神皇正統記 / 巻一 この書のこと
唯我国のみ天地ひらけし初より今の世の今日に至まで、日嗣をうけ給ことよこしまならず。一種姓の中におきてもおのづから傍より伝へ給しすら猶正にかへる道ありてぞたもちまし〳〵ける。是しかしながら神明の御誓あらたにして余国にことなるべきいはれなり。抑、神道のことはたやすくあらはさずと云ことあれば、根元をしらざれば猥しき始ともなりぬべし。其つひえをすくはんために聊勒し侍り。神代より正理にてうけ伝へるいはれを述ことを志て、常に聞ゆる事をばのせず。しかれば神皇の正統記とや名け侍べき。
書き下し
唯我国のみ天地ひらけし初より今の世の今日に至まで、日嗣をうけ給ことよこしまならず。一種姓の中におきてもおのづから傍より伝へ給しすら猶正にかへる道ありてぞたもちましましける。是しかしながら神明の御誓あらたにして余国にことなるべきいはれなり。抑、神道のことはたやすくあらはさずと云ことあれば、根元をしらざれば猥しき始ともなりぬべし。其つひえをすくはんために聊勒し侍り。神代より正理にてうけ伝へるいはれを述ことを志て、常に聞ゆる事をばのせず。しかれば神皇の正統記とや名け侍べき。
現代語訳
わが国だけは、天地が開けた初めから今日この日に至るまで、皇位を受け継ぐことに筋の乱れがなかった。同じ一つの血筋の中でも、たまたま傍系から伝わったことすらあったが、それでも正しい流れに返る道があって保たれてきた。これはひとえに、神々の誓いがはっきりしていて他国と異なるゆえんである。そもそも神道のことは軽々しく明かすものではないと言われているから、根本を知らないままでは、いいかげんな始まりを作ってしまいかねない。その乱れを救うために、いささか書き記しておく。神代から正しい筋道で受け継がれてきたいわれを述べることを志し、世間でありふれて聞くようなことは載せない。そうであれば、この書を「神皇の正統記」と名づけるのがよかろう。
解説
書名の由来がここにある。北畠親房は南北朝の争いのさなか、常陸(いまの茨城)の小田城に籠もりながら、幼い後村上天皇のためにこの書を書いた。手元に十分な資料もない戦陣の中での執筆である。注目したいのは、書く理由の立て方だ。「神道のことはたやすくあらはさず」——奥義は軽々しく口にしないという伝統があるから、かえって根本を知らない人が出て、いいかげんな話がまかり通る。その「つひえ(乱れ)をすくはん」ために書くのだという。秘して守ることが、結果として誤解を生む。だから開くのだ、という理屈である。そして「常に聞ゆる事をばのせず」——よく知られた話は載せない。何を書くかではなく、何を書かないかによって、書物の性格を定めている。
この章句が説くこと
神皇正統記北畠親房執筆の意図書名の由来