神皇正統記 / 巻三 不徳の子孫
堯舜よりこなたには猶天下を私にする故にや、必子孫に伝ことになりにしが、禹の後、桀暴虐にして国を失ひ、殷の湯聖徳ありしかど、紂が時無道にして永くほろびにき。天竺にも仏滅度百年の後、阿育と云王あり。姓は孔雀氏、王位につきし日、鉄輪飛降る。転輪の威徳をえて、閻浮提を統領す。あまさへ諸の鬼神をしたがへたり。正法を以て天下ををさめ、仏理に通じて三宝をあがむ。八万四千の塔を立て、舎利を安置し、九十六億千の金を棄て功徳に施する人なりき。其三世孫弗沙密多羅王の時、悪臣のすゝめによ[つ]て、祖王の立たりし塔婆を破壊せんと云悪念をおこし、もろ〳〵の寺をやぶり、比丘を殺害す。阿育王のあがめし鷄雀寺の仏牙歯の塔をこぼたんとせしに、護法神いかりをなし、大山を化して王及び四兵の衆をおしころす。これより孔雀の種永絶にき。かゝれば先祖大なる徳ありとも、不徳の子孫宗廟のまつりをたゝむことうたがひなし。
新字:堯舜よりこなたには猶天下を私にする故にや、必子孫に伝ことになりにしが、禹の後、桀暴虐にして国を失ひ、殷の湯聖徳ありしかど、紂が時無道にして永くほろびにき。天竺にも仏滅度百年の後、阿育と云王あり。姓は孔雀氏、王位につきし日、鉄輪飛降る。転輪の威徳をえて、閻浮提を統領す。あまさへ諸の鬼神をしたがへたり。正法を以て天下ををさめ、仏理に通じて三宝をあがむ。八万四千の塔を立て、舎利を安置し、九十六億千の金を棄て功徳に施する人なりき。其三世孫弗沙密多羅王の時、悪臣のすゝめによ[つ]て、祖王の立たりし塔婆を破壊せんと云悪念をおこし、もろ〳〵の寺をやぶり、比丘を殺害す。阿育王のあがめし鶏雀寺の仏牙歯の塔をこぼたんとせしに、護法神いかりをなし、大山を化して王及び四兵の衆をおしころす。これより孔雀の種永絶にき。かゝれば先祖大なる徳ありとも、不徳の子孫宗廟のまつりをたゝむことうたがひなし。
書き下し
堯舜よりこなたには猶天下を私にする故にや、必子孫に伝ことになりにしが、禹の後、桀暴虐にして国を失ひ、殷の湯聖徳ありしかど、紂が時無道にして永くほろびにき。天竺にも仏滅度百年の後、阿育と云王あり。姓は孔雀氏、王位につきし日、鉄輪飛降る。転輪の威徳をえて、閻浮提を統領す。あまさへ諸の鬼神をしたがへたり。正法を以て天下ををさめ、仏理に通じて三宝をあがむ。八万四千の塔を立て、舎利を安置し、九十六億千の金を棄て功徳に施する人なりき。其三世孫弗沙密多羅王の時、悪臣のすゝめによつて、祖王の立たりし塔婆を破壊せんと云悪念をおこし、もろもろの寺をやぶり、比丘を殺害す。阿育王のあがめし鶏雀寺の仏牙歯の塔をこぼたんとせしに、護法神いかりをなし、大山を化して王及び四兵の衆をおしころす。これより孔雀の種永絶にき。かゝれば先祖大なる徳ありとも、不徳の子孫宗廟のまつりをたゝむことうたがひなし。
現代語訳
堯舜より後の世では、なお天下を私物とする気持ちがあったからか、必ず子孫に伝えることになったが、禹の後、桀は暴虐で国を失い、殷の湯王は聖なる徳があったけれども、紂の時に無道となって永久に滅んだ。天竺でも、釈迦入滅から百年の後に阿育王という王があった。姓は孔雀氏、王位に即いた日に鉄輪が飛び降り、転輪聖王の威徳を得て世界を統治した。そのうえ諸々の鬼神まで従えた。正法によって天下を治め、仏の理に通じて三宝を敬った。八万四千の塔を建てて舎利を安置し、九十六億千の金を投じて功徳に施す人であった。その三代あとの弗沙密多羅王のとき、悪臣のすすめによって、祖王の建てた塔婆を破壊しようという悪念を起こし、多くの寺を壊し、僧を殺害した。阿育王が敬った鶏雀寺の仏牙の塔を壊そうとしたところ、護法神が怒りをなし、大山を化して王と四種の軍勢を押し潰した。これによって孔雀の血統は永久に絶えた。であるから、先祖に大きな徳があったとしても、徳のない子孫が家の祭祀を絶やしてしまうことは疑いない。