神皇正統記 / 巻五 天の命にまかせ
かゝれば時のいたらず、天のゆるさぬことはうたがひなし。但下の上を剋するはきはめたる非道なり。終にはなどか皇化に不順べき。先まことの徳政をおこなはれ、朝威をたて、彼を剋するばかりの道ありて、その上のことゝぞおぼえはべる。且は世の治乱のすがたをよくかゞみしらせ給て、私の御心なくば干戈をうごかさるゝ歟、弓矢をおさめらるゝ歟、天の命にまかせ、人の望にしたがはせ給べかりしことにや。
書き下し
かゝれば時のいたらず、天のゆるさぬことはうたがひなし。但下の上を剋するはきはめたる非道なり。終にはなどか皇化に不順べき。先まことの徳政をおこなはれ、朝威をたて、彼を剋するばかりの道ありて、その上のことゝぞおぼえはべる。且は世の治乱のすがたをよくかゞみしらせ給て、私の御心なくば干戈をうごかさるゝ歟、弓矢をおさめらるゝ歟、天の命にまかせ、人の望にしたがはせ給べかりしことにや。
現代語訳
であるから、時が至らず、天が許さなかったことは疑いない。ただし下の者が上に打ち勝つのは、きわめて非道である。最後にはどうして帝の教化に従わないことがあろうか。まずまことの徳政を行われ、朝廷の威を立て、相手に勝てるだけの道があって、その上でのことだと思われる。また世の治乱の姿をよくご覧になり、私心がなければ、干戈を動かされるか弓矢を収められるか、天の命に任せ、人の望みに従われるべきことであった。
解説
承久の乱の分析の結びである。親房は下剋上そのものは「きはめたる非道」と切り捨てる。立場としては動かない。しかしその直後に順序を置く。「先まことの徳政をおこなはれ、朝威をたて、彼を剋するばかりの道ありて、その上のことゝぞおぼえはべる」——まず本物の善政を行い、威信を立て、勝てるだけの実力を用意する。武力に訴えるのはその後だ、と。順序が逆だったから負けたという診断である。さらに厳しいのが最後の一句だ。「私の御心なくば、干戈をうごかさるゝ歟、弓矢をおさめらるゝ歟、天の命にまかせ、人の望にしたがはせ給べかりし」——私心がないのなら、戦うか収めるかは天と人に委ねればよかった。裏を返せば、あの決断には私心が混じっていた、と言っている。理念が正しいことと、いま動くべきことは別だ。
この章句が説くこと
下剋上まことの徳政順序私心
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