「失敗から立ち直れない」。
大きな取引を落とした。任せた新規事業が赤字のまま撤退した。採用した幹部が半年で辞め、現場に迷惑をかけた。資金繰りを読み違えて、社員に頭を下げた——。経営を長く続けていれば、一度や二度は、こういう失敗をします。
そして失敗そのものより厄介なのが、そのあとです。次の一手が打てない。会議で強く言えなくなる。新しい話が来ても、また失敗するのではないかと思って断ってしまう。数か月たっても、あの件を思い出すと胃が重くなる。
ただ、「立ち直れない」という言葉には、少し注意が要ります。これは症状の名前であって、原因の名前ではありません。
熱が出た、というのと同じです。熱の原因が風邪か、怪我か、疲れかで、打つ手はまったく違う。立ち直れないのも同じで、どこで止まっているかは人によって違います。 失敗を隠したまま止まっている人もいれば、自分を責めすぎて止まっている人もいる。前者に「もっと反省しろ」は効きませんし、後者に「気にするな」も効きません。
この記事では、「失敗から立ち直れない」状態を七つの原因に切り分け、それぞれについて東洋古典が何を書いているかを読んでいきます。原文(白文)・書き下し文・現代語訳と解説つきです。
先に断っておくことが二つあります。
一つ目。七つとも、失敗した本人の受け止め方と行動についての話です。 市場が悪かった、部下が動かなかった、運がなかった——それが事実だとしても、そこは古典の処方の対象外です。変えられるのは自分の側だけだからです。
二つ目。部下が育たないの記事と同じく、提案を一つ。七つを全部やろうとしないでください。 読みながら「これは自分だ」と思うところが、一つか二つあるはずです。そこだけで十分です。
まず、切り分ける ― 七つの原因
先に、七つを並べておきます。
一、失敗を隠している。 取り繕い、言い訳を用意し、話題にさせないようにしている。
二、原因を外に置いている。 市場、部下、取引先、運。自分の打ち手を点検していない。
三、悔やむことを、改めることだと思っている。 反省の回数は多いが、やり方は何も変わっていない。
四、過ぎたことを取り返そうとしている。 失った額を、同じ場所で取り戻そうとしている。
五、恥で止まっている。 失敗したこと自体より、「失敗した人」と見られることがつらい。
六、失敗と自分を同じものにしている。 「自分はもう駄目だ」と、自分ごと見捨てている。
七、同じ失敗を二度する仕組みのままでいる。 立ち直ったあと、同じ穴にまた落ちる。
この七つは、おおよそ順番に並んでいます。 認める(一)→原因を自分の側に探す(二)→悔恨を行動に変える(三)→過去ではなく次を見る(四)→恥を下ろす(五)→自分を見捨てない(六)→仕組みにする(七)。一番で止まっている人が六番の処方を読んでも、効きません。上から順に確認していくのが実務的です。
では、一つずつ見ていきます。
一、失敗を隠している ― 小人の過ちは必ず文る
【白文】子曰:小人之過也必文。
【書き下し】子曰わく、小人の過もまた必ず文(かざ)る。
孔子の言葉です。つまらない人間は、過ちを犯すと必ずそれを飾る。
「文る(かざる)」は、言い訳を付け、体裁を整え、別の話にすり替えることです。失敗を隠す人は、必ずしも嘘をついているわけではありません。「あれは市場の判断ミスで」「タイミングが悪くて」「現場の報告が遅くて」——一つ一つは事実でも、並べ方で失敗の輪郭をぼかしている。
なぜこれが立ち直りを止めるのか。隠している失敗は、終わらないからです。 誰かに蒸し返されないか、数字を細かく見られないか。取り繕った瞬間から、その失敗を守り続ける仕事が始まります。守っているあいだ、次の一手に使うはずの注意が、そちらに取られ続ける。
これに対して、弟子の子貢が残した言葉があります。
【白文】子貢曰:「君子之過也,如日月之食焉。過也,人皆見之;更也,人皆仰之。
【書き下し】子貢曰く、君子の過ちや、日月の食の如し。過つや、人皆之を見る。更むるや、人皆之を仰ぐ。
君子の過ちは、日食や月食のようなものだ。過てば、誰もがそれを見る。改めれば、誰もがそれを仰ぎ見る。
比喩が正確です。日食は隠せません。空にあるものが欠ければ、誰でも気づく。上に立つ人の失敗も同じで、本人が思っているよりずっと、周りは知っています。隠せていると思っているのは、本人だけということが多い。
そして日食は、必ず元に戻ります。戻ったとき、人はそれを見上げる。子貢の論理は、失敗が見られることを恐れるより、改める姿を見られるほうを選べ、ということです。
実務の処方は一つです。失敗を、自分の口から、先に、短く言う。 「あの件は私の判断ミスでした。原因は〇〇で、次は△△にします」。三文でいい。言った時点で、守る仕事が終わります。
二、原因を外に置いている ― 皆これを己に反求す
【書き下し】人を愛して親しまずんば、其の仁に反れ。人を治めて治まらずんば、其の智に反れ。人を禮して答えずんば、其の敬に反れ。行いて得ざる者有れば、皆諸を己に反求す。
孟子の言葉です。人を愛しても親しまれないなら、自分の仁を振り返れ。人を治めても治まらないなら、自分の知恵を振り返れ。礼を尽くしても応えられないなら、自分の敬意を振り返れ。思うような結果が得られないときは、すべて原因を自分の中に探せ。
「反求(はんきゅう)」は、振り返って求める、の意味です。
これを「全部自分のせいだと思え」と読むと、三番や六番の罠に落ちます。孟子が言っているのは、責任の話ではなく、どこを探すかの話です。市場が冷えたのは事実かもしれない。部下が動かなかったのも事実かもしれない。しかし、そこをいくら調べても、次の一手は出てきません。打ち手が出てくるのは、自分の側を探したときだけです。
この切り分けを、兵法の側から言った一行があります。
【白文】不可勝在己,可勝在敵。
【書き下し】勝たざるは己に在り、勝つは敵に在り。
『孫子』形篇です。負けないことは自分次第、勝てるかどうかは敵次第。
失敗の原因には、自分で動かせる部分と、動かせない部分があります。孫子の切り分けに従えば、失敗を振り返るときに見るべきは「なぜ勝てなかったか」ではなく、「なぜ負ける形になっていたか」です。準備、体制、撤退の線引き、資金の余力。こちらは全部、自分の側にあります。
振り返りの紙を一枚用意して、線を一本引いてください。左に「自分で動かせたこと」、右に「動かせなかったこと」。右側はいくら詳しく書いても、次には効きません。左側だけを、次の一手に変える。
三、悔やむことを、改めることだと思っている ― 千悔万悔も分毫に補う無し
【書き下し】心堅確ならず、志奮揚せず、力勇猛ならずして、徒だ義を改め過ちを改めんと欲せば、千悔萬悔すと雖も、競に分毫に補ふ無し。
明の呂坤(りょこん)『呻吟語』の一節です。心が定まらず、志が奮い立たず、力が勇ましくないまま、ただ改めようと願うだけなら、千回悔やもうが万回悔やもうが、毛ほどの足しにもならない。
厳しい言葉ですが、身に覚えのある人は多いはずです。夜中に何度もあの場面を思い出す。「あそこでああ言っていれば」と繰り返す。これだけ苦しんでいるのだから、自分は反省している、と感じる。
呂坤は、それを反省と呼びません。悔やむことと、改まることは別の作業だ、と言っているのです。悔やむ回数がいくら増えても、翌日の行動が一つも変わっていなければ、何も改まっていない。むしろ、悔やむことで「何かをした気」になり、行動を変える作業を先送りにしている場合さえあります。
処方は、悔やむ時間に上限をつけることです。振り返りは一回、紙に書いて終わらせる。 そこで出た「次にやること」を一つだけ、今週中にやる。夜中に思い出したら、その紙を見て、「もう終わった振り返りだ」と確認する。悔恨を、行動に両替する仕組みを作るのです。
出典:呻吟語 内篇・修身
四、過ぎたことを取り返そうとしている ― 往く者は諫む可からず
【書き下し】楚の狂接輿、歌いて孔子を過ぎて曰く、「鳳や、鳳や、何ぞ徳の衰えたる。往く者は諫む可からず、来る者は猶お追う可し。已みなん、已みなん。
『論語』微子篇の一場面です。楚の国の、狂人を装った隠者・接輿(せつよ)が、歌いながら孔子の車の横を通り過ぎていきます。鳳よ、鳳よ、なんと徳の衰えたことか。過ぎたことは、諫めても仕方がない。これから来ることは、まだ追いつける。 もうやめよ、やめよ——。
本来は、乱世で政治に関わろうとする孔子への忠告です。しかしこの一句「往く者は諫む可からず、来る者は猶お追う可し」は、失敗のあとの心の置き方として、そのまま通用します。
失敗した人がはまりやすい罠の一つが、失った分を、同じ場所で、同じ大きさで取り返そうとすることです。三千万円の損を出した事業で、次の期に三千万円を取り戻そうとする。落とした大口の取引先に、もう一度同じ条件で食い込もうとする。
これは、過ぎたものを諫めている状態です。過去の失敗が、次の目標を決めてしまっている。そして取り返そうとする人ほど、無理な条件を呑み、大きく張り、二度目の失敗の確率を上げます。
接輿の歌が言っているのは、過ぎたものと、来るものを分けろ、ということです。失った三千万円は、過ぎたものです。次に考えるべきは「三千万円をどう取り返すか」ではなく、「いまある資源で、次に何をするのがいちばん良いか」。問いの立て方を変えるだけで、選べる手は大きく変わります。
同じ趣旨のことを、「途中で判定しない」という形で書いた古典もあります。
→ 人間万事塞翁が馬 ― 意味と原文。『淮南子』で読むと、話はもっと重い
出典:論語 微子篇
五、恥で止まっている ― 小恥を悪む者は栄名を立つる能わず
失敗そのものより、「失敗した人」と見られることのほうがつらい。立ち直れない理由として、実はいちばん多いのがこれかもしれません。
戦国時代、斉の弁士・魯仲連(ろちゅうれん)は、敵の将軍に宛てた手紙のなかで、この恥について書いています。籠城を続けている燕の将軍に、「兵を解け」と説いた手紙です(手紙の前半と、そこから「墨守」という言葉が生まれた話は墨守の記事で読みました)。後半に、こうあります。
【書き下し】且つ吾聞く、小節に傚う者は大威を行う能わず、小恥を悪む者は栄名を立つる能わずと。……昔管仲桓公を射て鉤に中つるは、篡なり。公子糾に遺されて死する能わざるは、怯なり。桎梏に束縛せらるるは、身を辱むるなり。此の三行なる者は、郷里通ぜず、世主臣とせざるなり。管仲をして終に窮抑せしめ、幽囚して出でず、慚恥して見われざらしめば、年を窮め寿を没するまで、辱人賤行為るを免れざらん。然れども管子三行の過ちを并せて、齊国の政に拠り、天下を一匡し、諸侯を九合し、五伯の首と為り、名天下に高く、光隣国を照らす。
小さな節にこだわる者は大きな威を行えず、小さな恥を嫌う者は、栄えある名を立てられない。
そして魯仲連は、管仲(かんちゅう)の例を挙げます。管仲は、のちに仕える斉の桓公を、かつて敵方として弓で射た。主君だった公子糾が殺されたのに、殉死しなかった。捕らえられ、手枷足枷をはめられて送られた。反逆、臆病、屈辱。 当時の基準で言えば、三つとも一生の恥です。郷里でも相手にされず、どの君主も臣下にしないような行いだった。
もし管仲がそこで恥じ入って、牢から出ず、人前に姿を見せないまま一生を終えていたら、「恥ずかしい人」で終わっていた。しかし管仲は、三つの過ちを抱えたまま、斉の政治を執り、天下をまとめ、諸侯の筆頭に立った。
魯仲連はもう一人、曹沫(そうかい)の例も挙げています。
【書き下し】曹沫魯君の将と為り、三戦三北し、地を喪うこと千里。……三戦の喪う所、一朝にして之を反す、天下震動驚駭し、威呉・楚に信ぜられ、名を後世に伝う。
魯の将軍・曹沫は、三度戦って三度敗れ、千里の土地を失った。その場で討ち死にしていれば、「負けた将軍」で終わっていた。しかし彼は生き延びて退き、のちに斉の桓公との会盟の場で、剣一本で桓公に迫り、三度の戦で失った土地を、一日で取り返した。
魯仲連は、この二人について「小さな節を守り、小さな恥に死ぬことができなかったのではない。そうしたら功名が立たないと考えたのだ」と書いています。恥を感じなかったのではない。恥を感じたうえで、恥より先に進むことを選んだ。
恥は、周りの目が作ります。そして周りの目は、あなたが次に何をするかで、書き換わります。 管仲を「主君を射た男」として覚えている人は、いまほとんどいません。
出典:戦国策 燕攻齊取七十餘城
六、失敗と自分を同じものにしている ― 自暴自棄の本当の意味
【書き下し】自暴する者は、與に言う有る可からざるなり。自棄する者は、與に為す有る可からざるなり。言、禮義を非る、之を自暴と謂うなり。吾が身、仁に居り義に由ること能わざる、之を自棄と謂うなり。
「自暴自棄」の出典です。孟子は言います。自らを損なう者とは、ともに語れない。自らを棄てる者とは、ともに事を為せない。 口を開けば礼義を謗るのを「自暴」といい、自分には仁や義を行えないと決めてしまうのを「自棄」という。
日本語の「自暴自棄」は、やけになって無茶をすることを指します。しかし孟子の定義を読むと、「自棄」はもっと静かな状態です。暴れるのではなく、「自分にはできない」と決めて、何もしなくなること。
大きな失敗のあとに起きるのは、たいていこちらです。「自分は経営者に向いていなかった」「自分の判断はもう信用できない」。一つの失敗を、自分という人間の評価にすり替えてしまう。 失敗は一つの出来事なのに、それを自分の本質の証明にしてしまう。
そうなると、次の一手を打つ理由がなくなります。向いていない人間が何をしても無駄だからです。孟子が「ともに事を為せない」と言ったのは、突き放しではなく、その状態の人には何を言っても届かないという観察でしょう。
呻吟語に、この状態への答えになる会話が残っています。
【書き下し】一日友人と身を修むる道理を論ず。友人曰く、「吾老いたり」と。某曰く、「公自ら棄つる無かれ。平日惡を為すも、即ち行く時に屬して一好事を幹さば、過ちを改むるの鬼と為るを失はず。況んや一息尚ほ存するをや」と。
身を修める話をしていたら、友人が「私はもう年だ」と言った。呂坤は答えます。自分を見捨てないでください。 ふだん悪事を重ねてきた人でも、死に際に一つ善いことをすれば、過ちを改めた亡者にはなれる。まして、まだ息が一つ残っているではありませんか。
いちばん低い下限を先に示して、そこから逆算する言い方です。死に際の一件でさえ数に入るのなら、いま生きていて、会社もまだある人に、手遅れということはない。
処方は、失敗を「出来事」の形で書き直すことです。「私は判断を誤る人間だ」ではなく、「〇年〇月の△△の件で、□□の判断を誤った」。主語を自分から出来事に移すだけで、それは直せる対象になります。
七、同じ失敗を二度する仕組みのままでいる ― 過ちを弐たびせず
立ち直ったあとに、もう一つ罠があります。同じ失敗を、もう一度することです。
【書き下し】哀公問う、弟子孰か学を好むと為す。孔子対えて曰く、顔回という者あり、学を好む。怒りを遷さず、過ちを二たびせず。
魯の哀公に「弟子のなかで誰がいちばん学問を好むか」と問われ、孔子は顔回(がんかい)の名を挙げます。理由は二つ。怒りを他に移さない。同じ過ちを二度しない。
孔子が「学を好む」の中身として挙げたのが、知識の量でも読書の量でもなく、この二つだったことに注意してください。学ぶとは、同じ過ちを二度しないことだ、と言っているに等しい。
一度目の失敗は、情報が足りなかった、経験がなかった、で説明がつきます。二度目の同じ失敗は、説明がつきません。 一度目から何も学ばなかった、ということだからです。そして二度目の失敗は、一度目よりずっと深く人を折ります。
ただし、孔子はこれを顔回にしかできなかったこととして語っています。「今は亡し」——いまはもう、そういう者はいない、と。同じ過ちを二度しないのは、それほど難しいのです。
だからこそ、別の人物の姿勢が参考になります。
【書き下し】蘧伯玉、人を孔子に使わす。孔子之と坐して問う。曰く、「夫子は何をか為す。」対えて曰く、「夫子は其の過ちを寡なくせんと欲して、未だ能わざるなり。」使者出づ。子曰く、「使いなるかな、使いなるかな。」
衛の蘧伯玉(きょはくぎょく)が、孔子のもとに使者を送ってきた。孔子が「あの方はいま何をしておられますか」と尋ねると、使者は答えた。「過ちを少なくしようとしておられますが、まだできずにおられます」。 孔子は使者が出ていったあと、「よい使いだ、よい使いだ」と二度感嘆した。
「過ちをなくした」ではなく、「少なくしようとして、まだできていない」。これが、立派な大夫として知られた人の日常だったわけです。
二度目の失敗を防ぐのは、決意ではなく仕組みです。一度目の失敗で分かった「こうなったら危ない」を、チェックリストの一行、会議の議題の一つ、決裁の条件の一つに書き込んでおく。気をつける、では防げません。気をつけなくても引っかかる場所に、線を引いておくのです。
七つのうち、どれを選ぶか
もう一度、七つを並べます。
一、失敗を隠している ——自分の口から、先に、短く言う。
二、原因を外に置いている ——「動かせたこと」の欄だけを次に使う。
三、悔やむことを、改めることだと思っている ——振り返りは一回、紙に書いて終わらせる。
四、過ぎたことを取り返そうとしている ——「どう取り返すか」ではなく「次に何をするか」。
五、恥で止まっている ——周りの目は、次の行動で書き換わる。
六、失敗と自分を同じものにしている ——主語を自分から出来事に移す。
七、同じ失敗を二度する仕組みのままでいる ——決意ではなく、線を一本引く。
全部やろうとしないでください。 自分がどこで止まっているかを一つ見つけて、その処方だけを今週やってみる。一番で止まっている人なら、失敗の件を自分から一度口にするだけで、景色が変わります。
そして、見てのとおり、七つとも、失敗した本人の受け止め方と行動の話です。 市場や部下や運を変える方法は、一つも書かれていません。古典が失敗について書いているのは、すべて失敗したあとの自分が、何をやめ、何を始めるかです。
最後に ― 人恒に過ちて、然る後に能く改む
最後に、孟子のいちばん有名な一節を読んでおきます。
【白文】故天將降大任於是人也、必先苦其心志、勞其筋骨、餓其體膚、空乏其身、行拂亂其所為。所以動心忍性、曾益其所不能。
【書き下し】故に天の將に大任を是の人に降さんとするや、必ず先づ其の心志を苦しめ、其の筋骨を勞せしめ、其の體膚を餓えしめ、其の身を空乏にし、行うこと其の為さんとする所に拂亂せしむ。心を動かし性を忍ばせ、其の能くせざる所を曾益せしむる所以なり。
天が、ある人に大きな任務を与えようとするときは、必ずまずその心を苦しめ、体を疲れさせ、飢えさせ、困窮させ、やろうとすることをことごとく食い違わせる。 それは心を動かし、性根を忍耐強くさせ、これまでできなかったことをできるようにするためである。
慰めの言葉として引かれることの多い一節です。しかし、この段の本当の読みどころは、そのあとにあります。
【書き下し】人恒に過ちて、然る後に能く改め、心に困しみ、慮に衡わって、而る後に作り、色に徴れ、聲に發して、而る後に喻る。
人は、いつも過ちを犯して、そのあとではじめて改めることができる。 心に苦しみ、考えに行き詰まってから、はじめて奮い立つ。それが顔色に出て、声に出るほどになって、はじめて悟る。
孟子は、過ちを「避けるべきもの」として書いていません。改めるための前提として書いています。人は、過たずに改めることはできない。苦しまずに奮い立つこともできない。だから、いま苦しんでいるのは、何かが壊れた証拠ではなく、改める段階に入った証拠だ、と。
孟子はこの段の冒頭で、舜は田畑から、管仲は獄吏の手の中から、百里奚は市場から取り立てられた、と並べています。五番で見た、三つの恥を背負った管仲がここにも出てきます。
そして段の終わりは、こう結ばれます。
【書き下し】然る後に憂患に生じて、安樂に死することを知るなり。
憂いと苦しみのなかでこそ人は生き、安楽のなかで人は死ぬ。
最後に、明代の『菜根譚』から一句だけ添えておきます。
【書き下し】恩裏には由来害を生ず。故に快意の時、須らく早く頭を回(めぐ)らすべし。敗後には或いは反りて功を成す。故に拂心の処、便ち手を放つ莫かれ。
恵まれたなかから、害はもともと生まれてくる。だから得意なときこそ、早く振り返れ。失敗のあとで、かえって事が成ることがある。だから思い通りにならないところで、すぐに手を放すな。
失敗から立ち直るとは、失敗を忘れることではありません。失敗を、次に改めるための材料として、手放さずに持っておくことです。越王句践が苦い胆を嘗めて敗戦を忘れなかったことや、宮刑を受けた司馬遷が発憤して『史記』を書き上げたことは、史記の名言の記事で読みました。
この記事で引いた句は、いずれも師導に原文・書き下し文・現代語訳と解説つきで収録しています。
→ 論語の名句一覧 孟子の名句一覧 呻吟語の名句一覧 孫子の名句一覧 戦国策の名句一覧
同じ「判断」の悩みを扱った記事があります。
→ 決断できないとき ― 迷う原因を七つに切り分ける、東洋古典の処方箋
→ 引き際が分からない ― 引けない原因を七つに切り分ける、東洋古典の処方箋
人の悩みを、同じ型(原因を七つに切り分けて、東洋古典の処方を当てる)で扱った記事もあります。
→ 部下が育たないと感じたら ― 原因を七つに切り分ける、東洋古典の処方箋
→ イエスマンばかりになる理由 ― 本音が上がってこない七つの原因と、東洋古典の処方箋
失敗や挫折を扱った古典の記事です。
→ 人間万事塞翁が馬 ― 意味と原文。『淮南子』で読むと、話はもっと重い
→ 史記の名言12選 — 原文・現代語訳と、人を活かした者と活かせなかった者の記録
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→ 論語の名言一覧 43選 — 経営者が座右の銘にしたい言葉と現代語訳