「人を見る目がない」。

採用で失敗したあと、経営者がよく口にする言葉です。面接では感じがよかった。経歴も申し分なかった。ところが入社して半年たつと、話が違う。そういう経験が二度、三度と重なると、人は「自分には人を見る目がない」と結論します。

ただ、この言葉には問題があります。「目」という、生まれつきの能力の話にしてしまっていることです。

目がいい人と悪い人がいるなら、悪い人は諦めるしかありません。けれど実際には、採用の失敗の多くは、目の良し悪しではなく見方の問題です。何を見ているか。いつ見ているか。どこで見ているか。見方なら、変えられます。

そして、古典はこの問題について驚くほど具体的です。二千年以上前から、君主たちは同じことで悩み、家臣たちは「どこを見ればいいか」を箇条書きで答えてきました。唐の太宗が「このごろは言葉のうまさと書類の腕だけで人を選んでいる」と嘆いた記録さえ残っています。

太宗は、別の場面でこうも言っています。家臣に「推薦できる人物が見当たりません」と言われたときの返事です。

【書き下し】且つ何の代か賢無からん。但だ遺(わす)れて知らざるを患うるのみ」と。

いつの時代にも、優れた人はいる。ただ、見落として気づかないだけだ。「いい人がいない」も、「人を見る目がない」も、実は同じ症状です。見方のどこかで、取りこぼしている。

出典:貞観政要 択官

この記事では、「採用で失敗する」という状態を七つの原因に切り分け、それぞれについて東洋古典が何を書いているかを読んでいきます。原文(白文)・書き下し文・現代語訳と解説つきです。

先に一つだけ。七つを全部やろうとしないでください。 読みながら「これはうちのことだ」と思ったところが、たぶん一つか二つあります。そこだけ変えれば十分です。

まず、切り分ける ― 七つの原因

先に、七つを並べておきます。

一、言葉で取っている。 話のうまさと書類の出来で決めている。
二、自己申告を信じている。 本人が語る強みを、そのまま受け取っている。
三、見た目と雰囲気で取っている。 第一印象で、その後の評価が決まっている。
四、平時の顔しか見ていない。 順調なときの振る舞いしか知らない。
五、仕事をさせて見ていない。 会って話すだけで、使ってみていない。
六、心が揺れたときを見ていない。 怒ったとき、困ったときの顔を知らない。
七、評判と自分の好き嫌いで見ている。 周りの声と、自分の相性で判断している。

並べてみると気づくことがあります。七つとも、候補者の問題ではありません。すべて、見る側(経営者)の行動です。 候補者は昔も今も、自分をよく見せようとします。それは変えられません。変えられるのは、こちらの見方だけです。

では、一つずつ見ていきます。

一、言葉で取っている

最初は、唐の太宗の嘆きです。人事を担当する役所の選考ぶりを見て、担当大臣の杜如晦(とじょかい)にこう言いました。

【白文】比見吏部擇人,惟取其言詞刀筆,不悉其景行。數年之後,惡跡始彰,雖加刑戮,而百姓已受其弊。
【書き下し】比(このごろ)吏部の人を択ぶを見るに、惟だ其の言詞刀筆を取り、其の景行を悉(つく)さず。数年の後、悪跡始めて彰る。刑戮を加うと雖も、而れども百姓は已に其の弊を受く。

このごろの選考を見ると、言葉の巧みさと書類の腕(言詞刀筆)ばかりを取って、日ごろの行い(景行)を調べ尽くしていない。数年たってから悪い行いが明らかになる。罰しても、そのときには民がもう害を受けている。どうすれば善い人を得られるのか。

杜如晦の答えが、実に正直です。昔は、行いが郷里に知れ渡った人を地方が推薦してきた。ところが今は毎年数千人が集まってくる。

【書き下し】貌を厚くし詞を飾る。知悉すべからず。選司は但だ其の階品を配するのみ。銓簡の理は、実に未だ精ならざる所なり。才を得る能わざる所以なり」と。

表情を取り繕い、言葉を飾る。全部を見抜くことはできない。 選考の役所は、等級を割り振っているだけだ——。応募者が増えるほど、選考は「話のうまさ」と「書類の出来」に寄っていく。千四百年前の役所で、いまの採用とまったく同じことが起きていました。

孔子にも、同じ失敗の告白があります。弟子の宰予(さいよ)が、昼間から寝ていたときの言葉です。

【白文】始吾於人也,聽其言而信其行;今吾於人也,聽其言而觀其行;於予與改是。
【書き下し】始め吾人に於けるや、其の言を聴きて其の行を信ぜり。今吾人に於けるや、其の言を聴きて其の行を観る。予に於いてか是を改む。

以前の私は、人の言葉を聞けば、その行いも信じていた。今は、言葉を聞いたうえで、行いを見る。 宰予のことで、改めたのだ。

宰予は、孔子の弟子のなかでも弁舌にすぐれた人でした。言葉がうまい人ほど、言葉で取ってしまう。孔子ほどの人でも、一度はそれで外しています。

面接は、ほぼ全部が言葉です。だから面接だけで決めている限り、この失敗は構造的に起きます。対策は「面接をやめる」ことではなく、言葉以外に見る場所を、選考のなかに一つでも作ることです。

出典:貞観政要 択官論語 公冶長篇

二、自己申告を信じている

太宗は、人材が見つからない悩みの末に、こんな案を出したことがあります。「いっそ、本人に名乗り出させてはどうか」。いまで言えば、自薦制度や、自己PRを重視した選考です。

魏徴(ぎちょう)が止めました。

【白文】知人者智,自知者明。知人既以為難,自知誠亦不易。且愚暗之人,皆矜能伐善,恐長澆競之風,不可令其自舉。
【書き下し】人を知る者は智なり。自ら知る者は明なり。人を知るは既に以て難しと為す。自ら知るも誠に亦た易からず。且つ愚暗の人は、皆な能を矜り善を伐(ほこ)る。恐らくは澆競の風を長ぜん。其れをして自ら挙げしむべからず」と。

人を知るのは智であり、自分を知るのは明である。人を知るのが難しいのはもちろんだが、自分を知ることも決して易しくない。しかも、愚かで見えていない人ほど、みな自分の能力を誇り、長所を吹聴する。名乗り出させれば、軽薄な売り込み合いの風潮を育てるだけだ——。

「人を知る者は智、自ら知る者は明」は『老子』の言葉で、魏徴はそれを引いて答えています。

ここで魏徴が言っているのは、「自己申告する人は嘘つきだ」ということではありません。自分を正しく知るのは、他人を知るのと同じくらい難しい。だから本人の自己評価は、悪意がなくてもずれている。そして、ずれ方には偏りがあります。自分が見えていない人ほど、自信をもって語る。

「あなたの強みは何ですか」という質問は、面接の定番です。けれど、その答えで分かるのは、その人が自分をどう見ているかであって、その人がどういう人かではありません。自己PRは、判断の材料ではなく、答え合わせの材料として聞く。それくらいの距離が、ちょうどいいのだと思います。

出典:貞観政要 択官

三、見た目と雰囲気で取っている

言葉の次に人を惑わせるのが、見た目です。これも、孔子自身の失敗談が残っています。

【書き下し】澹臺滅明、武城の人、字は子羽。孔子より少きこと三十九歳。状貌甚だ悪く、孔子に事へんと欲するも、孔子以て材薄しと為す。既に業を受け、退きて行を修め、行くに径に由らず、公事に非ざれば卿大夫に見えず。南のかた游びて江に至り、従ふ弟子三百人、取予去就を設け、名諸侯に施く。孔子之を聞きて曰く、「吾言を以て人を取り、之を宰予に失す。貌を以て人を取り、之を子羽に失す」と。

弟子の澹台滅明(たんだいめつめい)、字(あざな)は子羽(しう)は、容貌がたいそう醜かった。孔子に仕えたいと願い出たとき、孔子は「才が乏しい」と見た。ところが子羽は、学び終えると退いて行いを磨き、近道をせず、公用でなければ高官に会わなかった。やがて南方で三百人の弟子を従え、その名は諸侯のあいだに知れ渡った。

それを聞いた孔子の言葉が、「言葉で人を取って、宰予で失敗した。見た目で人を取って、子羽で失敗した」です。一つ目の原因の宰予と、ここで並んでいます。

もう一つ、『貞観政要』に、短くて痛烈な記録があります。太宗が李緯(りい)という人物を戸部尚書(財務大臣)に任じたとき、都を預かっていた重臣・房玄齢(ぼうげんれい)がどう反応したかを尋ねました。

【書き下し】対えて曰く、「但だ『李緯は大いに髭鬚(ししゅ)好し』と云うのみ。更に他語無し」と。是に由りて改めて洛州刺史を授く。

房玄齢は、ただ「李緯は、実に立派な髭をしている」と言っただけで、ほかには何も言わなかった。太宗はそれを聞いて、李緯を地方の長官に任じ直した。

房玄齢は、李緯を悪く言っていません。褒めてさえいます。髭しか褒めるところがない、という褒め方で。太宗はその意味を正確に受け取りました。

見た目や雰囲気がよい人は、実際以上に有能に見えます。反対に、見た目で損をしている人は、実際以下に見えます。第一印象は、その後の観察を全部ゆがめます。 面接の最初の数分で「この人はいい」と思うと、そのあとの受け答えを、無意識にその結論に合わせて聞いてしまう。孔子が一度外したのは、たぶんそういうことです。

出典:史記 仲尼弟子列伝貞観政要 択官

四、平時の顔しか見ていない

ここから、「では、どこを見ればいいのか」という話になります。最初は、戦国時代の魏の話です。

魏の文侯が、宰相を二人の候補のどちらにするかで迷い、家臣の李克(りこく)に相談しました。李克は「私のような者が決めることではありません」と一度断ったうえで、こう答えます。

【白文】居視其所親,富視其所與,達視其所舉,窮視其所不爲,貧視其所不取,五者足以定之矣,何待克哉!
【書き下し】居りては其の親しむ所を視、富みては其の与ふる所を視、達しては其の挙ぐる所を視、窮しては其の為さざる所を視、貧しくては其の取らざる所を視る。五者以て之を定むるに足れり、何ぞ克を待たんや」と。

普段は、誰と親しくしているかを見る。富んだら、誰に分け与えるかを見る。出世したら、誰を推薦するかを見る。行き詰まったら、何をしないかを見る。貧しいときは、何を受け取らないかを見る。この五つで十分に決められる。私の意見など要らないでしょう。

五つを並べると、「平時」の項目が一つしかないことに気づきます。残りの四つは、富んだとき、出世したとき、行き詰まったとき、貧しいとき。つまり状況が変わったときです。

そして、見るのは「何をするか」だけではありません。「何をしないか」「何を受け取らないか」。追い詰められたときにやらないこと、困っているときに手を出さないもの。そこにその人の芯が出る、という見方です。

『史記』はこのあと、李克の答えを聞いた文侯が、魏成(ぎせい)という人物を宰相にしたと続けています。魏成は収入の大半を人に分け与え、推薦した人物を文侯が師として敬うほどでした。「誰を推薦するか」が、そのまま決め手になったわけです。

面接で見られるのは、ほぼ「平時」の顔だけです。経歴書は、うまくいった話の集まりです。だから、たずねる価値があるのは、うまくいかなかったときの話です。いちばん追い込まれたとき、何をしなかったか。部下を持ったとき、誰を引き上げたか。

出典:史記 魏世家

五、仕事をさせて見ていない

李克の五つは「見る」でしたが、『荘子』に出てくる孔子の言葉は、さらに一歩進んで「使ってみる」です。

【書き下し】凡そ人の心は山川より険しく、天を知るより難し。天は猶お春秋冬夏旦暮の期有り。人なる者は貌(かたち)厚く情深し。……故に君子は遠く之を使いして其の忠を観、近く之を使いして其の敬を観、煩わしく之を使いして其の能を観、卒然として焉(これ)に問いて其の知を観、急に之と期して其の信を観、之に委ぬるに財を以てして其の仁を観、之に告ぐるに危を以てして其の節を観、之を酔わしむるに酒を以てして其の側(かたむき)を観、之を雑(まじ)うるに処を以てして其の色を観る。九徴至れば、不肖の人得らるるなり」と。

人の心は山や川より険しく、天を知るより難しい。天には春夏秋冬の決まりがあるが、人は外見が厚く、内側が深い。だから君子は、九つの場面で人を試す。

  • 遠くへ使いに出して、忠実さを見る。
  • 近くで使って、敬意を見る。
  • 面倒な仕事をさせて、能力を見る。
  • 不意に質問して、知恵を見る。
  • 急な期限を与えて、約束を守るかを見る。
  • 財を預けて、思いやりを見る。
  • 危険を告げて、節操を見る。
  • 酒に酔わせて、偏りを見る。
  • いろいろな人のなかに置いて、色(欲)を見る。

この九つがそろえば、出来の悪い人間は見抜ける——。「九徴(きゅうちょう)」と呼ばれる一節です。『荘子』のなかで孔子に語らせている言葉なので、孔子本人の言葉とは限りませんが、中身は実に具体的です。

九つのうち、面接の場でできるのは「不意に質問する」くらいです。残りは全部、実際に仕事をさせないと分からない。目の届かないところで一人でやらせる。面倒な仕事を渡す。短い締め切りを切る。お金を預ける。

いまの採用で言えば、試用期間、業務委託からの登用、インターン、小さな案件での協業がこれに当たります。面接で一時間話すより、一週間いっしょに働くほうが分かる。昔の人は、それを九つに分けて書いていました。

出典:荘子 列禦寇

六、心が揺れたときを見ていない

『呂氏春秋』の論人篇は、さらに踏み込みます。まず、なぜ人を見誤るのかを一行で言います。

【書き下し】人、類を同じくして智殊にし、賢不肖異なれども、皆巧言辯辭して、以て自ら防禦す。此れ不肖の主の亂るる所以なり。

人は同じ人間でも、知恵も賢さもまるで違う。ところがみな巧みな言葉で自分を守る。それに惑わされるのが、愚かな君主が失敗する理由だ。——一つ目の原因と同じ診断です。

そのうえで、見る場面を八つ(八観)挙げ、さらに六つの「試し方」(六験)を並べます。

【書き下し】之を喜ばせて以て其の守を驗し、之を樂しませて以て其の僻を驗し、之を怒らせて以て其の節を驗し、之を懼れさせて以て其の特を驗し、之を哀しませて以て其の人を驗し、之を苦しませて以て其の志を驗す。

喜ばせて、守るべきものを守れるかを試す。楽しませて、隠れた癖を試す。怒らせて、節度を試す。 恐れさせて、ひとりで立てるかを試す。悲しませて、人柄を試す。苦しませて、志を試す。

八観が「状況が変わったとき」なら、六験は「感情が動いたとき」です。人は、機嫌がいいとき、腹を立てたとき、怖いとき、苦しいときに、平時とは違う顔を見せます。そして仕事の成否を分けるのは、たいていその顔のほうです。クレームを受けたとき、部下が失敗したとき、案件を失いかけたとき。

もちろん、候補者をわざと怒らせたり苦しめたりするわけにはいきません。現実的な使い方は、過去の経験をたずねることです。いちばん腹が立った仕事は何か、そのときどうしたか。いちばん苦しかった時期は、何を支えにしたか。そして、話の中身より、その話をするときの様子を見る。

論人篇は、さらに「六戚・四隠」——家族と、友人・旧知・郷里・身近な人——を通して見よ、とも書いています。外では八観・六験、内では身近な人たち。そうすれば、雨を逃れようとしても逃れられないように、見誤ることはない、と。いまで言えば、リファレンスチェックに近い発想です。

出典:呂氏春秋 論人

七、評判と自分の好き嫌いで見ている

最後は、見る側の心の問題です。孔子の短い一句から。

【書き下し】子曰く、衆之を悪むも、必ず察す。衆之を好むも、必ず察す。

大勢が嫌っていても、必ず自分で確かめる。大勢が好んでいても、必ず自分で確かめる。

評判は便利です。前の職場での評判、業界での噂、紹介者の太鼓判。ただ、評判は誰かの目を通したもので、その誰かの物差しが自分と同じとは限りません。大勢に好かれる人が優秀とは限らず、大勢に嫌われる人が無能とも限らない。

そして、明の呂坤(りょこん)は、この句にさらに一段を足しました。『呻吟語』の一節です。

【白文】眾惡之必察焉,眾好之必察焉,易;自惡之必察焉,自好之必察焉,難。
【書き下し】眾之を惡まば必ず察し、眾之を好まば必ず察するは、易し。自ら之を惡まば必ず察し、自ら之を好まば必ず察するは、難し。

大勢が嫌うとき、大勢が好むときに確かめるのは、易しい。自分が嫌うとき、自分が好むときに確かめるのは、難しい。

これが七つのなかで、いちばん厄介な原因だと思います。周りの評判を疑うことはできても、自分の「この人とは合う」「この人は苦手だ」という感覚は、疑いにくい。しかも、面接で「合う」と感じる相手は、たいてい自分と似た人です。似た人ばかり採れば、組織は同じ弱点を抱えた人の集まりになります。

気が合った候補者ほど、もう一度確かめる。苦手だと感じた候補者ほど、もう一度会う。自分の好き嫌いを、判断の材料ではなく、確かめるべき合図として扱う。呂坤が「難し」と書いたのは、それがどれほど難しいかを知っていたからでしょう。

出典:論語 衛霊公篇呻吟語 外篇・人情

七つのうち、どれを選ぶか

改めて、七つを並べ直します。

一、言葉で取っている ——言葉を聞いたうえで、行いを見る。
二、自己申告を信じている ——自己PRは答え合わせの材料にする。
三、見た目と雰囲気で取っている ——第一印象を、その後の観察に持ち込まない。
四、平時の顔しか見ていない ——うまくいかなかったとき、何をしなかったかを聞く。
五、仕事をさせて見ていない ——話すより、いっしょに働く。
六、心が揺れたときを見ていない ——怒ったとき、苦しいときの話を、話しぶりごと聞く。
七、評判と自分の好き嫌いで見ている ——気が合った人ほど、もう一度確かめる。

全部やろうとしないでください。 採用のやり方を一度に七か所変えることは、どんな会社にもできません。

実務的には、直近で外した採用を一人思い出して、七つのどこで外したかを考えるのがいちばんです。言葉がうまかったのか。印象がよかったのか。評判を信じたのか。たいてい、原因は一つか二つに絞れます。そこだけ変える。

最後に ― 見抜く目に頼らない仕組み

韓非子は、孔子の子羽と宰予の失敗を引いたうえで、こう結論しています。

【白文】故明主之吏・宰相必起於州部、猛將必發於卒伍。
【書き下し】故に明主の吏・宰相は必ず州部より起こり、猛將は必ず卒伍より發る。

優れた君主の宰相は、必ず地方の役人から起こり、猛将は、必ず一兵卒から出る。

言葉でも見た目でも見誤る。孔子でさえ見誤る。だから韓非子は、「見抜く目を鍛えよ」とは言いませんでした。小さな役目を与えて、実際の働きを見ながら、段階を踏んで引き上げよ、と言ったのです。人を見る目に頼らない仕組みです。

七つの原因は、すべて見る側の行動でした。そして処方も、突き詰めれば一つに行き着きます。一回で見抜こうとしないこと。 状況を変え、時間をかけ、使いながら見る。「人を見る目がない」と感じている経営者に必要なのは、たぶん、よりよい目ではありません。見る回数と、見る場所です。

出典:韓非子 顯學第五十


この記事で引いた古典は、いずれも師導に原文・書き下し文・現代語訳と解説つきで収録しています。人を見る場面は、これらの書のあちこちに出てきます。

貞観政要の名句一覧 呂氏春秋の名句一覧 論語の名句一覧 史記の名句一覧 荘子の名句一覧 呻吟語の名句一覧 韓非子の名句一覧

採ったあと、人がどう育ち、なぜ辞め、どう継いでいくか。同じ「人」の悩みを扱った記事があります。

部下が育たないと感じたら ― 原因を七つに切り分ける、東洋古典の処方箋
優秀な人ほど辞めていく ― 原因を七つに切り分ける、東洋古典の処方箋
イエスマンばかりになる理由 ― 本音が上がってこない七つの原因と、東洋古典の処方箋
後継者をどう決めるか ― 名君・唐の太宗が失敗した事業承継を、『貞観政要』で読む
聖人、君子、小人、愚人の違いと、幹部や後継者に求められる資質
貞観政要の名言12選 — 原文・現代語訳と、名君が崩れていく記録