「引き際が分からない」。

経営者から、ときどき聞く言葉です。赤字の続く事業を、いつ畳むか。育ててきた新規事業から、いつ手を引くか。そして、いつ自分が社長の座を降りるか。

どれも「まだ早い」と思っているうちに、気づけば遅すぎる。引き際の悩みは、たいていそういう形をしています。

晩年の唐の太宗に、ある老臣が差し出した上表が『貞観政要』に残っています。高句麗への遠征をやめさせるための文章で、冒頭に『易経』の言葉が引かれています。

【書き下し】『周易』に曰く、「進むを知りて退くを知らず、存するを知りて亡ぶるを知らず、得るを知りて喪うを知らず」と。又た曰く、「進退存亡を知りて、其の正を失わざる者は、其れ惟だ聖人のみか」と。

進むことは知っていても、退くことを知らない。存続することは知っていても、滅びることを知らない。得ることは知っていても、失うことを知らない。進むと退く、存すると亡ぶを両方知って、なお正しさを失わないのは、聖人だけだろうか——。

名君と呼ばれた太宗でさえ、晩年はここで止まれませんでした。引き際は、能力の問題ではないのです。

出典:貞観政要 征伐

ただ、「引き際が分からない」という言い方には、少し注意が要ります。「分からない」のではなく、たいていは「引けない」のです。 引くべき時期は、うすうす分かっている。それでも引けない理由が、どこかにある。

この記事では、「引けない」という状態を七つの原因に切り分け、それぞれについて東洋古典が何を書いているかを読んでいきます。事業からの撤退にも、経営者自身の引退にも、同じ七つが当てはまります。

先に一つだけ断っておきます。七つとも、引く側の考え方と行動の話です。 市場が悪い、後継者が頼りない、周りが引き留める——そう感じるときでも、引けない理由の大半は、引く本人の内側にあります。

そして、部下が育たないの記事と同じく、提案を一つ。七つを全部やろうとしないでください。 心当たりのある一つか二つで十分です。

まず、切り分ける ― 七つの原因

  • 一、盛りのうちは、引く理由が見えない
  • 二、区切りがつくのを待っている
  • 三、手放すものを惜しんでいる
  • 四、相手が変わったことに気づいていない
  • 五、地位と報酬にしがみついている
  • 六、功を自分のものにしている
  • 七、引き方を決めていない

順に見ていきます。

一、盛りのうちは、引く理由が見えない

最初の原因は、いちばん根本的なものです。うまくいっているあいだは、引く理由が見えない。

戦国時代の秦に、范雎(はんしょ)という宰相がいました。魏で殺されかけて秦に逃げ、昭王に取り立てられて宰相にまで上りつめた人です。かつて自分を陥れた者に復讐を果たし、恩人には報いた。望みはすべて叶っていました。

そこへ、燕の弁士・蔡沢(さいたく)が訪ねてきます。蔡沢は、秦の商鞅、楚の呉起、越の大夫種(しょう)——いずれも大功を立てたあとに殺された人の名を挙げ、あなたはあの三人以上の位と富を持っている、それで身を退かなければ、災いは三人よりひどいだろう、と言います。そして、こう続けました。

【書き下し】語に曰く、日中すれば則ち移り、月満つれば則ち虧く、と。物盛んなれば則ち衰ふるは、天地の常数なり。進退盈縮、時と与に変化するは、聖人の常道なり。今君の怨み已に讎(むく)い、徳已に報ゆ、意欲至れり、而も変計無きは、竊かに君の為に取らざるなり」と。

日は南中すれば傾き、月は満ちれば欠ける。物は盛んになれば衰える。これは天地の常の理だ。進むも退くも、満ちるも縮むも、時とともに変えていくのが聖人の常の道だ。あなたは怨みを晴らし、恩に報い、望みは満たされた。それなのに方針を変えようとしない。 私はそれに賛成しかねる——。

蔡沢の指摘の要は、最後の一句にあります。「意欲至れり、而も変計無き」。望みがかなったのに、やり方を変えていない。

事業も同じです。勝っているときのやり方は、勝っているからこそ見直されません。売上が伸びている事業を畳もうと言い出す人はいない。しかし、引き際を選べるのは、まだ価値があるうちだけです。傾いてからの撤退は、選ぶのではなく、追い込まれるだけです。

出典:史記 范雎蔡沢列伝

『菜根譚』は、満ちた状態をこう表しています。

【書き下し】盈満に居る者は、水の将に溢れんとして未だ溢れざるが如し。切に忌む、再び一滴を加うるを。

満ち足りた状態にいる者は、水がいまにも溢れそうで、まだ溢れていない器のようなものだ。もう一滴を加えることを、何より避けよ。

うまくいっている事業に、もう一店舗、もう一ライン、もう一年。その「もう一つ」が、溢れさせる一滴になります。盛りのときに要るのは、足すことより、足さないと決めることです。

出典:菜根譚 前集

『易経』はこれを「亢龍(こうりゅう)悔い有り」——上りつめた龍には悔いがある——と表しました。その意味は、易経の名言の記事で詳しく読んでいます。

二、区切りがつくのを待っている

二つ目は、多くの経営者が口にする言葉です。「このプロジェクトが一段落したら」「この決算を締めたら」「息子が一人前になったら」。

『菜根譚』は、これを正面から切っています。

【書き下し】人、肯えて当下に休せば、便ち当下に了せん。若し個の歇(や)む処を尋ねんと要せば、則ち婚嫁未だ完(お)わらず、事も亦た少なからず。僧道は好しと雖も、心も亦た了せず。前人云う、「如今休し去らば便ち休し去れ。若し了する時を覓めなば了する時無し」と。之を見ること卓なり。

人が今やめようと思えば、今すぐ終わる。区切りのよいところを探そうとすれば、子の婚礼もまだ済んでいない、用事も少なくない。出家した僧や道士でさえ、心は終わらない。昔の人は言った。「今やめられるなら、今やめよ。終わる時を探しているかぎり、終わる時は来ない」。

区切りを待つのは、一見すると責任感です。やりかけの仕事を放り出さない、という態度に見える。けれど実際には、仕事は次から次へと生まれます。 一つが片づくころには、次の「これが済んだら」ができている。区切りは、待っていて来るものではなく、自分で打つものです。

引退の時期を「〇年後の〇月」と先に決め、社内に言ってしまう経営者がいます。区切りを外に預けて、自分で動かせないようにしているわけです。

出典:菜根譚 後集

三、手放すものを惜しんでいる

三つ目は、惜しむ心です。これまでに投じた資金、時間、苦労。撤退すれば、それが無駄になる気がする。

越の范蠡(はんれい)は、越王句践を助けて呉を滅ぼしたあと、越を去り、陶の地で「朱公(しゅこう)」と名乗って商売で巨万の富を築きました。その朱公の次男が、楚で人を殺して捕らえられます。朱公は大金を持たせて長男を救出に行かせましたが、長男は金を惜しんで取り戻してしまい、弟は処刑されました。

人々が嘆くなか、朱公だけが笑って言います。

【書き下し】唯だ朱公独り笑ひて曰く、「吾固より必ず其の弟を殺すを知れり。彼弟を愛せざるに非ず、顧た忍ぶ能はざる所有ればなり。是れ少くして我と俱にし、苦を見、生を為すこと難く、故に財を棄つるを重んず。少弟の生まれて我が富めるを見るがごときに至りては、豈に財の従りて来たる所を知らんや、故に之を軽く棄つ」と。

私は、長男が弟を死なせると分かっていた。弟を愛していないのではない。どうしても惜しむ気持ちを抑えられないのだ。 あれは幼いころから私と苦労を共にし、暮らしの厳しさを見てきた。だから金を手放すことを重く考える。末の子は生まれたときから私が富んでいるのを見てきたから、金がどこから来るかを知らず、軽く手放せる。

この話の怖さは、長男が愚かだったのではなく、苦労を知っていたからこそ手放せなかった、というところにあります。

事業の撤退でも同じことが起きます。いちばん苦労して立ち上げた人ほど、その事業を畳めない。投じたものの重さを、誰よりも知っているからです。そして惜しんでいるあいだに、救えたはずのもの——人材、資金、別の事業の機会——を失っていく。

撤退の判断を、立ち上げた本人以外に預けておく会社があるのは、このためです。

出典:史記 越王句践世家

四、相手が変わったことに気づいていない

四つ目は、自分の周りの状況が変わったことに気づかないことです。

その范蠡が、越を去ったときに同僚の大夫種へ送った手紙があります。

【書き下し】范蠡遂に去り、斉より大夫種に書を遺りて曰く、「蜚鳥尽きて、良弓蔵せられ、狡兔死して、走狗烹らる。越王の人と為り長頸鳥喙、与に患難を共にす可し、与に楽を共にす可からず。子何ぞ去らざる」と。

飛ぶ鳥がいなくなれば、良い弓はしまい込まれる。すばしこい兎が死ねば、猟犬は煮られる。越王という人は、苦難は共にできても、楽しみは共にできない。あなたはなぜ去らないのか——。

種は手紙を読んで病と称し、朝廷に出なくなりましたが、去りはしませんでした。やがて謀反の疑いをかけられ、王から剣を賜って自害します。

この手紙の要点は、越王が変わったのではない、ということです。越王は最初からそういう人だった。変わったのは状況のほうで、呉という敵がいなくなった。敵がいるあいだ必要だった者が、敵がいなくなれば不要になる。種はそれを、自分への評価の変化として受け取れませんでした。

事業でも、自分が必要とされた局面が終わっていることに、本人がいちばん気づきにくいものです。創業期に必要だった強引さが、安定期には組織の重荷になる。自分の役割は、状況が決めている。 状況が変われば、同じ自分でも不要になりえます。

この手紙は、黒田官兵衛の愛読書の記事でも引きました。四十三歳で家督を譲った官兵衛の引き際と並べて読むと、よく分かります。

出典:史記 越王句践世家

五、地位と報酬にしがみついている

五つ目は、率直に言えば、地位と報酬を手放したくないという気持ちです。

秦の始皇帝の天下統一を支えた宰相・李斯(りし)は、始皇帝の死後、宦官の趙高と組んで遺詔を偽り、皇帝の後継を操りました。やがて趙高に陥れられ、一族もろとも処刑されます。刑場へ引かれていくとき、李斯は次男を振り返って言いました。

【書き下し】吾若と復た黄犬を牽きて俱に上蔡の東門を出でて狡兔を逐はんと欲するも、豈に得可けんや」と。

お前ともう一度、黄色い犬を連れて、郷里の上蔡の東門を出て、兎を追いかけたいものだが、それももうかなうまい——。

司馬遷は、李斯の伝記の最後にこう評しています。

【書き下し】斯六藝の帰を知るも、政を明らかにして以て主上の缺を補ふを務めず、爵祿の重きを持し、阿順苟合し、厳威酷刑し、高の邪説を聴き、適を廃して庶を立つ。諸侯已に畔き、斯乃ち諫争せんと欲す、亦た末ならずや。

李斯は学問の要を知っていながら、政治を正して主君の欠点を補うことに努めず、爵位と俸禄の重さにしがみつき、主君に迎合し、厳しい刑罰を行い、趙高のよこしまな説に従った。諸侯が背いてから、ようやく諫めようとした。遅すぎるではないか——。

「爵禄の重きを持す」。地位にしがみつくことは、それ自体が罪なのではありません。しがみつくために、言うべきことを言わなくなる。 それが李斯を滅ぼしました。

引き際を逃した経営者が晩節を汚すのも、たいていこの形です。辞めないために、耳の痛い意見を遠ざけ、自分に都合のよい人を周りに置く。そうして、引くべき理由そのものが見えなくなっていきます。

出典:史記 李斯列伝史記 李斯列伝

では、地位や報酬とどう付き合えばよいのか。『淮南子』は、仕える者の心得としてこう書いています。

【書き下し】是の故に忠臣の君に事うるや、功を計りて賞を受け、苟くも得るを爲さず。力を積みて官を受け、爵祿を貪らず。其の能くする所の者は、之を受けて辭する勿かれ。其の能くせざる所の者は、之を與うるも喜ぶ勿かれ。能くする所を辭すれば則ち匿し、能くせざる所を欲すれば則ち惑う。能くせざる所を辭して能くする所を受くれば、則ち損墮の勢無きを得て、勝えざるの任無からん。

功を数えて賞を受け、いい加減には受け取らない。力を積んで官を受け、爵禄を貪らない。自分にできることなら受けて辞退しない。できないことなら、与えられても喜ばない。 できないことを辞退し、できることを受ければ、崩れ落ちる勢いを免れ、担いきれない任を負うこともない。

これは引き際の基準としても使えます。いまの地位で、自分にできることが残っているか。 残っているなら受けて尽くせばいい。できないことの比重が増えてきたなら、それは与えられても喜ぶべきでない地位になりつつある、ということです。辞める理由を気力や年齢に求めるより、ずっと測りやすい物差しです。

出典:淮南子 人間訓

六、功を自分のものにしている

六つ目は、成果を自分のものにしていることです。

『老子』第二章の結びに、次の一句があります。

【書き下し】万物作りて辞せず、生じて有せず、為して恃まず、功成りて居らず。夫れ唯だ居らず、是を以て去らず。

聖人は、万物が動き出しても口出しせず、生み出しても自分のものにせず、成し遂げても頼みにせず、功が成っても、そこに居座らない。居座らないからこそ、その功は失われない。

逆から読むと、引けない理由がよく見えます。「この会社は自分が作った」「この事業は自分の手柄だ」と思っている人ほど、そこから離れられない。 離れれば、自分の功が消えてしまう気がするからです。

老子は反対のことを言っています。功に居座らないから、功が残る。創業者が去ったあとも回り続ける会社は、創業者の功をいちばん雄弁に語ります。逆に、創業者がいないと回らない会社は、創業者がいなくなった途端に、その功も一緒に消えます。

出典:老子 第2章

七、引き方を決めていない

最後は、引き方そのものを決めていないことです。いつ、誰に、何を、どう渡すのか。これが決まっていないと、引く決心がついても動けません。

『菜根譚』に、こんな一句があります。

【書き下し】進歩の処、便ち退歩を思わば、庶(ちか)くは触藩の渦を免れん。手を着くる時、先ず手を放つを図らば、纔めて騎虎の危を脱せん。

進むときに退くことを考えておけば、角を垣根に突っ込んで抜けなくなる羊のような禍いを免れる。手をつけるときに、まず手を放すことを考えておけば、虎の背に乗って降りられなくなる危うさから逃れられる。

「騎虎の勢い」という言葉がありますが、虎に乗った者は、降りれば食われるので降りられません。事業も、始めるときに撤退の条件を決めておかなければ、あとから決めることはほとんどできない。いくらまで投じて、どの数字を下回ったら引くか。 始める日に書いておくのが、いちばん確実な撤退の方法です。

では、実際に上手に引いた人はどうしたか。一で紹介した范雎は、蔡沢の話を聞いて、こう答えました。

【書き下し】応侯曰く、「善し。吾聞く、欲して足るを知らざれば、其の欲する所以を失ひ、有して止まるを知らざれば、其の有する所以を失ふ、と。先生幸ひに教ふ、睢敬みて命を受けん」と。是に於いて乃ち延き入れて坐せしめ、上客と為す。後数日、朝に入り、秦の昭王に言ひて、蔡澤を薦む。昭王召し見え、与に語り、大いに之を説び、拝して客卿と為す。応侯因りて謝病して相印を帰さんことを請ふ。昭王彊ひて応侯を起たしむるも、応侯遂に病篤しと称す。范睢相を免ぜらる。

欲しても足るを知らなければ、欲したものまで失い、持っていても止まるを知らなければ、持っているものまで失う、と私も聞いている——。范雎は蔡沢を上客として迎え、数日後には昭王に蔡沢を推薦しました。そのうえで病と称して宰相の印を返上し、昭王が引き留めても、重病だと言い張って辞めています。

順番に注目してください。先に後任を推し、それから辞めた。 引き方の設計として、これ以上のものはありません。そして後任の蔡沢も、宰相になって数か月、自分を悪く言う者が出てくると、やはり病と称して印を返しました。その後、秦に十余年とどまり、四代の王に仕えています。引き際を知る者どうしの受け渡しでした。

出典:菜根譚 後集史記 范雎蔡沢列伝

七つのうち、どれを選ぶか

七つを並べ直します。

  • 一、盛りのうちは、引く理由が見えない——日は中すれば傾く。選べるのは、まだ価値があるうちだけ。
  • 二、区切りがつくのを待っている——終わる時を探しているかぎり、終わる時は来ない。
  • 三、手放すものを惜しんでいる——苦労を知る人ほど、手放せない。
  • 四、相手が変わったことに気づいていない——自分の役割は、状況が決めている。
  • 五、地位と報酬にしがみついている——しがみつくために、言うべきことを言わなくなる。
  • 六、功を自分のものにしている——居座らないから、功が残る。
  • 七、引き方を決めていない——手をつけるときに、手を放すことを考える。

事業の撤退で悩んでいるなら、三と七から。経営者自身の引退で悩んでいるなら、二と六から。どちらにも効くのは一です。

最後に ― 引くことは、智であって仁ではない

ここまで「引け」という話を続けてきましたが、最後に一つ、逆の視点を置いておきます。

二宮尊徳は、「功成り名遂げて身退くは天の道なり」という古い言葉について、こう言いました。

【原文】翁曰、古語に曰く、功成り名遂げて身退くは天の道なりと云へり。天道誠に然り、然りといへども是を人道に行ふ時は智者と云ふべくして、仁者とは云ふべからず。如何となれば全く能く尽すと云ふに至らざればなり。

功を成し名を遂げて身を引くのは、天の道としてはそのとおりだ。けれど人の道として行うなら、智者ではあっても、仁者とは言えない。 なぜなら、力を尽くし切ったとは言えないからだ——。

尊徳は、身を引くこと自体を否定したのではありません。別の日には、「笛も吹かず太鼓も叩かず、獅子舞の後ろ足になる気楽さよ」という古歌を好んで口ずさむ門人を叱り、こう言っています。

【原文】此歌は、国家経綸の大才を抱き功成り名を遂げ其業を譲て、後に詠吟せば許すべし

この歌は、国を治める大きな才を抱いて功を成し名を遂げ、その仕事を人に譲ったあとで詠むなら許される——。

引くことが許されるのは、渡し終えてからです。引き際とは、逃げ際ではなく、渡し際のこと。 范雎が後任を推してから印を返したように、官兵衛が四十三歳で家督を長政に譲ったように。

引き際が分からないと悩む人は、たいてい「いつ辞めるか」を考えています。けれど本当に考えるべきは、「何を、誰に、どう渡し終えたら辞めるか」なのだと思います。それが決まれば、時期はおのずと決まります。

出典:二宮翁夜話 続篇二宮翁夜話 巻之二


この記事で引いた章句は、いずれも師導に原文・書き下し文・現代語訳と解説つきで収録しています。

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