師導古典を学びたいすべての人に

二宮翁夜話 / 巻之二

門人某、常に好んで「笛吹ず大鼓たゝかず獅子舞の跡足になる胸の安さよ」と云ふ古歌を誦す、翁曰、此歌は、国家経綸の大才を抱き功成り名を遂げ其業を譲て、後に詠吟せば許すべし、卿が如き是を誦す、甚宜しからず、卿が如きは、笛を吹き大鼓をたゝき、舞ふ人があればこそ、不肖予輩も跡足となりて、世を経る事が出来るなれ、辱き事なりと云意の歌を吟ずべし、然ざれば道に叶はず、夫人道は親の養育を受けて、子を養育し、師の教を受けて、子弟を教へ、人の世話を受けて、人の世話をする、是人道なり、此歌の意を押極る時は、其意不受不施に陥るなり、其人にあらずして此歌を誦するは、国賊と云て可也、論語には、幼にして孫弟ならず、長じて述る事なく、老て死ざるをさへ賊と云へり、まして況や、卿等が此歌を誦するをや、大に道に害あり、夫前足になりて舞ふ者なくば、奚ぞ跡足なる事を得んや、上に文武百官あり、政道あればこそ、皆安楽に世を渡らるゝなれ、此の如く、国家の恩徳に浴しながら、此の如き寝言を言は、恩を忘れたるなり、我今卿が為に此歌を読直して授くべし、向後は此歌を誦されよ、と教訓あり、其歌「笛をふき大鼓たゝきて舞へばこそ不肖の我も跡あしとなれ」

書き下し

門人某、常に好んで「笛吹(ふか)ず大鼓(たいこ)たゝかず獅子舞(ししまい)の跡(あと)足になる胸(むね)の安さよ」と云ふ古歌を誦(じゅ)す、翁(おきな)曰(いわ)く、此歌は、国家経綸(けいりん)の大才を抱(いだ)き功成り名を遂(と)げ其業を譲(ゆず)りて、後に詠吟せば許(ゆる)すべし、卿(きみ)が如き是を誦す、甚(はなは)だ宜(よろ)しからず、卿が如きは、笛を吹き大鼓をたゝき、舞ふ人があればこそ、不肖(ふしょう)予輩(よはい)も跡足となりて、世を経(ふ)る事が出来るなれ、辱(かたじけな)き事なりと云意の歌を吟ずべし、然(しか)らざれば道に叶はず、夫(それ)人道は親の養育を受けて、子を養育し、師の教を受けて、子弟を教へ、人の世話を受けて、人の世話をする、是人道なり、此歌の意を押極(おしきわ)むる時は、其意不受(ふじゅ)不施(ふせ)に陥(おちい)るなり、其人にあらずして此歌を誦するは、国賊(こくぞく)と云て可也、論語には、幼にして孫弟(そんてい)ならず、長じて述(の)ぶる事なく、老て死(し)なざるをさへ賊(ぞく)と云へり、まして況(いわん)や、卿等が此歌を誦するをや、大に道に害あり、夫前足になりて舞ふ者なくば、奚(いずく)んぞ跡足なる事を得んや、上に文武百官あり、政道あればこそ、皆安楽に世を渡らるゝなれ、此の如く、国家の恩徳に浴しながら、此の如き寝(ね)言を言は、恩を忘れたるなり、我今卿が為に此歌を読直(よみなお)して授(さず)くべし、向後は此歌を誦(じゅ)されよ、と教訓あり、其歌「笛をふき大鼓たゝきて舞へばこそ不肖の我も跡あしとなれ」

現代語訳

ある門人が、いつも好んで「笛も吹かず太鼓も叩かず、獅子舞の後足になる気楽さよ」という古歌を口ずさんでいた。翁が言われた。この歌は、国家を治める大才を抱いて功を成し名を遂げ、その仕事を後進に譲ったうえで後に詠むなら許される。だがお前のような者がこれを口ずさむのは、はなはだよろしくない。お前のような者は、笛を吹き太鼓を叩いて舞う人がいればこそ、未熟な私たちも後足となって世を渡ることができる、ありがたいことだ、という意味の歌を詠むべきだ。そうでなければ道に叶わない。そもそも人道とは、親の養育を受けて子を養育し、師の教えを受けて子弟を教え、人の世話を受けて人の世話をする――これが人道だ。この歌の意味を突き詰めると、受けもせず施しもせぬ生き方に陥る。その器でもないのにこの歌を口ずさむのは、国賊と言ってよい。論語には、幼くして年長者に従わず、成長して人に述べ伝えることもなく、老いて死にもしない者を「賊」だと言っている。ましてお前たちがこの歌を口ずさむのはなおさらだ。大いに道を害する。そもそも前足になって舞う者がいなければ、どうして後足になれようか。上に文武百官がいて政道があればこそ、皆安楽に世を渡れるのだ。このように国家の恩徳に浴しながら、こんな寝言を言うのは、恩を忘れたものだ。私が今お前のためにこの歌を詠み直して授けよう。今後はこの歌を口ずさみなさい、と教訓された。その歌は「笛を吹き太鼓を叩いて舞えばこそ、未熟な私も後足となれる」。

解説

気楽に「後足」でいたいと世捨て人めいた古歌を愛唱する門人を、尊徳は厳しく戒めます。功成り名を遂げた者が引退後に詠むならまだしも、何も成していない者がこれを口ずさむのは、受けることも施すこともせぬ無責任に陥り「国賊」に等しいというのです。人道とは、親や師や人の世話を受けたぶん、子を育て教え人を世話して返していく報恩の連鎖にほかなりません。前足の舞い手あってこそ後足がある、上の政道あってこそ安楽に暮らせる――その恩を忘れるなと諭し、歌を報恩の内容に詠み直して授けます。受けた恩を次へ譲り渡す推譲の精神が、報徳思想の実践の核心です。他者の支えの上に立つ自分を自覚し役割を果たす姿勢は、現代人にも問われています。

この章句が説くこと

二宮翁夜話報徳報恩推譲人道論語

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる