神皇正統記 / 巻四 書きのこす理由
大かた天皇の世つぎをしるせるふみ、昔より今に至まで家々にあまたあり。かくしるし侍もさらにめづらしからぬことなれど、神代より継体正統のたがはせ給はぬ一はしを申さんがためなり。我国は神国なれば、天照太神の御計にまかせられたるにや。されど其中に御あやまりあれば、暦数も久からず。又つひには正路にかへれど、一旦もしづませ給ためしもあり。これはみなみづからなさせ給御とがなり。冥助のむなしきにはあらず。
書き下し
大かた天皇の世つぎをしるせるふみ、昔より今に至まで家々にあまたあり。かくしるし侍もさらにめづらしからぬことなれど、神代より継体正統のたがはせ給はぬ一はしを申さんがためなり。我国は神国なれば、天照太神の御計にまかせられたるにや。されど其中に御あやまりあれば、暦数も久からず。又つひには正路にかへれど、一旦もしづませ給ためしもあり。これはみなみづからなさせ給御とがなり。冥助のむなしきにはあらず。
現代語訳
おおよそ天皇の代々を記した書は、昔から今に至るまで家々に数多くある。こうして書き記すのもさして珍しいことではないけれども、神代から継承の正統が外れなかったという一筋を申し述べるためである。わが国は神国なので、天照大神のお計らいに任せられているのだろうか。しかしその中でも過ちがあれば、その運も長くはない。またついには正しい道に返るけれども、いっとき沈まれた例もある。これはみな、ご自身がなさった過ちである。神の助けが空しいわけではない。
解説
巻四の途中に置かれた、著者による中間の自己説明である。同じような書は山ほどある、と自分から認めたうえで、この書だけの目的を一筋に絞る。注目すべきは後半だ。「されど其中に御あやまりあれば、暦数も久からず」——神国であっても、過ちがあれば運は尽きる。「これはみなみづからなさせ給御とがなり。冥助のむなしきにはあらず」——うまくいかなかったのは加護が働かなかったからではなく、こちらの過ちのせいだ、と言い切る。加護を信じる立場の人が、加護に責任を押しつける道をあらかじめ塞いでいる。祈っているのに報われない、運が悪かった、時期が悪かった——そうした説明を全部退けて、原因を自分の側に置く。信仰を語る文章でこの順序を守るのは、思っているより難しい。
この章句が説くこと
神国と過ち暦数冥助原因の所在