神皇正統記 / 巻五 承久の乱を思ふ
さても其世の乱を思に、まことに末の世にはまよふ心もありぬべく、又下の上をしのぐ端ともなりぬべし。其いはれをよくわきまへらるべき事にはべり。
書き下し
さても其世の乱を思に、まことに末の世にはまよふ心もありぬべく、又下の上をしのぐ端ともなりぬべし。其いはれをよくわきまへらるべき事にはべり。
現代語訳
さてもあの承久の乱のことを思うに、まことに末の世には迷う心も生じかねないし、また下の者が上をしのぐきっかけともなりかねない。その理由をよくわきまえておくべきことである。
解説
承久の乱をどう評価するかに入る、導入の一段である。親房は南朝の中心人物であり、後鳥羽院の側に立って当然の位置にいる。ところがここでの構えは、擁護でも断罪でもない。「其いはれをよくわきまへらるべき事にはべり」——理由をよく理解しておくべきだ、と読み手に検討を求める。しかも心配していることが二つある。一つは、この一件のせいで人が判断に迷うこと。もう一つは、下が上をしのぐ前例として使われることだ。自分の側の敗北を、後世がどう使うかまで見ている。ここから四段にわたって続く承久の乱の分析は、この書でもっとも冷静な部分であり、味方の側の非を認めるところまで踏み込んでいく。まず判断を保留し、理由から入るというこの出だしが、それを可能にしている。
この章句が説くこと
承久の乱下剋上理由から入る判断の保留
関連する章句
-
『神皇正統記』巻五 天の命にまかせかゝれば時のいたらず、天のゆるさぬことはうたがひなし。但下の上を剋するはきはめたる非道なり。終にはなどか皇化に不順べき。先まことの徳政をおこなはれ、朝威をたて、彼を剋するばかりの道ありて、その上のことゝぞおぼえはべる。且は世の治乱のすがたをよくかゞみしらせ給て、私の御心なくば干戈をうごかさるゝ歟、弓矢をおさめらるゝ歟、天の命にまかせ、人の望にしたがはせ給べかりしことにや。
-
『神皇正統記』巻五 徳政なくして頼朝勲功は昔よりたぐひなき程なれど、ひとへに天下を掌にせしかば、君としてやすからずおぼしめしけるもことわりなり。況や其跡たえて後室の尼公陪臣の義時が世になりぬれば、彼跡をけづりて御心のまゝにせらるべしと云も一往いひなきにあらず。しかれど白河・鳥羽の御代の比より政道のふるきすがたやうやうおとろへ、後白河の御時兵革おこりて姦臣世をみだる。天下の民ほとんど塗炭におちにき。頼朝一臂をふるひて其乱をたひらげたり。王室はふるきにかへるまでなかりしかど、九重の塵もをさまり、万民の肩もやすまりぬ。上下堵をやすくし、東より西より其徳に伏せしかば、実朝なくなりてもそむく者ありとはきこえず。是にまさる程の徳政なくしていかでたやすくくつがへさるべき。
-
『神皇正統記』巻五 王者の軍縦又うしなはれぬべくとも、民やすかるまじくは、上天よもくみし給はじ。次に王者の軍と云は、とがあるを討じて、きずなきをばほろぼさず。頼朝高官にのぼり、守護の職を給、これみな法皇の勅裁也。わたくしにぬすめりとはさだめがたし。後室その跡をはからひ、義時久く彼が権をとりて、人望にそむかざりしかば、下にはいまだきず有といふべからず。一往のいはればかりにて追討せられんは、上の御とがとや申べき。謀叛おこしたる朝敵の利を得たるには比量せられがたし。
-
『神皇正統記』巻一 この書のこと唯我国のみ天地ひらけし初より今の世の今日に至まで、日嗣をうけ給ことよこしまならず。一種姓の中におきてもおのづから傍より伝へ給しすら猶正にかへる道ありてぞたもちましましける。是しかしながら神明の御誓あらたにして余国にことなるべきいはれなり。抑、神道のことはたやすくあらはさずと云ことあれば、根元をしらざれば猥しき始ともなりぬべし。其つひえをすくはんために聊勒し侍り。神代より正理にてうけ伝へるいはれを述ことを志て、常に聞ゆる事をばのせず。しかれば神皇の正統記とや名け侍べき。
-
『神皇正統記』巻一 神国の名大日本者神国也。天祖はじめて基をひらき、日神ながく統を伝へ給ふ。我国のみ此事あり。異朝には其たぐひなし。此故に神国と云ふ也。
-
『神皇正統記』巻六 第九十五代 後醍醐天皇さならぬ親族もおほくほろぼされしは、おごりのはしをふせぎて、世をもひさしく、家をもしづめんとにやありけん。 先祖経基はちかき皇孫なりしかど、承平の乱に征東将軍忠文朝臣が副将として彼が節度をうく。其より武勇の家となる。其子満仲より頼信、頼義、義家相続で朝家のかためとしてひさしく召仕る。上にも朝威ましまし、下にも其分にすぎずして、家を全し侍りけるにこそ。為義にいたりて乱にくみして誅にふし、義朝又功をたてんとてほろびにき。先祖の本意にそむきけることはうたがひなし。さればよく先蹤をわきまへ、得失をかむがへて、身を立、家をまたくするこそかしこき道なれ。おろかなるたぐひは清盛・頼朝が昇進をみて、みなあるべきことゝおもひ、為義、義朝が逆心をよみして、亡たるゆゑをしらず。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る