史記 / 李斯列伝
趙高既殺李斯、二世拜高為中丞相、事無大小輒決於高。二世二年七月、趙高案治李斯、責斯與子由謀反狀。斯拘執束縛、居囹圄中、仰天而嘆。趙高使其客詐為御史謁者侍中、更往覆訊斯、斯不敢復言。具斯五刑、論腰斬咸陽市。斯出獄、與其中子俱執、顧謂其中子曰、吾欲與若復牽黃犬俱出上蔡東門逐狡兔、豈可得乎。遂父子相哭、而夷三族。
新字:趙高既殺李斯、二世拝高為中丞相、事無大小輒決於高。二世二年七月、趙高案治李斯、責斯与子由謀反状。斯拘執束縛、居囹圄中、仰天而嘆。趙高使其客詐為御史謁者侍中、更往覆訊斯、斯不敢復言。具斯五刑、論腰斬咸陽市。斯出獄、与其中子俱執、顧謂其中子曰、吾欲与若復牽黄犬俱出上蔡東門逐狡兔、豈可得乎。遂父子相哭、而夷三族。
書き下し
趙高既に李斯を殺さんとし、二世高を拝して中丞相と為し、事の大小と無く輒ち高に決せらる。二世二年七月、趙高李斯を案治し、斯と子由と謀反せる状を責む。斯拘執束縛せられ、囹圄の中に居り、天を仰ぎて嘆ず。趙高其の客をして詐りて御史・謁者・侍中と為し、更る更る往きて斯を覆訊せしむ。斯敢て復た言はず。斯に五刑を具へ、論じて咸陽の市に腰斬す。斯獄を出で、其の中子と俱に執へられ、顧みて其の中子に謂ひて曰く、「吾若と復た黄犬を牽きて俱に上蔡の東門を出でて狡兔を逐はんと欲するも、豈に得可けんや」と。遂に父子相ひ哭し、而して三族を夷げらる。
現代語訳
「不正に加担した者が、同じ不正の論理によって滅ぼされ、失って初めて平凡な幸福の尊さに気づく」——李斯の悲劇的な最期を描いた、痛切な結末の一段です。李斯は、趙高と組んで陰謀を成功させ、宰相の地位を保ちました。しかし、権力を独占した趙高は、次に邪魔になった李斯自身を排除しにかかります。李斯は「謀反」の無実の罪を着せられ、投獄されました。趙高は、自分の手下を偽の取調官に仕立てて、李斯が弁明・上訴しようとするたびに、それを妨害し、拷問で虚偽の自白を強要します。かつて自分が偽の詔書で扶蘇を陥れたのと、まったく同じ手口で、今度は李斯自身が陥れられたのです。そして李斯は、最も重い五刑(入れ墨・鼻削ぎ・足切り・去勢などを経ての腰斬り)に処され、都・咸陽の市場で腰を斬られて処刑されました。処刑場へ引かれていくとき、李斯は、共に処刑される息子を振り返って、こう言いました。『お前ともう一度、あの黄色い犬を連れて、故郷・上蔡の東門を出て、野うさぎを追いかけたいものだが、もう叶わないなあ』と。宰相にまで上り詰めた男が、最期に願ったのは、権力でも栄華でもなく、故郷で息子と犬を連れて狩りに出た、あの平凡でささやかな日々でした。父子は抱き合って泣き、李斯の一族は皆殺しにされたのです。ここに、深く重い教訓があります。第一に、不正に加担した者は、同じ不正の論理によって滅ぼされるという因果。李斯が扶蘇を陥れた偽計は、そっくりそのまま李斯自身に向けられた。人を陥れる手段を用いた者は、いずれ自分がその手段の犠牲になる。悪の連鎖は、それを始めた者にも及ぶのです。第二に、地位や栄華を求めて上り詰めた末に失うのは、平凡な幸福の尊さへの気づき。李斯は、「倉のねずみ」になろうと故郷を出て、宰相にまで上り詰めました。しかし、その栄華の果てに待っていたのは破滅であり、最期に切実に願ったのは、故郷での何気ない日常でした。私たちが必死に追い求める地位や成功が、本当に最も大切なものなのか——李斯の最期の言葉は、その問いを痛切に突きつけます。第三に、保身のために大義を売った一度の妥協(沙丘の陰謀)が、いかに大きな代償(一族皆殺し)を招いたか。組織や人生で、人を陥れる手段は自分にも返ること、そして地位や成功の追求の陰で、平凡な幸福の尊さを見失っていないか——李斯の東門の嘆きは、栄華の空しさと、道を誤ることの代償を、時代を超えて伝えています。