二宮翁夜話 / 続篇
翁曰、古語に曰く、功成り名遂げて身退くは天の道なりと云へり。天道誠に然り、然りといへども是を人道に行ふ時は智者と云ふべくして、仁者とは云ふべからず。如何となれば全く能く尽すと云ふに至らざればなり。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、古語に曰く、功成り名遂げて身退(みしりぞ)くは天の道なりと云へり。天道誠に然り、然りといへども是を人道に行ふ時は智者と云ふべくして、仁者とは云ふべからず。如何(いか)となれば全(まった)く能(よ)く尽すと云ふに至らざればなり。
現代語訳
翁が言われた。古い言葉に「功を成し名を遂げたら身を引くのが天の道である」という。天の道としてはまことにそのとおりだ。しかし、これを人の道として行うなら、智者とはいえても、仁者とはいえない。なぜなら、完全に力を尽くし切ったとはいえないからだ。
解説
老子の「功成り名遂げて身退くは天の道」という言葉に、尊徳が異を唱えた一条です。天の道理としては正しいが、人の道としては、それは智者であっても仁者ではない、と言います。なぜなら、事を成し遂げた時点で身を引くのは、まだ力を尽くし切っていないからだ、というのです。これは報徳の「勤労」と「推譲」の徹底した姿勢を示します。功成った後こそ、その徳を人に譲り、最後まで尽くすのが仁者の道だと考えたのでしょう。生涯を農村復興に捧げ倒れるまで働いた尊徳らしい教えで、現代でも、成功後に退くのではなく、得たものを社会に還元し尽くす生き方の尊さを教えてくれます。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳推譲勤労仁者功成り名遂げて身退く
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