神皇正統記 / 巻四 天命と人望
されど二をならべてあらそふ時にこそ傍正の疑もあれ、群臣皇胤なきことをうれへて求出奉りしうへに、その御身賢にして天の命をうけ、人の望にかなひまし〳〵ければ、とかくの疑あるべからず。
書き下し
されど二をならべてあらそふ時にこそ傍正の疑もあれ、群臣皇胤なきことをうれへて求出奉りしうへに、その御身賢にして天の命をうけ、人の望にかなひましましければ、とかくの疑あるべからず。
現代語訳
とはいえ、二つを並べて争うときにこそ正統かどうかの疑いも生じるのであって、群臣が皇統の絶えることを憂えて探し出し申しあげたうえに、その御身が賢明で天の命を受け、人の望みにかなっておられたのだから、あれこれの疑いがあるはずもない。
解説
継体天皇が遠縁から迎えられたことに疑義はないと結論する一段で、その根拠が三つ並ぶ。「賢にして」「天の命をうけ」「人の望にかなひ」——本人の能力、天の承認、人々の支持。血統は前提として置かれるが、それだけでは足りず、この三つがそろって初めて疑いが消えるという。そして冒頭の「二をならべてあらそふ時にこそ傍正の疑もあれ」も鋭い。正統かどうかが問題になるのは、二人が並んで争っているときだけだ、と。争いがなければ誰も系譜を詮索しない。逆に言えば、正統性の議論が始まったこと自体が、すでに争いが起きている証拠である。南北朝の当事者が書いていることを思えば、これは自分たちの立場についての自覚でもある。
この章句が説くこと
継体天皇賢・天命・人望傍正の疑正統性