神皇正統記 / 神道
神皇正統記(神道)の名句を、現代語訳と実践の解説つきで。全28句。
南北朝の争いのさなか、北畠親房が常陸(いまの茨城)の小田城に籠もりながら、幼い後村上天皇のために書いた史論です。延元四年(一三三九)にひとまず成り、のちに手を入れました。神代から後村上天皇の即位までを歴代ごとにたどりますが、単なる歴史書ではなく、記述のあいだに親房自身の政治論・倫理観が織り込まれているところに値打ちがあります。「大日本者神国也」の一句で始まることで知られ、近代の国家主義のなかで文脈から切り離して掲げられた歴史もあります。ただし親房自身がこの語を何に使ったかを読むと、印象は変わります。彼はそれを優越の宣言ではなく統治者への要求として使い、「政みだれぬれば、暦数ひさしからず」「これはみなみづからなさせ給御とがなり」と、責任を必ず上へ返します。三種の神器を鏡=正直・玉=慈悲・剣=智恵という三つの徳として読み解いた一段、「器にあらざれば伝ことなし」と我が子への相続を戒めた一段、そして南朝の中心人物でありながら承久の乱を「上の御とがとや申べき」と自陣の非を認めた四段が、この書の骨格です。師導では日本語版ウィキソースの全文(底本=大町芳衛『神皇正統記評釈』明治書院・大正十四年)から、親房が語り手として論じている箇所だけを二十八の章句に抜き出して収めています。歴代の系譜や事績の記述は採っていません。章題と区切りは本サイトの便宜的なもので、原典にはありません。