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神皇正統記 / 巻五 承久の乱を思ふ

さても其世の乱を思に、まことに末の世にはまよふ心もありぬべく、又下の上をしのぐ端ともなりぬべし。其いはれをよくわきまへらるべき事にはべり。

書き下し

さても其世の乱を思に、まことに末の世にはまよふ心もありぬべく、又下の上をしのぐ端ともなりぬべし。其いはれをよくわきまへらるべき事にはべり。

現代語訳

さてもあの承久の乱のことを思うに、まことに末の世には迷う心も生じかねないし、また下の者が上をしのぐきっかけともなりかねない。その理由をよくわきまえておくべきことである。

解説

承久の乱をどう評価するかに入る、導入の一段である。親房は南朝の中心人物であり、後鳥羽院の側に立って当然の位置にいる。ところがここでの構えは、擁護でも断罪でもない。「其いはれをよくわきまへらるべき事にはべり」——理由をよく理解しておくべきだ、と読み手に検討を求める。しかも心配していることが二つある。一つは、この一件のせいで人が判断に迷うこと。もう一つは、下が上をしのぐ前例として使われることだ。自分の側の敗北を、後世がどう使うかまで見ている。ここから四段にわたって続く承久の乱の分析は、この書でもっとも冷静な部分であり、味方の側の非を認めるところまで踏み込んでいく。まず判断を保留し、理由から入るというこの出だしが、それを可能にしている。

この章句が説くこと

承久の乱下剋上理由から入る判断の保留

この一句を、あなたの毎日に。

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