荘子 / 人間世
山木自寇也,膏火自煎也。桂可食,故伐之;漆可用,故割之。人皆知有用之用,而莫知無用之用也。
書き下し
山木(さんぼく)は自ら寇(あだ)するなり。膏火(こうか)は自ら煎(に)るなり。桂(けい)は食らうべし、故に之を伐(き)る。漆(うるし)は用うべし、故に之を割く。人は皆な有用の用を知るも、而も無用の用を知る莫きなり。
現代語訳
山の木は、自ら災いを招いている。灯火の油は、自ら身を焼いている。桂の木は食べられる、だから伐られる。漆の木は使える、だから樹皮を裂かれる。人はみな、役に立つものの効用は知っているが、役に立たないものの効用を知らないのだ。
解説
人間世篇を締めくくる、鋭く短い一段です。「人は皆な有用の用を知るも、而も無用の用を知る莫きなり」。この一句が、篇全体の結論です。山の木は真っ直ぐで立派だから伐られる。油は燃えるという有用性のために、自らを焼き尽くす。桂も漆も、使えるがゆえに傷つけられる。有用であることは、消費されることと表裏一体なのです。ただし荘子は、役立たずになれと勧めているわけではありません。有用性という一つの物差ししか持たないことの危うさを突いているのです。すぐに成果を出す人、すぐに数字になる事業だけを評価していると、組織はやせ細っていきます。今すぐ役に立たないものの中にこそ、長く効くものが眠っている。その視点を持てるかどうかが、問われています。
この章句が説くこと
無用の用膏火自煎有用性の代償人間世の結論
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荘子・人間世南伯子綦(なんぱくしき)商の丘に遊び、大木の異なる有るを見る。駟(し)を結ぶこと千乗、隠れて将に其の藾(おお)う所に芘(かく)れんとす。子綦曰く、「此れ何の木なるかな。此れ必ず異材有らん」と。仰ぎて其の細枝を視れば、則ち拳曲(けんきょく)して以て棟梁と為すべからず。俯(ふ)して其の大根を見れば、則ち軸解(じくかい)して棺槨と為すべからず。其の葉を咶(な)むれば、則ち口爛(ただ)れて傷と為る。之を嗅げば、則ち人をして狂酲(きょうてい)せしむること三日にして已(や)まず。子綦曰く、「此れ果たして不材の木なり。以て此の其の大なるに至れり。嗟乎(ああ)、神人は此を以て不材なり」と。宋に荊氏(けいし)なる者有り、楸(ひさぎ)・柏(かしわ)・桑に宜(よろ)し。其の拱把(きょうは)より上なる者は、狙猴(そこう)の杙(くい)を求むる者之を斬る。三囲四囲なる者は、高名の麗(うつばり)を求むる者之を斬る。七囲八囲なる者は、貴人富商の家、樿傍(せんぼう)を求むる者之を斬る。故に其の天年を終えずして、中道に已に斧斤に夭す。此れ材の患いなり。故に之を解(はら)うに牛の白顙(はくそう)なる者と、豚の亢鼻(こうび)なる者と、人の痔病(じびょう)有る者とを以てするは、以て河に適(ゆ)くべからず。此れ皆な巫祝(ふしゅく)以て之を知れり。不祥と為す所以なり。此れ乃ち神人の以て大祥と為す所なり。
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荘子・逍遥遊恵子荘子に謂いて曰く、「吾に大樹有り。人之を樗(ちょ)と謂う。其の大本(たいほん)は擁腫(ようしょう)にして縄墨(じょうぼく)に中(あた)らず、其の小枝は巻曲(けんきょく)にして規矩(きく)に中らず。之を塗(みち)に立つるも、匠者(しょうしゃ)顧みず。今子(し)の言、大にして用無し。衆の同じく去る所なり」と。荘子曰く、「子独り狸狌(りせい)を見ずや。身を卑(ひく)くして伏し、以て敖(あそ)ぶ者を候(うかが)う。東西に跳梁(ちょうりょう)して、高下を避けず。機辟(きへき)に中(あた)り、罔罟(もうこ)に死す。今夫れ斄牛(りぎゅう)は、其の大いなること垂天の雲の若し。此れ能く大を為すも、而も鼠を執(とら)うる能わず。今子に大樹有り、其の無用を患(うれ)う。何ぞ之を無何有(むかゆう)の郷、広莫(こうばく)の野に樹(う)えて、彷徨(ほうこう)として其の側(かたわら)に無為にし、逍遥として其の下に寝臥(しんが)せざる。斤斧(きんぷ)に夭(ようせつ)せられず、物の害する者無し。用うべき所無くとも、安(いず)くにか困苦する所あらんや」と。
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荘子・外物木と木と相摩(す)れば則ち然(も)え、金と火と相守れば則ち流る。陰陽錯(あやま)り行けば、則ち天地大いに絯(おどろ)く。是に於いてか雷有り霆(てい)有り。水中に火有り、乃ち大槐(たいかい)を焚(や)く。甚だ憂うる有りて両つながら陥りて逃るる所無し。螴蜳(ちんじゅん)として成すを得ず。心は天地の間に県(か)かるが若し。慰睯(いびん)沈屯(ちんとん)し、利害相摩し、火を生ずること甚だ多く、衆人の和を焚く。月は固より火に勝たず。是に於いてか僓然(たいぜん)として道尽くること有り。
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荘子・山木明日、弟子荘子に問いて曰く、「昨日山中の木は、不材を以て其の天年を終うるを得たり。今主人の鴈は、不材を以て死せり。先生は将(は)た何にか処らん」と。荘子笑いて曰く、「周は将に夫の材と不材との間に処らんとす。材と不材との間は、之に似て非なり。故に未だ累(わずら)いを免れず。若し夫れ道徳に乗じて浮游せば則ち然らず。誉れ無く訾(そし)り無く、一たびは竜、一たびは蛇。時と俱に化して、肯(あ)えて専ら為すこと無し。一たびは上り一たびは下り、和を以て量と為し、万物の祖に浮游す。物を物として物に物とせられざれば、則ち胡(なん)ぞ得て累わされんや。此れ黄帝・神農の法則なり。若し夫れ万物の情、人倫の伝は、則ち然らず。合すれば則ち離れ、成れば則ち毀(やぶ)れ、廉(かど)あれば則ち挫かれ、尊ければ則ち議せられ、為す有れば則ち虧(か)け、賢なれば則ち謀られ、不肖なれば則ち欺かる。胡ぞ得て必せんや。悲しいかな。弟子之を志(しる)せ。其れ唯だ道徳の郷か」と。
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