神皇正統記 / 巻一 神国の名
大日本者神国也。天祖はじめて基をひらき、日神ながく統を伝へ給ふ。我国のみ此事あり。異朝には其たぐひなし。此故に神国と云ふ也。
書き下し
大日本者神国也。天祖はじめて基をひらき、日神ながく統を伝へ給ふ。我国のみ此事あり。異朝には其たぐひなし。此故に神国と云ふ也。
現代語訳
大日本は神の国である。天の祖神がはじめて国の基を開き、日の神が長く皇統を伝えてこられた。わが国だけにこのことがある。他国にはその例がない。だから神国と言うのである。
解説
『神皇正統記』の冒頭であり、日本の思想史でもっとも有名な一文のひとつである。「神国」という語そのものはこれ以前からあるが、書物の第一句に据えて全体の前提としたのは親房である。押さえておきたいのは、親房がこの語を何のために使ったかだ。彼はこれを優越の宣言としてではなく、はじめから終わりまで統治者への要求として使う。神から預かった国だからこそ、預かった側の落ち度で運は尽きる——「政みだれぬれば、暦数ひさしからず」「これはみなみづからなさせ給御とがなり」と、責任は必ず上に返される。なお、この一句は近代の国家主義のなかで、文脈から切り離して掲げられた歴史がある。十四世紀の南北朝という具体的な争いのなかで、負けている側の公家が幼い天皇に宛てて書いた文章の第一行だという場所に戻して読むと、見え方が変わる。
この章句が説くこと
大日本者神国也冒頭前提と責任南北朝
関連する章句
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『神皇正統記』巻一 この書のこと唯我国のみ天地ひらけし初より今の世の今日に至まで、日嗣をうけ給ことよこしまならず。一種姓の中におきてもおのづから傍より伝へ給しすら猶正にかへる道ありてぞたもちましましける。是しかしながら神明の御誓あらたにして余国にことなるべきいはれなり。抑、神道のことはたやすくあらはさずと云ことあれば、根元をしらざれば猥しき始ともなりぬべし。其つひえをすくはんために聊勒し侍り。神代より正理にてうけ伝へるいはれを述ことを志て、常に聞ゆる事をばのせず。しかれば神皇の正統記とや名け侍べき。
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『神皇正統記』巻一 序大日本とも大倭とも書ことは、此国に漢字伝て後、国の名をかくに字をば大日本と定てしかも耶麻土とよませたるなり。大日孁のしろしめす御国なれば、其義をもとれるか、はた日の出る所にちかければしかいへるか。義はかゝれども字のまゝ日のもとゝはよまず。耶麻土と訓ぜり。我国の漢字を訓ずること多く如此。おのづから日の本などいへるは文字によれるなり。国の名とせるにあらず。又古より大日本とも若は大の字をくはへず、日本ともかけり。州の名を大日本豊秋津といふ。懿徳・孝霊・孝元等の御謚みな大日本の字あり。垂仁天皇の御女大日本姫と云ふ。これみな大の字あり。天神饒速日尊、天の磐船にのり大虚をかけりて「虚空見日本の国」との給。神武の御名神日本磐余彦と号したてまつる。孝安を日本足、開化を稚日本とも号、景行天皇の御子小碓の皇子を日本武の尊となづけ奉る。是は大を加ざるなり。彼此同くやまとゝよませたれど大日孁の義をとらば、おほやまとゝ読てもかなふべきか。
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『神皇正統記』巻一 序されどこれは天祖より以来継体たがはずして、たゞ一種ましますこと天竺にも其類なし。彼国の初の民主王も衆のためにえらびたてられしより相続せり。又世くだりては、その種姓もおほくほろぼされて、勢力あれば、下劣の種も国主となり、あまさへ五天竺を統領するやからも有き。震旦又ことさらみだりがはしき国なり。昔世すなほに道ただしかりし時も、賢をえらびてさづくるあとありしにより、一種をさだむる事なし。乱世になるまゝに、力をもちて国をあらそふ。かゝれば民間より出でゝ位に居たるもあり。戎狄より起て国を奪へるもあり。或は累世の臣として其君をしのぎ、つひに譲をえたるもあり。伏犠氏の後、天子の氏姓をかへたる事三十六。乱のはなはだしさ、云にたらざる者哉。
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『神皇正統記』巻四 書きのこす理由大かた天皇の世つぎをしるせるふみ、昔より今に至まで家々にあまたあり。かくしるし侍もさらにめづらしからぬことなれど、神代より継体正統のたがはせ給はぬ一はしを申さんがためなり。我国は神国なれば、天照太神の御計にまかせられたるにや。されど其中に御あやまりあれば、暦数も久からず。又つひには正路にかへれど、一旦もしづませ給ためしもあり。これはみなみづからなさせ給御とがなり。冥助のむなしきにはあらず。
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『神皇正統記』巻一 序神代には豊葦原千五百秋瑞穂国と云ふ。天地開闢の初より此名あり。天祖国常立尊、陽神陰神にさづけ給し勅にきこえたり。天照太神、天孫の尊に譲ましまししにも、此名あれば根本の号なりとはしりぬべし。又は大八州国と云ふ。是は陽神陰神、此国を生給しが、八の嶋なりしによつて名けられたり。又は耶麻土と云ふ。是は大八州の中国の名也。第八にあたるたび、天御虚空豊秋津根別と云神を生給ふ。これを大日本豊秋津州となづく。今は四十八け国にわかてり。中州たりし上に、神武天皇東征より代々の皇都也。よりて其名をとりて、余の七州をもすべて耶麻土と云なるべし。唐にも、周の国より出たりしかば、天下を周と云、漢の地よりおこりたれば、海内を漢と名づけしが如し。耶麻土と云へることは山迹と云也。昔天地わかれて泥のうるほひいまだかわかず、山をのみ往来として其跡おほかりければ山迹と云ふ。或古語に居住を止と云ふ。山に居住せしによりて山止なりとも云へり。
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『神皇正統記』巻四 政みだれぬれば民の賦斂をあつくしてみづからの心をほしきまゝにすることは乱世乱国のもとゐ也。我国は王種のかはることはなけれども、政みだれぬれば、暦数ひさしからず。継体もたがふためし、所々にしるし侍りぬ。いはんや、人臣として其職をまぼるべきにおきてをや。
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