「足るを知る」は座右の銘としてよく挙がる言葉です。一方で、この言葉を嫌う人も少なくありません。現状に満足しろということなら、向上心はどうなるのか。読み方と意味、そして老子の原文にさかのぼった出典を確かめたうえで、なぜ反発を招くのか、向上心とはどう両立するのかまでを見ていきます。
「足るを知る」とは — 読み方と意味
読み方は「たるをしる」
「足るを知る」は「たるをしる」と読みます。「足ることを知る」と書かれることもありますが、意味は同じです。「足る」は「足りる」の古い形で、十分である、満ち足りている、という状態を指します。
四字で「知足(ちそく)」とも書きます。仏典ではこちらの形で出てくることが多く、「少欲知足(しょうよくちそく)」という熟語もあります。
辞書に載っている意味
辞書には「身分相応に満足することを知る」「みだりに不満を持たない」といった説明が載っています。分かりやすい説明ではあります。ただ、この一行だけを受け取ると、この言葉はほとんど「我慢しなさい」と同じ意味になってしまいます。
実のところ、「足るを知る」が嫌われるのは、この受け取り方のせいだと言ってよいでしょう。原文にあたると、印象はかなり変わります。
出典は『老子』第三十三章
出典は『老子』です。第三十三章に「知足者富」——足るを知る者は富む、とあります。
『老子』は道家の書で、全八十一章。短い韻文が並ぶ形をとっています。老子という人物については生没年も定かでなく、書物の成立過程についても諸説あって定まっていません。ただ、テキストとしての『老子』が二千数百年にわたって読み継がれてきたことは確かです。
「足るを知る」に相当する句は、この八十一章のなかに複数あります。まず、その原文を確かめておきましょう。
老子の原文 — 「足るを知る」が出てくる三つの章
第三十三章 — 足るを知る者は富み、強めて行う者は志有り
知人者智,自知者明。勝人者有力,自勝者強。知足者富,強行者有志。不失其所者久,死而不亡者壽。
書き下し: 人を知る者は智、自ら知る者は明なり。人に勝つ者は力有り、自ら勝つ者は強し。足るを知る者は富み、強めて行う者は志有り。其の所を失わざる者は久し、死して而も亡びざる者は寿し。
現代語訳: 人を知る者は智恵があり、自分を知る者は明らかである。人に勝つ者は力があり、自分に勝つ者は強い。足るを知る者は富み、努めて行う者は志がある。自分の居場所を失わない者は長く続き、死んでもなお失われない者は寿である。
これがいわゆる出典です。四つの対句を重ねた章で、いずれも比較の対象を外から内へ移していきます。人を知るより自分を知るほうが上。人に勝つより自分に勝つほうが強い。
そして注目したいのが三つめの対句です。「足るを知る者は富み、強めて行う者は志有り」。満ち足りていることと、力を尽くして進むことが、切り離されずに同じ一文に並べて置かれています。この点は後ほど改めて取り上げます。
第四十四章 — 足るを知れば辱められず
名與身孰親?身與貨孰多?得與亡孰病?甚愛必大費,多藏必厚亡。故知足不辱,知止不殆,可以長久。
書き下し: 名と身と孰れか親しき。身と貨と孰れか多なる。得ると亡うと孰れか病なる。甚だ愛すれば必ず大いに費え、多く蔵すれば必ず厚く亡う。故に足るを知れば辱められず、止まるを知れば殆うからず、以て長久なるべし。
現代語訳: 名声と我が身と、どちらが身近か。我が身と財貨と、どちらが大切か。得ることと失うことと、どちらが病か。ひどく愛せば必ず大きく費え、多く蓄えれば必ず厚く失う。だから足るを知れば辱められず、止まることを知れば危うくない。そうして長く続けられる。
「知足不辱、知止不殆」——足るを知れば辱められず、止まるを知れば危うくない。ここでの「足るを知る」は、道徳ではなく安全の話として語られています。多く抱え込めば、失うときの損も大きい。だから引き際を知っておけ、と。
第四十六章 — 足るを知るの足るは、常に足る
天下有道,卻走馬以糞。天下無道,戎馬生於郊。禍莫大於不知足;咎莫大於欲得。故知足之足,常足矣。
書き下し: 天下に道有れば、走馬を却けて以て糞す。天下に道無ければ、戎馬は郊に生ず。禍は足るを知らざるより大なるは莫く、咎は得んと欲するより大なるは莫し。故に足るを知るの足るは、常に足る。
現代語訳: 天下に道があれば、走る馬を退けて畑の肥やし運びに使う。天下に道がなければ、軍馬が郊外で子を産む。災いは足るを知らないことより大きいものはなく、咎は得ようとすることより大きいものはない。だから足るを知る満足こそが、常に満ち足りている。
この章は前半と後半をつなげて読む必要があります。前半で語られているのは戦争です。世が治まっていれば軍馬は畑に回され、乱れていれば軍馬が戦場で子を産む。その直後に「禍は足るを知らざるより大なるは莫し」と続く。
つまり老子は「足るを知らない」ことを、まず上に立つ者の問題として書いています。庶民の慎ましさを説いた言葉ではありません。
「足るを知る」の本当の意味
満足しろ、という命令ではない
三章を並べてみると、この言葉が命令形でないことが分かります。老子は「満足せよ」とは書いていません。書いているのは「足るを知る者は富む」という観察です。
満足するかどうかではなく、どこで足りているかを知っているかどうか。これは意欲の問題ではなく、認識の問題です。
「足る」の基準を、外から自分の内へ戻す
第四十四章の問いかけが分かりやすい。名声と我が身と、どちらが身近か。我が身と財貨と、どちらが大切か。
問われているのは、何を基準に自分の状態を測っているか、です。他人と比べた順位、去年より増えた数字、まだ手に入っていないもの——外にある目盛りだけで測っていれば、どれだけ得ても足りることはありません。第三十三章が「人を知る」より「自ら知る」を上に置いたのと、同じ方向です。
富の定義を書き換える言葉
「知足者富」の「富」は、持ち物の量ではありません。老子は富の定義そのものを書き換えています。多く持っている者が富んでいるのではなく、足りていることを知っている者が富んでいる、と。
だから「足るを知る」は、少ないものを我慢して受け入れる話ではなく、測り方を変える話です。ここを取り違えると、この言葉は途端に嫌なものになります。
なぜ「足るを知る」は嫌われるのか
検索してみると、この言葉について「嫌い」と調べる人が少なからずいます。理由のないことではありません。三つに整理してみます。
「身分相応」という訳語が効きすぎている
辞書的な説明にある「身分相応」という言葉。これは老子の原文にはありません。第三十三章にも第四十四章にも、身分や分際にあたる語は出てきません。書かれているのは「知る者」であって、「その身分の者」ではないのです。
にもかかわらず、日本語の説明として「身分相応」が定着した結果、この言葉は「身の程をわきまえろ」に近い響きを持つようになりました。反発されるのは当然でしょう。
上の立場の人が下に向けて使うと、意味が反転する
第四十六章で見たとおり、老子はこの言葉を為政者の欲について書いていました。ところが実際には、上の立場の人が下の人に向けて使われる場面のほうが多い。
そうなると、この言葉は待遇や分配をめぐる話を打ち切る道具になります。もらう側が「足るを知る」と言うのと、渡す側が「足るを知れ」と言うのとでは、まったく別のことが起きているわけです。原文の向きは前者です。
向上心を否定する言葉に見える
そしてもう一つが、成長や達成を否定しているように聞こえる、という点です。
これは誤解ですが、無理もない誤解でもあります。「足るを知る」だけを切り取れば、そう読めてしまうからです。
では、実際に経営の現場に立った人は、この言葉をどう受け取ったのでしょうか。
稲盛和夫が語った「足るを知る」
言葉の意味が分かっても、経営の現場でどう受け取ればいいのかは別の問題です。ここで参考になるのが、京セラの創業者で、経営破綻した日本航空の再建にあたった稲盛和夫氏の受け取り方です。
欲望にも節度が要る
稲盛氏がいわゆる稲盛哲学を語る際に何度も口にしたのが、「日本人は、もっと『足るを知る』必要がある」というフレーズでした。
稲盛氏は「足るを知る」について、「『もうそんなに強欲にならなくてもよいのではないか。欲望にも節度が要るのではありませんか』という、古来から東洋にある教えです」と説明しています。
節度、という言葉が使われている点に注目したいところです。欲を消せとは言っていません。
成長重視からの転換
盛和塾の機関誌に載った2015年のインタビューでは、こう語っています。
日本の経済というのは、国民が贅沢をしてくれなければ、国が発展しないと。つまり、消費に頼った経済発展といいますかね。地球上にある資源というのは有限ですから、無限じゃありませんから、そういうものを有効に使って、足るを知るというような生き方をしなきゃいけないのにも関わらず、経済という指標からいくと、贅沢をもっともっと。浪費をするべきだと。という論調になっていくので、今の経済のメカニズムそのものを根本から考えなければならないという時が来るんじゃないだろうかという気がしますね。果たして、今までの経済政策でいいのだろうかとそういう疑問が出てきてしかるべきじゃなかろうかという気がしますけど
いまの日本経済は消費に支えられていて、国民が贅沢をすれば発展すると考えられている。しかし地球の資源は有限で、浪費をいつまでも続けることはできない。だから身の丈に合った生き方を選び、経済政策も成長重視から転換しなくてはならない——そういう趣旨です。
今日では特別に目新しい主張ではありません。ただ、稲盛氏は1990年代からこうした提言をしていました。経済の成長が前提であることを誰も疑わなかった当時から「地球の資源は有限だ、身の丈に合った生活をしよう」と公言していたわけで、そこがこの人の真骨頂だと言えるでしょう。
足るを知るからこそ、向上心が生まれる
こうした発言は、景気浮揚一辺倒の論調のなかでは消極的なポリシーに聞こえかねません。しかし稲盛氏は、同時にこうも語っています。
環境を改善するための産業は経済を活性化し、ダイナミックにするためにも重要です。環境を守るということは、経済を萎縮させることと同義語ではない
成熟した巨大な天然杉が腐って倒れると、そこから新しい芽が出てくる。巨大になった産業は倒れ、後に若い産業が生まれる。こういう新陳代謝、淘汰が21世紀に向けた正しい姿です
倒れて、そこから芽が出る。萎縮ではなく新陳代謝。消極どころか、正反対の向上心に満ちた理念であることが分かります。
稲盛氏の「足るを知る」は、成長を止める言葉ではなく、何を成長と呼ぶかを組み替える言葉として使われていました。老子が「富」の定義を書き換えたのと、同じ構えです。
「足るを知る」と向上心は両立する
老子は同じ一文に両方を書いている
もう一度、第三十三章のこの一句を見てください。
知足者富,強行者有志。
足るを知る者は富み、強めて行う者は志有り。
満ち足りていることと、力を尽くして進むこと。老子はこの二つを対立させていません。同じ対句の左右に並べて置いています。
つまり「足るを知る」と「向上心」の板挟みは、原文の側にはもともと存在しないのです。ジレンマは、日本語の説明が前半だけを切り出して伝えてきたことから生まれています。
ギャップではなく、得たもので測る
とはいえ、実際の場面ではやはり苦しくなります。理由ははっきりしていて、私たちが計画を立てるとき、常に現在から未来へ向かって線を引くからです。
いまの売上が五億円で、十年後の目標が五十億円。そこには四十五億円の隔たりがあります。この隔たりばかりを見つめていれば、欠乏感と焦りが生まれます。焦った状態でくだされる判断は、たいていよくありません。人にも強く当たるようになります。
ここで有効なのが、線をもう一方向にも引くことです。未来との差ではなく、過去から現在までに得たもので自分を測る。十年後の目標を立てるなら、まず十年前を振り返ってみる。売上が一億円で社員が数人だったところから、いまは五億円で二十人になっている。量だけではありません。事業そのものは伸びていなくても、経験が積み上がっていることもあります。
この見方は、ダン・サリヴァンとベンジャミン・ハーディの共著『The Gap and The Gain』で、ギャップ(隔たり)ではなくゲイン(得たもの)で進歩を測る、という形で整理されています。老子とは無関係の現代の本ですが、言っていることは第三十三章の対句とよく重なります。
過去を振り返ってから、次の目標を立てる
登山に喩えると分かりやすいでしょう。麓は木が生い茂っていて景色が見えません。ただ坂を登り続けるだけの時間が続きます。やがて木が減り、視界が開ける。そこで振り返ってはじめて、自分が登ってきた道筋が見えます。
そのとき起きるのは、二つのことです。ここまで登ってきたのだという納得と、これだけ登れたのならもっと先へ行けるだろう、という気持ち。前者が「足るを知る」で、後者が「強めて行う」です。順序が大事で、振り返りが先にきます。
自分がやってきたことを自分で認めて祝う。そのうえで次の十年を決める。同じ目標を立てるのでも、欠乏から立てるのと、納得から立てるのとでは、道中の消耗がまるで違います。
「知足」の系譜 — 儒家・仏教・処世訓
「足るを知る」に近い教えは、老子だけのものではありません。系譜をたどると、この言葉の輪郭がもう少しはっきりします。
仏遺教経 — 足るを知らない者は、富んでいても貧しい
仏典では「知足」がまとまった一段として説かれています。釈迦の最後の説法を伝えるとされる『仏遺教経』には、こうあります。
不知足者、雖富而貧、知足之人、雖貧而富。
書き下し: 不知足の者は、富めりと雖も貧し。知足の人は、貧しと雖も富めり。
同じ段には「知足の人は、地上に臥すと雖も、猶お安楽と為す。不知足の者は、天堂に処すと雖も、亦た意に称わず」ともあります。地面に寝ていても安らかな人がいて、天上の宮殿にいても満たされない人がいる。老子の「知足者富」とほとんど同じ結論に、別の経路で行き着いています。
論語 — 一箪の食、一瓢の飲
儒家にも近い言葉があります。孔子が弟子の顔回を評した一句です。
子曰わく、賢なるかな回や!一簞の食、一瓢の飲、陋巷に在り。人はその憂えに堪えずといえども、回やその楽しみを改めず。賢なるかな回や。
竹の器に飯ひとつ、瓢に水ひとつ、狭い路地住まい。普通なら耐えられないその暮らしで、顔回は楽しみを変えなかった、と孔子は言います。ここで褒められているのは貧しさではありません。貧しさに条件を左右されなかったことです。
孔子自身についても「飯疏食飲水、曲肱而枕之、楽亦在其中矣」——粗末な食事に水を飲み、腕を枕にして寝るような暮らしでも、楽しみはその中にある、という一句が残っています(/rongo/525)。
中庸と菜根譚 — その位に素して行う
『中庸』には、置かれた場所の話として出てきます。
君子は其の位に素(そ)して行い、其の外を愿(ねが)わず。
裕福ならその立場にふさわしく、貧しければその立場にふさわしく振る舞う。「君子は入るとして自得せざる無し」——どんな境遇に置かれても、そこで自分らしくあることができる、と続きます(/chuyo/3062)。
処世訓である『菜根譚』は、もっと具体的です。
得るを貪る者は、金を分かちて玉を得ざるを恨み、公に封ぜられて侯を受けざるを怨む。(中略)足るを知る者は、藜羹も膏梁より旨く、布袍も狐貉より暖かなり。
金を分けられて玉が来ないことを恨み、公に封じられて侯でないことを怨む。得ることを貪る者は、どれだけ与えられても不足の側にいます(/saikontan/4189)。同じ『菜根譚』には「足るを知る者には仙境であり、足るを知らない者には凡境である」という一句もあります(/saikontan/4180)。
道家、仏教、儒家、処世訓。立場も時代も違う書物が、同じ場所に行き着いています。
座右の銘としての「足るを知る」
「吾唯足知」と龍安寺のつくばい
「足るを知る」を座右の銘に挙げる人は多く、その際によく引かれるのが京都・龍安寺の蹲踞(つくばい)です。円形の石の中央に水を溜める四角い穴があり、その周囲に四つの字が刻まれています。中央の四角を「口」として共有させることで、「吾唯足知(われ、ただ足るを知る)」と読める意匠になっています。
徳川光圀の寄進と伝えられていますが、確かな裏づけがあるわけではなく、諸説あります。伝承として押さえておくのがよいでしょう。
座右の銘にするときは、向きに注意する
この言葉を座右の銘にするなら、一つだけ気をつけておきたいことがあります。自分に向けて使う言葉であって、人に向けて使う言葉ではない、という点です。
自分に向ければ、測り方を内側に戻す道具になります。他人に向ければ、要求を封じる道具になります。同じ四文字が、向きひとつで正反対の働きをします。老子が第四十六章でこの言葉を為政者の欲について書いたことを思い出しておくと、間違えにくくなります。
今日から試せること
難しい実践は要りません。次の目標を立てる前に、同じ年数だけ過去を振り返る。それだけです。
三年後の計画を立てるなら、三年前の自分と会社を思い出してみる。十年後を考えるなら、十年前と比べてみる。そこで得たものを一つずつ書き出して、認めてしまう。「足るを知る」はそこで完了します。そして、そのあとに立てた目標は、たいてい欠乏から立てたものより無理がありません。
足るを知る者は富み、強めて行う者は志有り。老子は二千数百年前に、この二つを一行に並べて書き残しました。