『易経(えききょう)』は、占いの本です。

そう聞いて、少し拍子抜けする人もいるかもしれません。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の八卦は、この本から来ています。筮竹(ぜいちく)をさばいて卦を出し、そこに書かれた言葉で吉凶を判断する。もとはそのための書物でした。

ところが、この占いの本は、二千年以上にわたって儒教のいちばん大切な経典として読まれてきました。四書五経の「五経」の筆頭に置かれ、孔子も晩年に熱心に読んだと伝えられています。日本でも、元号の「明治」と「大正」は、どちらもこの本の一節から取られています。

【書き下し】聖人南面して天下を聽き、明に嚮いて治む

「聖人は南に向いて天下の声を聴き、明るい方へ向かって治める」。明治の出典です。

【書き下し】大いに亨りて以て正しきは、天の道なり

「大いに通じて、しかも正しい。それが天の道である」。こちらが大正です。

出典:易経 説卦易経 彖伝

占いの本が、なぜ国の名前を決める本になったのか。理由は、占いの言葉に付けられた解説にあります。解説のほうが、一冊の思想書として読めるほど深かったのです。

この記事では、その解説の部分から、名言を十二句選んで読んでいきます。白文(原文)と書き下し文、現代語訳と解説をつけ、並べる順番は本の順です。

『易経』の読み方 ― 卦・爻・十翼を先に押さえる

中身に入る前に、最低限の用語をひらいておきます。ここさえ押さえれば、あとは迷いません。

陰と陽。易経は、世の中のあらゆるものを、陰(-- 切れた線)と陽(― つながった線)の組み合わせで表します。陽は強さ・動き・進むこと、陰は柔らかさ・静けさ・受けとめること。どちらが善でどちらが悪ということはありません。

卦(か)。陰陽の線を六本積み上げたものを卦と呼びます。組み合わせは二の六乗で六十四通り。これが六十四卦です。一つ一つに「乾(けん)」「坤(こん)」「謙(けん)」「革(かく)」のような名前がつき、それぞれが一つの「局面」を表します。

爻(こう)。卦を作っている六本の線の一本一本です。下から数えて一番目を「初」、六番目を「上」と呼び、陽の線は「九」、陰の線は「六」で表します。「上九」なら「一番上の、陽の線」。一つの局面のなかでの段階や立場を表します。

経と伝。易経は大きく二つの層でできています。卦と爻に付けられた短い占いの言葉が「」。その経を解説した十篇の文章が「」で、まとめて「十翼(じゅうよく)」と呼ばれます。翼は、経を助けて飛ばせるもの、という意味です。

十翼の中身は次のとおりです。

  • 彖伝(たんでん):卦ごとに、その卦全体の意味を説く。
  • 象伝(しょうでん):卦の形(たとえば「山の下に雷」)から、君子の心得を引き出す。
  • 繋辞伝(けいじでん):易とは何か、どう使うかを論じた総論。名言の宝庫。
  • 文言伝(ぶんげんでん):最初の二つの卦、乾と坤だけを詳しく解説したもの。
  • 説卦伝・序卦伝・雑卦伝:八卦の性質、六十四卦の並び順の理由などを説く。

伝承では、八卦を作ったのは伝説の帝王・伏羲(ふっき)、卦の言葉を付けたのは周の文王、爻の言葉は周公、そして十翼を書いたのは孔子とされてきました。ただし十翼の孔子作者説は、近代以降の研究では疑われていて、実際には戦国時代から漢代にかけて、複数の人の手でまとめられたと考えられています。

師導の『易経』は、占いの言葉そのもの(経)ではなく、名句の多い十翼を中心に収録しています。この記事の十二句も、すべて十翼から選びました。

では、読んでいきます。

一、「天道は盈つるを虧きて謙に益し」 ― 満ちたものは減らされる

【白文】謙,亨。天道下濟而光明,地道卑而上行。天道虧盈而益謙,地道變盈而流謙,鬼神害盈而福謙,人道惡盈而好謙。謙,尊而光,卑而不可逾,君子之終也。
【書き下し】謙は、亨る。天道は下済して光明、地道は卑くして上行す。天道は盈つるを虧きて謙に益し、地道は盈つるを変じて謙に流し、鬼神は盈つるを害して謙に福し、人道は盈つるを悪みて謙を好む。謙は、尊くして光り、卑くして踰ゆべからず、君子の終わりなり。

最初は「謙(けん)」の卦です。謙は、へりくだること。

彖伝は、この一つの徳を、天・地・鬼神・人の四つの角度から畳みかけます。天は満ちたものを欠けさせて、へりくだる者に加える。地は満ちたものを崩して、へりくだる者のほうへ流す。鬼神は満ちたものを損なって、へりくだる者に福を与える。人は満ちたものを憎んで、へりくだる者を好む。

四つとも、結論は同じです。満ちたものは減り、へりくだるものには加わる。

ここで言う「盈(み)つる」は、中身が満ちていることではなく、満ちて驕っている状態のことです。山の頂上には水がたまらず、谷には水が集まる。月は満ちた翌日から欠けはじめる。自然の姿をそのまま人の世に当てはめています。

見落とされやすいのは、結びの一句です。「謙は、尊くして光り、卑くして踰ゆべからず」。謙虚な人は、高い位にあっても輝きを失わず、低い位にあっても人に踏み越えられない。

謙虚さは、弱さや卑屈さのことではない、と言っているわけです。どの位置にいても損なわれない、いちばん崩れにくい強さ。六十四卦のなかで、六本の爻すべてが凶を含まない卦は謙だけだ、とよく言われます。易経がどれほどこの徳を重く見ていたかが分かります。

業績が上向いたとき、評価されたとき、人は少しずつ「盈つる」側に寄っていきます。この句は、そういうときに読み返すためのものです。

出典:易経 彖伝

二、「湯武命を革むるは、天に順いて人に応ず」 ― 「革命」と「豹変」の本当の意味

【白文】革,水火相息,二女同居,其志不相得曰革。“已日乃孚”,革而信之。文明以説,大亨以正。革而當,其悔乃亡。天地革而四時成,湯武革命,順乎天而應乎人。革之時大矣哉!
【書き下し】革(かく)は、水火相い息(け)し、二女同居して、其の志相い得ざるを革と曰う。「已日(いじつ)にして乃ち孚(まこと)とせらる」とは、革(あらた)めて之を信ずるなり。文明にして以て説(よろこ)び、大いに亨(とお)りて以て正し。革めて当たれば、其の悔い乃ち亡(な)し。天地革まりて四時(しじ)成り、湯武(とうぶ)命を革(あらた)むるは、天に順(したが)いて人に応ずるなり。革の時、大なるかな。

「革(かく)」の卦は、あらためること、変革を表します。

この一節で有名なのは「湯武(とうぶ)命を革(あらた)むる」の部分です。殷の湯王が夏の暴君・桀を倒し、周の武王が殷の暴君・紂を倒した。天が王朝に与えた命(天命)を、別の者に革めた。これが「革命」という言葉の出どころです。近代になって、この古い言葉が西洋の政治用語の訳語にも当てられました。

ただし、彖伝が書いているのは「倒せ」ではありません。条件が二つ付いています。

一つは、「已日(いじつ)にして乃ち孚(まこと)とせらる」。改革は、すぐには信じてもらえない。日を経て、結果が出てはじめて信用される。

もう一つは、「天に順いて人に応ず」。道理に従い、しかも人の心に応えていること。どちらか一方では足りない。

そして「革めて当たれば、其の悔い乃ち亡し」。改革が道理にかなっていれば、後悔は残らない。逆に言えば、当たっていない改革は、必ず悔いを残します。

同じ革の卦には、もう一つよく知られた言葉があります。「君子豹変す」。いまでは「態度が急に変わる」「手のひらを返す」という悪い意味で使われることが多い言葉ですが、もとは逆です。豹の毛が季節に生え変わって模様がくっきりするように、君子は過ちに気づけば、鮮やかに自分を改める。ほめ言葉でした。(この句は革の卦の爻の言葉=経の部分にあり、師導の収録範囲の外なので、リンクは張れません。)

この「改める速さ」を、別の卦の象伝がはっきり言葉にしています。

【書き下し】風雷は、益なり。君子以て善を見れば則ち遷(うつ)り、過ち有れば則ち改む。

善いものを見れば、ただちにそちらへ移る。過ちがあれば、ただちに改める。「人が伸びない理由は、たいてい能力ではなく、この速度にあります」と師導の解説は書いています。君子豹変の本当の意味も、ここにあります。

出典:易経 彖伝易経 象伝

三、「時、止まるべくんば則ち止まり、時、行くべくんば則ち行き」 ― 止まることも、仕事のうち

【白文】艮,止也。時止則止,時行則行,動靜不失其時,其道光明。“艮其止”,止其所也。上下敵應,不相與也。是以“不獲其身,行其庭,不見其人,無咎”也。
【書き下し】艮(ごん)は、止まるなり。時、止まるべくんば則ち止まり、時、行くべくんば則ち行き、動静其の時を失わざれば、其の道光明なり

「艮(ごん)」の卦は、山を表し、「止まる」ことを意味します。

中心は一句だけです。止まるべき時には止まり、進むべき時には進む。動くも静まるも、その時を取り違えなければ、道はおのずと明るい。

易経全体を貫いている考え方が、ここにそのまま出ています。正しい行動は、行動そのものではなく、時との組み合わせで決まる。 進むことが常に善いのでも、慎重さが常に善いのでもない。同じ決断が、ある時には英断で、別の時には暴挙になる。

経営の現場では、「止まる」判断のほうが難しいものです。走り出したプロジェクトは止めにくい。成長している事業ほど、拡大をいったん止めるという選択肢が見えなくなる。艮の卦は、止まることを、進むことと同じ重さの判断として扱えと言っています。

出典:易経 彖伝

四、「日中すれば則ち昃き、月盈つれば則ち食く」 ― 絶頂は、傾きの始まり

【白文】豐,大也。明以動,故豐。“王假之”,尚大也。“勿憂宜日中”,宜照天下也。日中則昃,月盈則食,天地盈虛,與時消息,而況於人乎,況於鬼神乎?
【書き下し】日中すれば則ち昃(かたむ)き、月盈(み)つれば則ち食(か)く。天地の盈虚(えいきょ)すら、時と与(とも)に消息す。而(しか)るを況(いわ)んや人に於(お)いてをや、況んや鬼神に於いてをや

「豊(ほう)」の卦は、大きく盛んなこと、豊かさの絶頂を表します。

面白いのは、易経がいちばん栄えている卦の解説に、いちばん冷たい一文を置いていることです。太陽は中天に昇りきれば傾きはじめ、月は満ちれば欠けはじめる。天地でさえ満ち欠けは時とともに移るのだから、まして人は——。

一で読んだ謙の卦と、同じことを別の側から言っています。謙は「満ちたものは減らされる」、豊は「満ちた瞬間から減りはじめる」。

ただ、豊の彖伝は「だから控えめにしろ」とは言っていません。その直前には「憂うる勿(な)かれ、宜(よろ)しく日中なるべし」とあります。心配するな、真昼の太陽のように天下を照らせ。盛りのときは、盛りの役目を果たせ。そのうえで、傾きが来ることを知っておけ、という二段構えです。

最高益を出した年に、翌年の減収を前提に手を打てる会社は多くありません。この一句は、その「前提」を置くための言葉です。

出典:易経 彖伝

五、「天行は健なり、君子は以て自ら彊めて息まず」 ― 才能ではなく、持続

【白文】天行健,君子以自強不息。
【書き下し】天行は健なり、君子は以て自ら彊めて息まず。

易経でいちばん有名な句かもしれません。六十四卦の最初、陽の線が六本並んだ「乾(けん)」の卦の象伝です。

天の運行は力強く、一瞬も休まない。君子はそれにならって、自ら努めてやまない。

「健」という字が当てられているのが大事なところです。健やかさとは、一度の爆発的な力ではなく、途切れずに続くことそのもの。天体は昼も夜も、同じ速さでめぐり続けます。

そして「自ら」と「息まず」。人に命じられてではなく自分から、結果がすぐ出なくてもやめない。師導の解説は、これを「才能の話ではなく習慣の話」と書いています。大きな決意を一度するより、小さな行動を毎日続けられる仕組みを持つほうが強い。

中国の清華大学は、この句から取った「自強不息」を校訓にしています。

出典:易経 象伝

六、「易なれば則ち知り易く、簡なれば則ち従い易し」 ― 分かりやすいものだけが、続き、大きくなる

【白文】易則易知,簡則易從。易知則有親,易從則有功。有親則可久,有功則可大。可久則賢人之德,可大則賢人之業
【書き下し】易(い)なれば則ち知り易く、簡なれば則ち従い易し。知り易ければ則ち親しみ有り、従い易ければ則ち功有り。親しみ有れば則ち久しかるべく、功有れば則ち大なるべし。久しかるべきは則ち賢人の徳、大なるべきは則ち賢人の業なり

ここから、易経の総論である繋辞伝に入ります。

平易であれば理解されやすく、簡素であれば従いやすい。理解されやすければ人が親しみ、従いやすければ成果が上がる。親しまれれば長く続き、成果が上がれば大きくなる。

短い連鎖ですが、経営理念と業務設計の話として、これほど端的な文章はなかなかありません。 分かりにくい理念は、どれほど立派でも人に根づかない。守りにくい規則は、どれほど正しくても続かない。

易経は、天地が長く続き、大きく広がっているのは、天地のやり方が単純だからだと考えます。だから人も同じ原理に従えばいい。方針を一言で言えるか。新人がその日から手順を回せるか。この二つを点検するだけで、組織はずいぶん強くなる、と師導の解説は書いています。

占いの本の総論が「易しく、簡単に」から始まっているのは、少し意外です。しかし、変化の激しい世界で長く続くためには、複雑さはむしろ弱点になる。それが易経の見立てでした。

出典:易経 繋辞上

七、「一陰一陽、之を道と謂う」 ― 正解は、止まっていない

【白文】一陰一陽之謂道,繼之者善也,成之者性也。仁者見之謂之仁,知者見之謂之知。百姓日用而不知,故君子之道鮮矣
【書き下し】一陰一陽、之を道と謂う。之を継ぐ者は善なり、之を成す者は性なり。仁者は之を見て之を仁と謂い、知者は之を見て之を知と謂う。百姓は日々用いて知らず、故に君子の道は鮮(すく)なし。

易経の思想を一行で言えば、この句になります。

一たび陰となり、一たび陽となる。その交替そのものを「道」と呼ぶ。道は、陰か陽かのどちらか一方ではなく、入れ替わり続けるリズムのことだ、というのです。止まった正解ではなく、動き続ける運動のほうが本体だと見る。ここに易の独自さがあります。

同じ段の少し先には、「日新、之を盛徳と謂う」「生生、之を易と謂う」とも書かれています。日々新しくあることが徳であり、生み続けることが易である。

もう一つ、鋭い指摘があります。仁の人はこの道を見て「仁だ」と言い、知の人は「知だ」と言う。誰もが自分の立場からしか全体を見られない。 人々は毎日この道を使って暮らしているのに、それに気づかない。

好調も不調も、局面の交替にすぎない。よいときに緩まず、悪いときに折れない。そのための見方が、この一句に詰まっています。

出典:易経 繋辞上

八、「二人心を同じくすれば、其の利きこと金を断つ」 ― 断金の交わり

【白文】「同人,先號咷而後笑。」子曰:「君子之道,或出或處,或默或語,二人同心,其利斷金。同心之言,其臭如蘭。」
【書き下し】「同人、先には号咷(ごうとう)して後に笑う。」子曰く、「君子の道は、或いは出で或いは処(お)り、或いは黙し或いは語る。二人心を同じくすれば、其の利(するど)きこと金を断つ。同心の言は、其の臭(かおり)蘭の如し」と。

「同人(どうじん)」の卦——人と志を同じくすること——について、孔子が語ったとされる一節です。

君子の道は、人によって分かれる。世に出る人もいれば、退いて家にいる人もいる。黙る人もいれば、語る人もいる。それでも、二人が心を一つにすれば、その鋭さは金属さえ断ち切る。そして、心を同じくする者の言葉は、蘭の花のように香る。

ここから「断金の交わり」「金蘭の契り」という言葉が生まれました。どちらも、固い友情や信頼関係を表す言葉として日本語に残っています。

多くの人を集めることより、深く通じ合える一人を得ること。創業のパートナー、右腕、長く付き合う取引先。事業の芯のところは、たいてい少人数の信頼で決まります。

この段の後半には、もう一つの話が続きます。供え物は地面に置いても構わないのに、わざわざ薄い白茅(ちがや)を敷く。実用ではなく、慎みの表れです。師導の解説は、これを送り状に添える一言や、資料を整える数分にたとえています。

出典:易経 繋辞上

九、「窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通じ、通ずれば則ち久し」 ― 行き詰まりは、変化の合図

【白文】神農氏沒,黃帝、堯、舜氏作,通其變,使民不倦,神而化之,使民宜之。易窮則變,變則通,通則久。是以自天祐之,吉无不利
【書き下し】神農氏没して、黄帝・堯・舜氏作る。其の変を通じて、民をして倦まざらしめ、神にして之を化し、民をして之に宜しからしむ。易は窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通じ、通ずれば則ち久し。是を以て天より之を祐く、吉にして利あらざる无し。

易経の言葉で、日常にいちばん入り込んでいる句かもしれません。「窮すれば通ず」と縮めて言われることもあります。

行き詰まれば変わる。変われば通じる。通じれば長く続く。

この段は、伝説の帝王たちが農具を作り、市を開き、制度を整えていく文明の歩みを語る流れのなかにあります。そして、その変化について「其の変を通じて、民をして倦まざらしめ」——人々が飽きたり疲れたりしないように変えた、と書いています。

ここに二つのことが読み取れます。

一つは、変化は行き詰まってから起きるという順序です。余裕のあるうちは、人も組織もなかなか変われない。追い込まれたときこそ、変化の力がいちばん働く。行き詰まりは終わりではなく、合図です。

もう一つは、変え方が人になじむかどうかです。聖人は、民が倦まないように、なじめるように変えた。変えるべきときに変えることと、変え方が現場になじむこと。この二つがそろって、はじめて「通ずれば久し」に届きます。

出典:易経 繋辞下

十、「君子は安くして危うきを忘れず」 ― 危機は、安心から育つ

【白文】子曰:「危者,安其位者也;亡者,保其存者也;亂者,有其治者也。是故,君子安而不忘危,存而不忘亡,治而不忘亂;是以身安而國家可保也。易曰:『其亡其亡,繫于苞桑』。」
【書き下し】子曰く、「危うき者は、其の位に安んずる者なり。亡ぶる者は、其の存を保てりとする者なり。乱るる者は、其の治を有てりとする者なり。是の故に、君子は安くして危うきを忘れず、存して亡ぶるを忘れず、治まりて乱るるを忘れず。是を以て身安くして国家保つべきなり。易に曰く、『其れ亡びなん其れ亡びなんとて、苞桑に繋る』」と。

孔子の言葉として引かれる一段です。

危うくなるのは、今の地位に安住している者だ。滅びるのは、今の存続が保たれていると思っている者だ。乱れるのは、今の秩序を当然と思っている者だ。

危機は、危機に見えるときではなく、安心しきったときに育つ。 だから君子は、安らかなときに危うさを忘れず、続いているときに滅びを忘れず、治まっているときに乱れを忘れない。

これは、いつも不安に怯えていろという意味ではありません。平時のうちに備えを固めておけという、積極的な構えです。末尾に引かれている否(ひ)の卦の言葉、「滅びるのではないか、滅びるのではないかと恐れて、根の深い桑の株につなぎとめる」は、滅びを恐れる心がかえって堅固さを生むことを表しています。

業績がいいときほど資金を厚くし、顧客が離れる前提で関係を見直す。うまくいっている今こそが、いちばん点検が必要なときです。

出典:易経 繋辞下

十一、「亢龍悔い有り」 ― 上りつめた龍の三つの孤独

【白文】上九曰:「亢龍有悔」,何謂也?子曰:「貴而无位,高而无民,賢人在下位而无輔,是以動而有悔也。」
【書き下し】上九に曰く、「亢龍悔い有り」とは、何の謂ぞや。子曰く、「貴くして位无く、高くして民无く、賢人下位に在りて輔くる无し、是を以て動きて悔い有るなり」と。

ここから文言伝、つまり乾と坤の二卦だけを詳しく解説した篇に入ります。

乾の卦の六本の爻には、龍の成長に重ねた言葉が付いています。下から順に、

  • 潜龍(せんりゅう):淵に潜んでいる龍。まだ用いるな。
  • 見龍(けんりゅう):地上に姿を現した龍。
  • 終日乾乾(しゅうじつけんけん):一日中努め励む。
  • 或いは躍りて淵に在り:飛び上がろうとして、まだ淵にいる。試みの段階。
  • 飛龍(ひりゅう):天を飛ぶ龍。頂点。
  • 亢龍(こうりゅう):上りつめすぎた龍。悔いがある。

最後の「亢龍悔い有り」について、孔子はこう説明します。尊いけれども実の位がなく、高いけれども従う民がなく、賢い人が下にいても助けてくれない。だから動けば悔いが残る。

頂点に立つこと自体が悪いのではありません。問題は、支えを失った頂点です。実権、人望、助言者。この三つを失ったまま高いところにいると、何をしても裏目に出る。

文言伝は、別の箇所で「亢」という字をさらに説明しています。

【書き下し】「亢」の言たるや、進むを知りて退くを知らず、存するを知りて亡ぶるを知らず、得るを知りて喪うを知らず。其れ唯だ聖人か。

進むことは知っていても退くことを知らず、続くことは知っていても滅びることを知らず、得ることは知っていても失うことを知らない。片側しか見えていない状態を「亢」と呼ぶ。

創業者が引き際を誤る話は、洋の東西を問わずいくらでもあります。潜龍から飛龍まで上ってきた人ほど、六本目の爻を自分のこととして読むのは難しい。だからこそ、易経は乾の卦の最後にこの一本を置いたのでしょう。

出典:易経 文言易経 文言

十二、「善を積むの家には、必ず餘慶有り」 ― 霜を踏めば、やがて氷が張る

【白文】積善之家,必有餘慶;積不善之家,必有餘殃。臣弒其君,子弒其父,非一朝一夕之故,其所由來者漸矣,由辯之不早辯也。《易》曰「履霜、堅冰至」,蓋言順也。
【書き下し】善を積むの家には、必ず餘慶有り。不善を積むの家には、必ず餘殃有り。臣にして其の君を弒し、子にして其の父を弒するは、一朝一夕の故に非ず、其の由りて來る所の者漸なり。之を辯ずること早く辯ぜざるに由るなり。《易》に曰く「霜を履めば、堅冰至る」とは、蓋し順を言うなり。

最後は、坤の卦の文言伝です。「積善の家に余慶あり」として、日本でもよく知られた言葉です。

善を積み重ねた家には、必ず子孫にまで及ぶ喜びがある。不善を積み重ねた家には、必ず子孫にまで及ぶ災いがある。

ここだけを読むと、因果応報の教えに聞こえます。しかし、すぐ後の文章が大事です。臣が君を殺し、子が父を殺すようなことは、一朝一夕に起きるのではない。そこに至るまでの成り行きは、少しずつ進んできたのだ。早いうちに見分けておかなかったからだ。

そして、坤の卦の最初の爻の言葉が引かれます。「霜を履めば、堅冰至る」。霜を踏むようになったら、やがて固い氷が張る季節が来る。

つまりこの段が言っているのは、超自然的な報いというより、積み重ねは必ず何かを残すという道理です。善も不善も、一日では目に見えない。しかし霜の段階で気づくか、氷が張ってから気づくかで、打てる手はまったく違う。

組織の不祥事も、家業の傾きも、たいていは小さな兆しの見過ごしから始まっています。易経は、その兆しを「霜」と呼びました。

出典:易経 文言

十二句を並べ直す

最後に、十二句を並べ直しておきます。

一、天道は盈つるを虧きて謙に益し(謙)——満ちたものは減り、へりくだるものには加わる。
二、湯武命を革むるは、天に順いて人に応ずるなり(革)——改革は道理と人心の両方に応えて、時間をかけて信用される。君子豹変は、鮮やかに改めること。
三、時、止まるべくんば則ち止まり(艮)——止まることも、進むことと同じ重さの判断。
四、日中すれば則ち昃く(豊)——絶頂は傾きの始まり。盛りの役目を果たしつつ、傾きを前提にする。
五、天行は健なり、君子は以て自ら彊めて息まず(乾)——才能ではなく、持続。
六、易簡(繋辞上)——分かりやすいものだけが、続き、大きくなる。
七、一陰一陽、之を道と謂う(繋辞上)——正解は止まっていない。
八、二人心を同じくすれば、其の利きこと金を断つ(繋辞上)——深く通じ合う一人の価値。
九、窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通じ(繋辞下)——行き詰まりは変化の合図。変え方は人になじませる。
十、君子は安くして危うきを忘れず(繋辞下)——危機は安心から育つ。
十一、亢龍悔い有り(文言)——支えを失った頂点。進むことしか知らない危うさ。
十二、善を積むの家には餘慶有り(文言)——霜の段階で気づけ。

並べてみると、十二句のほとんどが「時」の話だと気づきます。満ちる時と欠ける時、止まる時と進む時、安らかな時と危うい時、霜の時と氷の時。

結び――占いの本が、経営者に読まれてきた理由

易経が占いの本であることは、最初に書いたとおりです。そして占いとは、本来、今がどんな局面なのかを知るための道具でした。

六十四の卦は、六十四の局面です。謙の局面、革の局面、艮の局面、豊の局面。それぞれに、その局面での身の処し方が書いてある。そして六本の爻は、一つの局面のなかでの段階——潜んでいるのか、飛んでいるのか、上りつめすぎているのか——を示しています。

十翼を書いた人々は、占いの答えそのものよりも、この「局面と段階を見分ける」という考え方のほうに価値を見いだしました。だから、占いの本の解説が、思想の書になったのです。

経営者が易経を読んできた理由も、たぶんそこにあります。正しい打ち手は、打ち手そのものではなく、局面との組み合わせで決まる。いま自分たちは、どの卦の、どの爻にいるのか。 易経は、その問いを立て続けるための本です。


この記事で引いた句は、いずれも師導に白文・書き下し文・現代語訳と解説つきで収録しています。『易経』は十翼の各篇を通して読めます。

易経の名句一覧

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