史記 / 范雎蔡沢列伝
蔡澤者、燕人也。聞應侯任鄭安平王稽皆負重罪於秦、應侯內慚、乃西入秦、使人宣言以感怒應侯。應侯召見。蔡澤曰、若夫秦之商君、楚之吳起、越之大夫種、其卒然亦可願與。應侯知蔡澤欲困己以說、謬曰、何為不可。蔡澤曰、商君吳起大夫種、其為人臣盡忠致功則可願矣。然君之祿位貴盛、私家之富過於三子、而身不退者、恐患之甚於三子、竊為君危之。語曰、日中則移、月滿則虧。物盛則衰、天地之常數也。進退盈縮、與時變化、聖人之常道也。今君之怨已讎而德已報、意欲至矣、而無變計、竊為君不取也。
新字:蔡沢者、燕人也。聞応侯任鄭安平王稽皆負重罪於秦、応侯內慚、乃西入秦、使人宣言以感怒応侯。応侯召見。蔡沢曰、若夫秦之商君、楚之吳起、越之大夫種、其卒然亦可願与。応侯知蔡沢欲困己以説、謬曰、何為不可。蔡沢曰、商君吳起大夫種、其為人臣尽忠致功則可願矣。然君之祿位貴盛、私家之富過於三子、而身不退者、恐患之甚於三子、竊為君危之。語曰、日中則移、月満則虧。物盛則衰、天地之常数也。進退盈縮、与時変化、聖人之常道也。今君之怨已讎而徳已報、意欲至矣、而無変計、竊為君不取也。
書き下し
蔡澤は、燕人なり。応侯の任ずる鄭安平・王稽皆秦に重罪を負ふを聞き、応侯内に慚づ。乃ち西のかた秦に入り、人をして宣言して以て応侯を感怒せしむ。応侯召し見ゆ。蔡澤曰く、「若夫れ秦の商君、楚の呉起、越の大夫種、其の卒(つひ)の然るも亦た願ふ可きか」と。応侯蔡澤の己を困しめて以て説かんと欲するを知り、謬りて曰く、「何為れぞ可ならざる」と。蔡澤曰く、「商君・呉起・大夫種、其の人臣為りて忠を尽くし功を致すは則ち願ふ可し。然れども君の禄位貴盛、私家の富三子に過ぎて、身退かざれば、恐らくは患ひの三子より甚だしからん、竊かに君の為に之を危ぶむ。語に曰く、日中すれば則ち移り、月満つれば則ち虧く、と。物盛んなれば則ち衰ふるは、天地の常数なり。進退盈縮、時と与に変化するは、聖人の常道なり。今君の怨み已に讎(むく)い、徳已に報ゆ、意欲至れり、而も変計無きは、竊かに君の為に取らざるなり」と。
現代語訳
「絶頂にあるときこそ、身を退く時を考えよ」——盈満の理を説き、成功者に「引き際」を諭す、蔡澤の名高い諫言の一段です。范雎(応侯)が権勢の絶頂にあり、しかし自分が推薦した部下(鄭安平・王稽)が罪を犯して内心動揺していたとき、弁士・蔡澤が訪れて鋭く迫ります。蔡澤はまず、歴史上の名臣——秦の商鞅、楚の呉起、越の大夫種——を引き合いに出します。彼らはみな、主君に忠を尽くし絶大な功績を挙げながら、最後は殺されるという悲惨な末路をたどりました。蔡澤は問います。「あなたは、彼らのような最期を望みますか」と。そして核心を突きます。「あなたの地位と富は、あの三人を上回るほどになった。それなのに身を退かなければ、彼ら以上に悲惨な災いに遭うでしょう。ことわざに『日中則移、月満則虧(太陽は真昼を過ぎれば傾き、月は満ちれば欠ける)』とあります。物事は盛んになれば必ず衰えるのが、天地の変わらぬ理です。時に応じて進退・伸縮するのが、聖人の常道。今、あなたは恨みも晴らし、恩も返し、望みは達せられた。それなのに方針を変えず(引退を考えず)にいるのは、賢明ではありません」。ここに、成功者に対する極めて重要な教訓があります。第一に、盛者必衰・盈満の理。太陽も月も、絶頂に達すれば、そこから傾き欠けるように、権勢・成功・繁栄は、極まれば必ず衰えに転じる。これは天地の必然です。第二に、だからこそ、絶頂にあるときこそ「引き際」を考えるべきだということ。多くの成功者は、権勢の頂点で「もっと」と欲を出し、退く時を逃して、破滅する(商鞅・呉起・大夫種のように)。目的を達し、望みが満たされた今こそ、潔く身を退く最良のタイミングなのだ、と蔡澤は説きます。第三に、進退のタイミングを、時勢に応じて柔軟に判断する知恵。ずっと同じ地位に固執するのではなく、盛衰の流れを読んで、進むべき時に進み、退くべき時に退く。組織やキャリアで、成功や権勢の絶頂にあるとき、私たちは往々にして「まだいける」と欲を出し、引き際を見誤ります。しかし、盛りは必ず衰えに転じる。頂点にあるときこそ、次の一手(潔い退き)を考えるべきだ——蔡澤の「日中則移、月満則虧」は、あらゆる成功者への、時代を超えた警句です。