「東洋哲学 本 おすすめ」で探すと、出てくるのはほとんどが解説書のリストです。

解説書は、よい入口です。この記事の最後でも何冊か挙げます。ただ、解説書を三冊読んでも、老子の文章そのものは一行も読んでいない、ということが起こります。

岡倉天心は『茶の本』のなかで、東洋の思想を西洋の言葉に移すことについて、こう書きました。

【原文】翻訳は常に叛逆であって、明朝の一作家の言のごとく、よくいったところでただ錦の裏を見るに過ぎぬ。縦横の糸は皆あるが色彩、意匠の精妙は見られない。

翻訳は錦の裏を見るようなもので、糸は全部あるのに、模様が見えない。天心自身が英語でこの本を書いた人なので、この言葉には重みがあります。解説書も、ある意味では錦の裏です。

出典:茶の本 第三章 道教と禅道

そこでこの記事では、原典そのものから「最初の十冊」を選びました。

選ぶにあたって、ほかのリストにはない情報を一つ付けています。各書の字数です。師導は七十余りの書を全文で収めているので、実際に数えることができます。「東洋哲学の本は難しくて長い」と思っている方は、まず数字を見てください。思っているより、ずっと短い本がたくさんあります。

選んだ基準

  1. 短いこと。最初の一冊で挫折しないために、短い順に並べました。
  2. 一句から入れること。頭から通読しなくても、どこか一句を開けば、その書の性格が分かるもの。
  3. 系統が偏らないこと。儒家・道家・仏教・禅・浄土・兵家・処世と、東洋哲学の主な流れを一通り押さえられるように。

十冊の一覧

書名 系統 字数(師導の全文)
1 大学 儒家 約2,200字
2 老子 道家 約7,400字
3 無門関 約9,400字
4 孫子 兵家 約10,100字
5 歎異抄 浄土 約12,100字
6 菜根譚 処世 約15,400字
7 法句経 仏教 約18,300字
8 論語 儒家 約21,700字
9 茶の本 日本(茶・道教・禅) 約43,900字
10 荘子 道家 約79,900字

字数は句読点を含みます。漢文の書は句読点を除くとさらに少なくなり、たとえば『老子』は伝統的に「五千言」と呼ばれます。

以下、一冊ずつ、最初に開くとよい一句を添えて紹介します。

1. 『大学』 ― 四書の入口、約二千二百字

儒学の基本書「四書」(大学・中庸・論語・孟子)のうち、朱子学で最初に読むべき書とされたのが『大学』です。十冊のなかでいちばん短く、一時間かからずに読み終えます。

冒頭の一段に、全体の骨組みが入っています。

【書き下し】大学の道は、明徳を明らかにするに在り、民を親(あら)たにするに在り、至善に止まるに在り。

学ぶことの目的は三つ。自分の内にある徳を明らかにすること、人々を新たにすること、最高の善にとどまること。そして同じ段の結びがこうです。

【書き下し】物に本末有り、事に終始有り、先後する所を知れば、則ち道に近し。

物事には根本と末節があり、始まりと終わりがある。何を先にし、何を後にするかを知れば、道に近い。

東洋哲学というと深遠な話を想像しがちですが、儒学の入口に置かれていたのは、順序の感覚でした。

出典:大学 → 大学の章句一覧

2. 『老子』 ― 五千字あまりで、一冊まるごと

東洋哲学の本を一冊だけ通読するなら、『老子』を勧めます。短く、しかも八十一の章に分かれていて、どこで止めても区切りがつきます。

最初に開くなら、第三十三章です。

【書き下し】人を知る者は智、自ら知る者は明なり。人に勝つ者は力有り、自ら勝つ者は強し。足るを知る者は富み、強めて行う者は志有り。

人を知るのは智、自分を知るのが明。人に勝つのは力、自分に勝つのが強さ。対句を重ねるたびに、目を外から内へ向け直させる。老子の書き方の癖が、この一章でよく分かります。「足るを知る」の出典もここです。

出典:老子 第33章 → 老子の章句一覧

老子の名言に学ぶ、リーダーの器 足るを知るとは — 老子の原文と本当の意味

3. 『無門関』 ― 禅の入口、四十八の短い問答

禅の本は難解だと思われていますが、『無門関』は一則が数行しかありません。宋代の禅僧・無門慧開が、古い禅問答を四十八選んで、短い評と詩を付けたものです。

最初に開くなら、第七則を勧めます。

【書き下し】趙州、僧の問ふに因る、「某甲(それがし)乍(はじ)めて叢林に入る。乞ふ師指示せよ」。州云く、「粥を喫し了(お)はれるや未(いま)だしや」。僧云く、「粥を喫し了はれり」。州云く、「缽盂(はつう)を洗ひ去れ」。其の僧省有り。

入門したばかりの僧が「ご指導ください」と頼む。趙州は「粥は食べ終わったか」と聞き、「食べました」と答えると、「では鉢を洗ってこい」。僧は、はっと気づいた。

特別な教えを求めてきた人に、当たり前のことしか言わない。答えは手元にあるのに、人は遠くの秘訣を探しに行く。禅がどういう種類の問いを扱うのかが、この数行で分かります。

出典:無門関 第七則 趙州洗缽 → 無門関の章句一覧

4. 『孫子』 ― 兵法書は、戦争の重さを量る一句から始まる

「兵法」と聞くと勝つための技術を思い浮かべますが、『孫子』の最初の一行はこうです。

【書き下し】孫子曰く、兵とは国の大事なり。死生の地、存亡の道、察せざるべからず。

戦争は国の一大事であり、人の生死と国の存亡がかかっている。よくよく考えなければならない。

勇ましく始めるのではなく、事の重さを直視するところから始める。全十三篇、約一万字。二千五百年前の書が、いまも経営書の棚に並んでいる理由は、この冷静さにあります。

出典:孫子 始計篇 → 孫子の章句一覧

孫子の兵法の名言13選 — 原文・現代語訳と、戦わずして勝つの本当の意味

5. 『歎異抄』 ― 日本語で読める、いちばん鋭い一冊

親鸞の弟子・唯円が、師の言葉を書き留めたとされる書です。原文が日本語なので、漢文の書き下しに慣れていない人でも読めます。

第一条から開くのが順当です。

【原文】弥陀の本願には老少善悪の人をえらばず、ただ信心を要とすと知るべし。

阿弥陀の願いは、老いも若きも、善人も悪人も選ばない。この条の終わりには、「悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきがゆえに」とまで書かれます。

努力や成果を積み上げてから安心が得られる、という順序そのものを疑う本です。前半十条なら、一時間もかかりません。

出典:歎異抄 第一条 → 歎異抄の章句一覧

6. 『菜根譚』 ― 組織で長く働く人の本

明代の洪自誠が書いた、短い箴言集です。儒教・仏教・道教を混ぜ合わせた処世の知恵で、中国よりも日本でよく読まれてきました。

書名の思想そのものが、この一句に出ています。

【書き下し】醲肥辛甘は真味に非ず。真味は只だ是れ淡なり。神奇卓異は至人に非ず。至人は只だ是れ常なり。

濃い味は本当の味ではない。本当の味は、ただ淡い。奇抜な人は至高の人ではない。至高の人は、ただ普通だ。

一条が二、三行なので、寝る前に一条ずつ読むのに向いています。

出典:菜根譚 前集 → 菜根譚の章句一覧

菜根譚の名言14選 — 原文・現代語訳と、日本の経営者に愛された理由

7. 『法句経』 ― ブッダの言葉に最も近い詩句集

仏教の本は膨大ですが、最初の一冊なら『法句経』(ダンマパダ)です。四百二十三の短い詩句で、師導は荻原雲来の訳で収めています。

最初に開くなら、ブッダが悟りを開いたときに発したと伝えられる二偈を勧めます。

【原文】一五四 屋宅の作者よ、汝は見られたり、再び屋宅を造る勿れ、汝のあらゆる桷は折れたり、棟梁は毀れたり、心は造作すること無し、愛欲を盡し了る。

何度も生まれ変わり、そのたびに「家」を建て直してきた。その建築主を探して見つからなかった。「家の作り手よ、おまえは見られた。」垂木は折れ、棟木は壊れた。

悟りが、何かを手に入れた話としてではなく、造り続けてきたものが崩れる話として書かれています。作り手の正体は、最後の一語、愛欲です。

出典:法句経 第十一 老耄の部 → 法句経の章句一覧

8. 『論語』 ― 最初の一句に、全体の順序が入っている

東洋哲学の本の代表格ですが、全二十篇・約二万字あり、頭から通読すると途中で退屈します。好きな篇から拾い読みしてよい本です。

ただし、最初の一句だけは読んでおいてください。

【書き下し】子曰く、「学びて時に之を習う、亦説ばしからずや。朋遠方より来たる有り、亦楽しからずや。人知らずして慍みず、亦君子ならずや。」

学んで、折に触れて復習する。喜ばしいことではないか。友が遠くから訪ねてくる。楽しいことではないか。人に知られなくても腹を立てない。それが君子ではないか。

三つめの句が大事です。学び、仲間と語り合い、そして評価されなくても続ける。論語は、この順序で始まっています。

出典:論語 学而篇 → 論語の章句一覧

論語の名言一覧 43選

9. 『茶の本』 ― 日本人が、英語で世界に書いた東洋思想の入門書

岡倉天心が1906年にニューヨークで英語で出版した本で、師導は村岡博の訳で収めています。茶の湯の本ですが、中身の半分は道教と禅の解説です。

西洋人に向けて書かれているので、東洋思想を外から説明する書き方になっています。現代の日本人が読むのに、ちょうどよい距離です。

【原文】「道」は文字どおりの意味は「径路」である。

「道」という字の意味は「通り道」だ、と天心は書き、それが「行路」「絶対」「法則」「自然」「至理」「方式」などさまざまに訳されてきたこと、どの訳も間違いではないことを説明します。一つの言葉が一つの訳語に収まらないことを、欠陥ではなく性質として受け取る。東洋思想を読むときの構えを、最初に教えてくれる本です。

出典:茶の本 第三章 道教と禅道 → 茶の本の章句一覧

10. 『荘子』 ― 最後に、いちばん長くて、いちばん面白い本

十冊のなかで最も長く、約八万字あります。ただし全部読む必要はありません。最初の七篇(内篇)だけで十分です。寓話が多く、東洋哲学の本のなかでいちばん「読んで面白い」書です。

最初に開くなら、この短い一段です。

【書き下し】桂(けい)は食らうべし、故に之を伐(き)る。漆(うるし)は用うべし、故に之を割く。人は皆な有用の用を知るも、而も無用の用を知る莫きなり。

桂は食べられるから伐られる。漆は使えるから裂かれる。人はみな、役に立つものの効用は知っているが、役に立たないものの効用を知らない。

「無用の用」の出典です。役に立つことは、消費されることと表裏一体だ、と荘子は言います。すぐに役立つ本ばかり読んでいる人にこそ、最後に勧めたい一冊です。

出典:荘子 人間世 → 荘子の章句一覧

解説書から入りたい人へ

原典の前に、全体像をつかみたい方もいるはずです。ここでは、書誌を確認できたものだけを挙げます。

  • しんめいP『自分とか、ないから。教養としての東洋哲学』(サンクチュアリ出版、2024年)
    ブッダ・龍樹・老子と荘子・禅・親鸞・空海を扱った、いまいちばん読まれている入門書です。読み終えたあとに開く原典は、別の記事にまとめました。
    『自分とか、ないから。教養としての東洋哲学』の次に読む原典
  • 湯浅邦弘『諸子百家 儒家・墨家・道家・法家・兵家』(中公新書、2009年)
    孔子・孟子・墨子・老子・荘子・韓非子・孫子を、新しい研究成果も交えて平易に解説した新書です。中国思想の全体像をつかむのに向いています。
  • マイケル・ピュエット、クリスティーン・グロス=ロー『ハーバードの人生が変わる東洋哲学』(熊谷淳子訳、早川書房、2016年。文庫版もあり)
    ハーバード大学で人気を集めた中国思想の講義を本にしたものです。孔子・孟子・老子らを、欧米の学生に向けて語っています。
  • 中村元『東洋人の思惟方法』(春秋社、中村元選集)
    インド人・中国人・日本人・チベット人の考え方の違いを、仏教の受け取られ方などから比べた古典的研究です。「東洋」をひとくくりにしないための本として。
  • 井筒俊彦『意識と本質 ― 精神的東洋を索めて』(岩波文庫)
    東洋のさまざまな哲学を一つの構造のなかで読み解こうとした、本格的な哲学書です。上の四冊を読んだあとの、次の段として。

経営に使いたい人へ

東洋哲学を、組織や意思決定の現場で使いたい方には、上の十冊に加えて次の書を勧めます。いずれも特集記事で原文を紹介しています。

韓非子の名言12選 徳川家康の愛読書(貞観政要) 言志四録に学ぶリーダーシップ

東洋哲学の全体の見取り図は、こちらの記事にまとめています。

東洋哲学とは何か ― わかりやすく、原典で描く地図

本記事の出典について

引用した原文・書き下し文は、すべて師導が収録する底本の値をそのまま使っています。長い段は途中から引いていますが、残した部分は一字も変えていません。各節末のリンクから、その段の全文・現代語訳・解説をご覧いただけます。

字数は、師導が収録する各書の全文(句読点を含む)を機械的に数えた値を、百の位で丸めたものです。底本・刊本によって本文の範囲や字数は異なります。『法句経』は荻原雲来訳、『茶の本』は村岡博訳の字数です。

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