禅の側からは同じ注意が飛んでくるはずです。

出典:無門関 第一則 趙州狗子

臨済:位のない真人が、一人いる

ここで、「ない」のあとに残るものが、いちばんはっきり出てきます。

【書き下し】上堂して云く、「赤肉團上に一無位の真人有り。常に汝等諸人の面門より出入す。未だ證據せざる者は看よ看よ」と。

「この赤い肉のかたまりの上に、位のない真人が一人いる。いつもおまえたちの顔から出入りしている。まだ見届けていない者は、見よ、見よ。」

「有り」と言っています。仏でも祖でも聖人でもなく、どんな位もつかない者が、一人。しかも遠くにいるのではなく、いま自分の顔から出入りしている。

ところが、ある僧が「無位の真人とは何ですか」と尋ねたとたん、臨済は禅床を下りて僧の胸ぐらをつかみ、「言え、言え」と迫ります。僧が口ごもると突き放して、こう言い捨てて部屋に帰ってしまう。

【書き下し】無位の真人、是れ什麼の乾屎橛ぞ

「無位の真人が、何のくそかき箆(べら)か。」自分で持ち出した言葉を、自分で汚物と呼んで捨てています。言葉にして受け取った瞬間に、それはもう真人ではない。

「自分がない」と「一人いる」は、臨済のなかで矛盾していません。位のついた自分はない。位のない者が、ここにいる。

出典:臨済録 上堂

道元:卑下するのも、我執である

最後は日本の禅から、道元の言葉を弟子の懐奘(えじょう)が書き留めた『正法眼蔵随聞記』です。道元は「我を離れよ」と繰り返し説きました。そのなかに、今の読者にこそ刺さる一段があります。

【原文】我身の器量を顧み、佛法に契ふまじなんど思ふも、我執を持たる故なり、人目を顧み、人情を憚かるは、卽ち我執の本なり

「自分の器量を顧みて、仏法にかなうはずがないなどと思うのも、我執を持っているからだ。人目を気にし、人の思わくを憚るのは、我執の根本だ。」

我執というと、自分を高く見る心、つまり慢心を思い浮かべます。道元はそれだけでなく、自分を低く見る心も同じ我執だと言っている。「どうせ自分なんて」と考えているあいだ、人は自分の話をやめられていないからです。向きが違うだけで、根は一つ。

「自分とかない」という言葉に救われた人がいるとすれば、それはおそらく、この「自分を低く見積もり続ける疲れ」から降りられたからでしょう。道元は八百年前に、その疲れにも名前をつけていました。

出典:正法眼蔵随聞記 巻五

最初に読むなら:『無門関』は四十八則、師導の全文で約九千字と短く、禅の入口にいちばん向いています。『臨済録』は約一万八千字、『六祖壇経』は約二万五千字。『正法眼蔵随聞記』は和文で、道元の主著『正法眼蔵』よりずっと平易です。

無門関の章句一覧 臨済録の章句一覧 六祖壇経の章句一覧 正法眼蔵随聞記の章句一覧

五、親鸞 ― 「ひとえに親鸞一人が為なりけり」

親鸞の言葉を伝える『歎異抄(たんにしょう)』は、親鸞自身の著作ではありません。弟子の唯円が、師の没後に教えが乱れていくのを嘆いて、耳に残る言葉を書き留めたものとされます。

いちばん有名なのは、第三条の冒頭でしょう。

【原文】善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。

善人でさえ往生する。まして悪人はなおさらだ。世間の常識「悪人でさえ往生する、まして善人は」をひっくり返した一句です。

その理由として、唯円はこう書き留めています。

【原文】そのゆえは、自力作善の人は、ひとえに他力をたのむ心欠けたる間、弥陀の本願にあらず。

自分の力で善を積める人は、他力に頼む心が欠けている。ここでの「悪人」は犯罪者のことではなく、自分の力ではどうにもならないと知らされた人のことです。自分の力を手放すところに、救いの入口が置かれています。

出典:歎異抄 第三条 歎異抄 第三条(つづき)

第六条には、こうあります。

【原文】親鸞は弟子一人ももたず候。

弟子どうしが「私の弟子だ、あの人の弟子だ」と争っている、と聞いての言葉です。理由は、自分の計らいで人に念仏させているのなら弟子とも言えようが、阿弥陀のはたらきで念仏している人を「わが弟子」と呼ぶのは、とんでもないことだから。

人を導いた手柄を、自分のものにしない。自分の側に何も残さない言い方です。

出典:歎異抄 第六条

そして、正反対に聞こえる一句

ところが『歎異抄』の結びに、唯円は、親鸞がいつも口にしていたという言葉を記しています。

【原文】聖人の常の仰せには、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人が為なりけり、されば若干の業をもちける身にてありけるを、助けんと思し召したちける本願のかたじけなさよ」と御述懐候いしことを

「阿弥陀が五劫のあいだ考え抜いて立てた願を、よくよく考えてみると、ひとえに親鸞一人のためであった。」

自力を捨て、弟子も持たず、自分の側に何も置かなかった人が、最後に「一人」と言っている。すべての衆生のための願を、「私一人のためのものだった」と受け取っている。

矛盾に見えます。しかし、ここまで読んできた流れでいえば、筋は通っています。自分の力で立つ「自分」は捨てた。そのうえで、差し出されたものを受け取る「一人」は残った。親鸞の場合、「ない」のあとに残るのは、受け取る者としての自分でした。

出典:歎異抄 後序

最初に読むなら:『歎異抄』は師導の全文で約一万二千字。前半の十条が親鸞の言葉、後半が唯円の批判です。前半だけなら、一時間かかりません。

歎異抄の章句一覧

六、空海 ― こちらも原典はありません

空海の著作も、師導には収録していません。

一つだけ触れておくと、空海が二十代で書いた『三教指帰(さんごうしいき)』は、儒教・道教・仏教の三つを登場人物に語らせて比べる、戯曲のような作品です。「東洋哲学」という一つの棚の中で、すでに比較をやっていたわけで、いま東洋哲学に入門しようとしている人にとっては、面白い位置にある本です。

原典を開くと見えること ― 「ない」のあとに、何が残るか

ここまでの「残るもの」を並べ直してみます。

  • ブッダ:自分は残らない。弟子たちが行い続ける法が残る。
  • 龍樹の系譜(慧能):空を口で説いても腹はふくれない。実際にそう見えることだけが残る。
  • 荘子:「我」を喪って、語る「吾」が残る。胡蝶と荘周には区別が残る。
  • 臨済:位のついた自分はない。位のない真人が一人、顔から出入りしている。
  • 道元:慢心も卑下も同じ我執。自分の話をやめたところに、ただ学ぶことが残る。
  • 親鸞:自力の自分は捨てる。受け取る一人が残る。

「自分とか、ないから」は、これらすべての入口として、とてもよくできた一言だと思います。重く抱えていた「自分」を、いったん下ろさせてくれる。

ただ、原典の書き手たちは、下ろしたところで話を終えていません。下ろしたあと、何が軽くなって、何が残ったのかを、それぞれのやり方で書いています。そこから先は、入門書ではなく原典の仕事です。

次に読む順番

迷ったら、短いものから開くのが確実です。字数は師導が収める全文の文字数(句読点を含む)です。

  1. 『無門関』(約九千字)――四十八の短い問答。一則ずつ、一日一則でも読める
  2. 『老子』(五千字あまり)――一日で通読できる。第一章から順に
  3. 『法句経』(約一万八千字)――ブッダの言葉に最も近い詩句集
  4. 『歎異抄』(約一万二千字)――前半十条だけでもよい
  5. 『荘子』内篇――逍遥遊篇と斉物論篇から
  6. 『臨済録』『六祖壇経』――禅の言葉が、生身の人間の口調で残っている
  7. 『正法眼蔵随聞記』――和文で平易。道元の人柄が出る

「東洋哲学」全体の見取り図が欲しい方は、次の記事にまとめました。インド・中国・日本の思想を、師導が収める七十余りの原典で一枚の地図にしています。

東洋哲学とは何か ― わかりやすく、原典で描く地図

入門書ではなく、原典から選んだ「最初の十冊」は、こちらにあります。

東洋哲学の本おすすめ ― 入門書ではなく原典から選ぶ十冊

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老子の名言に学ぶ、リーダーの器 ― 水のように、無為にして治める
自利利他とは — 意味と本当の解釈、自利利他円満に至る道

本記事の出典について

本記事は、しんめいP『自分とか、ないから。教養としての東洋哲学』(サンクチュアリ出版、2024年)の著者・出版社とは関係がありません。同書の内容の要約や解釈の紹介は意図しておらず、同書が扱う人物・思想の一覧(ブッダ、龍樹、老子と荘子、禅、親鸞、空海)と刊行日・部数は、出版社の公式発表に拠りました。

引用した原文・書き下し文は、すべて師導が収録する底本の値をそのまま使っています。長い段は途中から引いていますが、残した部分は一字も変えていません。仮名遣い・旧字も底本のままです。各節末のリンクから、その段の全文・現代語訳・解説をご覧いただけます。

『法句経』は荻原雲来訳、『仏遺教経』は鳩摩羅什訳です。『歎異抄』は親鸞の弟子・唯円の編とされ、『正法眼蔵随聞記』は道元の弟子・懐奘の筆録です。いずれも本人の著作ではない点にご注意ください。

「吾」と「我」の読み分けは、斉物論篇の解釈として行われているものの一つであり、唯一の読み方ではありません。龍樹の「空」の思想と禅の関係についての記述は、一般的な思想史の理解に拠っています。

字数は、師導が収録する全文(句読点を含む)を機械的に数えた値です。刊本によって本文の範囲や字数は異なります。