『荘子(そうじ)』は、老子と並ぶ道家の代表的な古典です。
「胡蝶の夢」「井の中の蛙」「朝三暮四」「無用の用」「木鶏」「顰(ひそ)みに倣う」——いまも日本語として使われている言葉の多くが、この一冊から出ています。名前は知らなくても、中身の一部はすでに知っている。そういう本です。
ただ、読み始めると戸惑う人が少なくありません。教えを箇条書きで説く本ではないからです。巨大な魚が鳥に化けて飛び立つ話、料理人が牛をさばく話、井戸の蛙と海の亀の会話。ほとんどが寓話(たとえ話)で、しかも結論をはっきり書いてくれません。 読む側が自分で意味を掴みにいくしかない。
ところが経営者やリーダーのなかには、この本を愛読書に挙げる人が少なくありません。役に立つかどうかで物を測る世界に長くいる人ほど、「その物差し自体を疑え」という荘子の声が効くのだと思います。
この記事では、『荘子』の名言を十二句、白文(原文)・書き下し文・現代語訳と解説つきで読んでいきます。並べる順番は本そのものの順で、内篇から外篇、雑篇へと進みます。
『荘子』とは何か ― 寓話で書かれた思想書
先に、本の輪郭を押さえておきます。
著者とされる荘周(そうしゅう)は、戦国時代の宋の国の人で、生没年ははっきりしません。紀元前四世紀ごろ、孟子とほぼ同じ時代に生きたとされます。司馬遷の『史記』によれば、漆畑を管理する小役人を務めたことがあるだけで、楚の王から宰相に招かれても断った、と伝えられています。
いま読まれている『荘子』は全三十三篇で、内篇七・外篇十五・雑篇十一に分かれます。この形に整えたのは、西晋の時代の学者・郭象(かくしょう)だとされます。一般に、内篇がもっとも荘周本人の思想に近く、外篇・雑篇には後の弟子たちの手が多く入っていると考えられています。
中身を一言でまとめるのは難しいのですが、あえて言えば「人間がつくった物差しを、いったん外してみよ」という本です。役に立つ・立たない、大きい・小さい、正しい・間違い。私たちが当たり前に使っている区別は、どれも人間の都合でつくられたものにすぎない。そう気づいたとき、人はもう少し自由に、もう少し長く生きられる——。そういう話が、寓話の形で延々と続きます。
なお、書の冒頭を飾る巨大な鳥・鵬(ほう)の話は燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやで、有名な「胡蝶の夢」は『自分とか、ないから。』の次に読む原典で詳しく読んでいます。この記事では、それ以外の句を選びました。
では、中身に入ります。
一、朝三暮四 ― 猿を笑って終わらない
【白文】勞神明為一,而不知其同也,謂之朝三。何謂朝三?曰狙公賦芧,曰:「朝三而莫四。」眾狙皆怒。曰:「然則朝四而莫三。」眾狙皆悅。名實未虧,而喜怒為用,亦因是也。
【書き下し】神明を労して一と為して、而も其の同じきを知らざる、之を朝三(ちょうさん)と謂う。何をか朝三と謂う。曰く、狙公(そこう)芧(じょ)を賦(わか)ちて曰く、「朝に三にして暮に四」と。衆狙(しゅうそ)皆怒る。曰く、「然らば則ち朝に四にして暮に三」と。衆狙皆悦ぶ。名実未だ虧(か)けざるに、而も喜怒用を為す。亦た是に因るなり。
猿回しが猿たちにトチの実を配ることになり、「朝に三つ、夕方に四つ」と言ったら、猿はみな怒った。「では朝に四つ、夕方に三つ」と言ったら、みな喜んだ。
「朝三暮四」は、いまでは「目先の違いにとらわれて、結果が同じことに気づかない愚かさ」、あるいは「言葉巧みに人をだますこと」の意味で使われます。猿を笑う話として知られています。
ところが原文を読むと、荘子は猿を笑って終わっていません。この段は、次の一文で締めくくられます。
【書き下し】是を以て聖人は之を和するに是非を以てして、天鈞(てんきん)に休(いこ)う。是を之れ両行(りょうこう)と謂う。
猿回しは、猿と言い争いませんでした。「合計は同じだ」と理屈で説き伏せることもしなかった。実質(一日に七つ)は一つも変えずに、猿が納得する形のほうを選んだ。 荘子はこれを「両行(りょうこう)」——両方を同時に立てること——と呼んでいます。
組織で何かを変えるとき、「中身は同じなのだから文句を言うな」と正論で押し切りたくなる場面があります。しかし、正しさを証明することと、物事を前に進めることは別の仕事です。実質を守ったまま、相手の腑に落ちる形を探す。 猿回しの仕事は、案外高度です。
出典:荘子 斉物論
二、庖丁解牛 ― 十九年、刃こぼれしない包丁
【白文】良庖歲更刀,割也;族庖月更刀,折也。今臣之刀十九年矣,所解數千牛矣,而刀刃若新發於硎。……每至於族,吾見其難為,怵然為戒,視為止,行為遲。
【書き下し】良庖(りょうほう)は歳ごとに刀を更(か)う、割けばなり。族庖(ぞくほう)は月ごとに刀を更う、折ればなり。今臣の刀は十九年なり。解く所数千牛なり。而も刀刃(とうじん)は新たに硎(と)ぎに発(い)でたるが若し。彼の節(ふし)なる者に間(すきま)有りて、刀刃なる者は厚さ无し。厚さ无きを以て間有るに入る。恢恢乎(かいかいこ)として其の刃を遊ばすに於いて必ず余地有り。是を以て十九年にして刀刃は新たに硎ぎに発でたるが若し。
「包丁」という言葉の語源になったとも言われる、料理人・庖丁(ほうてい)の話です(「庖」は台所、「丁」は料理人の名)。
王の前で牛をさばく庖丁の手さばきは、まるで舞のように音楽的でした。感嘆する王に、庖丁は答えます。腕のいい料理人でも、一年に一度は包丁を替える。肉を「切る」からです。並の料理人は月に一度替える。骨を「断つ」からです。ところが私の包丁は十九年使い、数千頭の牛をさばいてきたのに、いまも研ぎたてのようだ。
理由は、牛の体の「隙間」にあります。関節には必ず隙間があり、刃には厚みがない。厚みのないものを隙間に入れるのだから、刃が何かにぶつかることはない。抵抗のあるところで戦わず、構造の継ぎ目に沿って進む。 だから刃が減らない。
そして、この段でいちばん大事なのは、続く一節だと思います。十九年やってきた達人でも、筋が入り組んだ難所に来るたびに「怵然(じゅつぜん)として戒めを為し、視ること為に止まり、行うこと為に遅し」——はっと身を引き締め、目を凝らし、手を遅くする。
熟練とは、何でも速くこなせるようになることではありません。難所を見分けられるようになり、そこでだけ慎重になれること。 力任せに仕事を押し切る人ほど早く消耗し、構造を読む人ほど長く続きます。
出典:荘子 養生主
三、無用の用 ― 役に立つから、切られる
【白文】山木自寇也,膏火自煎也。桂可食,故伐之;漆可用,故割之。人皆知有用之用,而莫知無用之用也。
【書き下し】山木(さんぼく)は自ら寇(あだ)するなり。膏火(こうか)は自ら煎(に)るなり。桂(けい)は食らうべし、故に之を伐(き)る。漆(うるし)は用うべし、故に之を割く。人は皆な有用の用を知るも、而も無用の用を知る莫きなり。
山の木は、自分で災いを招いている。灯火の油は、自分で自分を焼いている。桂(シナモンの木)は食べられるから伐られ、漆は使えるから樹皮を裂かれる。人はみな、役に立つものの役立ち方は知っているが、役に立たないものの役立ち方を知らない。
「無用の用」の出典です。『荘子』には、この考えを語る話が何度も出てきます。最初の篇の最後では、論敵の恵子(けいし)が「あなたの話は、節くれ立って材木にならない大木のように役に立たない」と皮肉を言い、荘子が「役に立たないから誰にも伐られず、その木陰で昼寝ができるではないか」と返しています(荘子 逍遥遊)。
ここで荘子は、「役立たずでいろ」と言っているわけではありません。「役に立つ」という物差しが一本しかないことの危うさを言っているのです。
会社でいえば、すぐに数字になる事業、すぐに成果を出す人だけを評価していると、組織は少しずつ痩せていきます。基礎研究、人材育成、取引先との長いつきあい。短期の物差しでは「無用」に見えるものが、十年後の会社を支えていることは珍しくありません。そして、有能な人ほど「使える」から酷使され、燃え尽きていく。桂や漆と同じです。
出典:荘子 人間世
四、渾沌の死 ― 善意の穴
【白文】南海之帝為儵,北海之帝為忽,中央之帝為渾沌。儵與忽時相與遇於渾沌之地,渾沌待之甚善。儵與忽謀報渾沌之德,曰:「人皆有七竅,以視聽食息,此獨無有,嘗試鑿之。」日鑿一竅,七日而渾沌死。
【書き下し】南海の帝を儵(しゅく)と為し、北海の帝を忽(こつ)と為し、中央の帝を渾沌(こんとん)と為す。儵と忽と時に相与(あいとも)に渾沌の地に遇う。渾沌之を待つこと甚だ善し。儵と忽と渾沌の徳に報いんことを謀りて曰く、「人は皆な七竅(しちきょう)有りて、以て視聴食息(しちょうしょくそく)す。此れ独り有ること無し。嘗(こころ)みに之を鑿(うが)たん」と。日に一竅を鑿ち、七日にして渾沌死せり。
内篇の最後、つまり荘周本人の思想に最も近いとされる七篇の、まさに最後に置かれた話です。
南の海の帝・儵(しゅく)と北の海の帝・忽(こつ)は、中央の帝・渾沌(こんとん)のもとでたびたび手厚くもてなされていました。お礼がしたい。二人は相談して言います。人には目・耳・鼻・口の七つの穴があるのに、渾沌にだけはない。穴を開けてあげよう。一日に一つずつ穴を開けていき、七日目に渾沌は死んだ。
動機は、純粋な善意です。悪意はどこにもない。それでも、渾沌が渾沌であるための何かを削り取った結果、渾沌は死にました。
組織のなかで、私たちは毎日のように「穴を開けて」います。分かりやすくするため、標準化するため、測れるようにするため。どれも正しい改善です。しかし、あるチームがうまく回っている理由が、実は言葉にしにくい曖昧さのなかにあった——ということは珍しくありません。「良かれと思って」の改善ほど、止まって考える機会がない。 渾沌の話は、そのことを七日間かけて見せています。
出典:荘子 応帝王
五、輪扁 ― 書物は、昔の人の酒粕
【白文】斲輪,徐則甘而不固,疾則苦而不入。不徐不疾,得之於手而應於心,口不能言,有數存焉於其間。臣不能以喻臣之子,臣之子亦不能受之於臣,是以行年七十而老斲輪。
【書き下し】輪を斲るに、徐(ゆる)ければ則ち甘(かん)にして固からず、疾(と)ければ則ち苦(く)にして入らず。徐ならず疾ならざるは、之を手に得て心に応ず。口に言う能わず、数(すう)有りて焉(ここ)に其の間に存す。臣は以て臣の子に喩(さと)す能わず、臣の子も亦た之を臣より受くる能わず。是を以て行年七十にして老いて輪を斲る。
斉の桓公が広間で書物を読んでいると、車輪職人の扁(へん)が作業の手を止めて尋ねました。「何をお読みですか」「聖人の言葉だ」「その聖人は生きておられますか」「もう死んだ」「では、殿がお読みなのは昔の人の酒粕(さけかす)にすぎませんな」。
怒った桓公に、扁は自分の仕事で説明します。車輪を削るとき、ゆっくり削れば緩くなり、速く削れば固くて入らない。そのちょうどよい加減は、手が覚えていて心がそれに応じるもので、口では言えない。 息子にも教えられず、息子も私から受け取れない。だから七十になっても、まだ自分で車輪を削っている——。
書物に残るのは、昔の人が言葉にできた部分だけです。本当に肝心な部分は、その人と一緒に死んでしまった。だから書物は、酒を搾ったあとの粕だ、と。
古典を読むサイトで、この句を紹介するのは少し妙かもしれません。しかし、これは読書を否定する話ではないと思います。読んで分かった気になることへの警告です。経営書を何冊読んでも、会社は回せるようにならない。手を動かし、失敗し、体で覚えたことだけが残る。そのうえで読み返すと、同じ一行がまったく違って見える——古典を読む楽しみは、むしろそこにあります。
出典:荘子 天道
六、顰みに倣う ― なぜ美しかったのかを知らない
【白文】故西施病心而矉其里,其里之醜人見而美之,歸亦捧心而矉其里。其里之富人見之,堅閉門而不出;貧人見之,挈妻子而去之走。彼知矉美而不知矉之所以美。
【書き下し】故に西施(せいし)心を病みて其の里に矉(ひそ)む。其の里の醜人(しゅうじん)見て之を美とし、帰りて亦た心を捧げて其の里に矉む。其の里の富人之を見て、堅く門を閉じて出でず。貧人之を見て、妻子を挈(たずさ)えて之を去りて走る。彼は矉むの美なるを知りて、矉むの美なる所以を知らざるなり。
春秋時代の美女・西施(せいし)は、胸の病で顔をしかめて村を歩いていました。その姿さえ美しかった。それを見た村の醜い女が、真似をして胸を押さえ、顔をしかめて歩きました。すると村の金持ちは門を閉ざして外に出ず、貧しい者は妻子を連れて逃げ出した。
「顰(ひそ)みに倣(なら)う」の出典です。いまでは「人のまねをすることを、へりくだって言う」ときにも使います。
決定的なのは最後の一文です。あの女は、しかめ面が美しいことは知っていたが、なぜそれが美しかったのかを知らなかった。
この話は、孔子の一行が諸国を回って周の昔の礼を広めようとしていることを、ある人物が批判する場面で語られています。直前には「礼儀も法も、時代に応じて変わるものだ。猿に周公の礼服を着せても、噛みちぎって脱ぎ捨てるだけだ」とあります。
成功した会社のやり方を、自社にそのまま持ち込む。流行りの制度を、理由を確かめずに導入する。形だけを写して、その形が機能していた理由を掴んでいなければ、猿に礼服を着せるのと同じです。真似るなら、「なぜ」まで持ち帰る必要があります。
出典:荘子 天運
七、井の中の蛙 ― 海もまた、自分を誇らない
【白文】井蛙不可以語於海者,拘於虛也;夏蟲不可以語於冰者,篤於時也;曲士不可以語於道者,束於教也。
【書き下し】井蛙(せいあ)は以て海を語るべからざる者は、虚に拘(こだ)わればなり。夏虫(かちゅう)は以て冰(こおり)を語るべからざる者は、時に篤(あつ)ければなり。曲士(きょくし)は以て道を語るべからざる者は、教に束(つな)がるればなり。
秋の長雨で水かさを増した黄河の神・河伯(かはく)は、天下の美はすべて自分のものだと得意になって流れ下り、北の海に出て、その果てしなさに初めて呆然とします。そこで北海の神・若(じゃく)が語ったのが、この言葉です。
井戸の蛙に海のことを話しても通じないのは、狭い場所に囚われているから。夏の虫に氷のことを話しても通じないのは、季節に縛られているから。一つの教えしか知らない者に大きな道を話しても通じないのは、その教えに縛られているから。空間・時間・教え。人を縛る井戸は三種類ある、ということです。
「井の中の蛙大海を知らず」はここから生まれた言葉ですが、原文には続きがあります。海の神は、自分の大きさを誇りません。
【書き下し】吾天地の間に在るは、猶お小石小木の大山に在るがごとし。方(まさ)に少なきを見るに存す。又た奚(なん)ぞ以て自ら多とせんや。
私が天地の間にあるのは、小石や小さな木が大きな山にあるようなものだ。小ささを見ているのに、どうして自分を誇れようか。
上には上がいる、で終わらない。その「上」もまた、もっと大きなものから見れば小さい。 業界で一番になった会社ほど、この続きを読む価値があります。井戸を出て海を見た瞬間が、次の井戸の底かもしれないからです。
出典:荘子 秋水
八、邯鄲の歩み ― 真似をして、元の歩き方まで忘れる
【白文】且子獨不聞壽陵餘子之學行於邯鄲與?未得國能,又失其故行矣,直匍匐而歸耳。今子不去,將忘子之故,失子之業。
【書き下し】且つ子は独り寿陵(じゅりょう)の余子(よし)の行を邯鄲(かんたん)に学べるを聞かずや。未だ国能を得ずして、又た其の故(もと)の行を失えり。直だ匍匐(ほふく)して帰るのみ。今子去らずんば、将に子の故を忘れ、子の業を失わんとす」と。
同じ秋水篇の後半、論理学者として名高い公孫龍(こうそんりゅう)が、荘子の言葉がさっぱり分からないと打ち明ける場面です。答えた公子牟(ぼう)は、まず「崩れた井戸の蛙」の話で公孫龍を笑い、最後にこの話で締めくくります。
燕の国の寿陵という町の若者が、趙の都・邯鄲の人々の歩き方が洗練されていると聞いて、習いに行った。ところが邯鄲の歩き方は身につかず、そのうえ元の歩き方まで忘れてしまい、這って帰るしかなかった。 あなたも早く帰らないと、自分の元の持ち味を忘れ、自分の仕事を失うことになる——。
「邯鄲の歩み」の出典です。六の「顰みに倣う」と似ていますが、こちらが言っているのは、真似に失敗することの代償です。うまく真似られなかった、で済まない。真似をしているあいだに、もともと持っていたものまで錆びつく。
公孫龍は、当代一の議論の名手でした。その技を捨てて荘子を真似ても、両方失うだけだ、と公子牟は言っています。他社の強みに憧れて、自社の強みを手放していないか。 一度問い直す価値がある句です。
出典:荘子 秋水
九、木鶏 ― 強さとは、余計なものが落ちたあとに残るもの
【白文】紀渻子為王養鬥雞。十日而問:「雞已乎?」曰:「未也。方虛憍而恃氣。」十日又問。曰:「未也。猶應嚮景。」十日又問。曰:「未也。猶疾視而盛氣。」十日又問。曰:「幾矣。雞雖有鳴者,已無變矣,望之似木雞矣,其德全矣,異雞無敢應者,反走矣。
【書き下し】紀渻子(きせいし)王の為に闘鶏を養う。十日にして問う、「鶏已(お)わるか」と。曰く、「未だし。方に虚憍(きょきょう)にして気を恃(たの)む」と。十日にして又た問う。曰く、「未だし。猶お嚮景(きょうえい)に応ず」と。十日にして又た問う。曰く、「未だし。猶お疾視(しっし)して気を盛んにす」と。十日にして又た問う。曰く、「幾(ちか)し。鶏に鳴く者有りと雖も、已に変ずる無し。之を望むに木鶏に似たり。其の徳全し。異鶏の敢えて応ずる者無く、反りて走る」と。
闘鶏を育てる名人・紀渻子(きせいし)は、王に頼まれて一羽の鶏を仕込みます。王は十日ごとに「もうできたか」と尋ねました。
- 十日目:まだです。虚勢を張り、自分の気合いを頼みにしています。
- 二十日目:まだです。ほかの鶏の声や影に、いちいち反応します。
- 三十日目:まだです。相手を睨みつけ、気をみなぎらせています。
- 四十日目:そろそろです。ほかの鶏が鳴いても、もう動じない。遠くから見ると、木彫りの鶏のようです。 ほかの鶏は向かってくることもできず、逃げ出します。
「木鶏(もっけい)」の出典です。昭和の大横綱・双葉山が六十九連勝で止まった日、「未だ木鶏たりえず」と知人に電報を打ったという話が伝えられ、この言葉を広く知らしめました。
この段の面白さは、強くなっていく過程が「足していく」のではなく「削っていく」形で書かれていることです。虚勢が消え、反応が消え、気迫が消える。最後に残った鶏は、何も発していないのに、相手が勝手に逃げていく。
リーダーも同じだと思います。部下の一言にいちいち反応し、競合の動きに一喜一憂し、会議で相手を睨み伏せようとしているうちは、まだ二十日目、三十日目です。動じないことは、鍛えて足すものではなく、削って残るもの。 そう読むと、この話はずいぶん実践的です。
出典:荘子 達生
十、君子の交わりは淡きこと水の若し
【白文】且君子之交淡若水,小人之交甘若醴;君子淡以親,小人甘以絕。彼無故以合者,則無故以離。
【書き下し】且つ君子の交わりは淡きこと水の若く、小人の交わりは甘きこと醴(あまざけ)の若し。君子は淡くして以て親しみ、小人は甘くして以て絶つ。彼の故無くして合する者は、則ち故無くして離るるなり」と。
各地で迫害され、弟子や友人も離れていった孔子が、なぜこうなったのかと隠者の子桑雽(しそうこ)に尋ねる場面です。
子桑雽はまず、ある逃亡者の話をします。林回(りんかい)という男が国を追われるとき、千金の値打ちのある玉を捨てて、赤ん坊を背負って逃げた。なぜ玉を捨てたのかと問われて、林回は答えます。「玉とは利で結ばれている。この子とは天のつながりで結ばれている。」 利で結ばれた関係は、苦しいときに見捨て合う。天で結ばれた関係は、苦しいときに引き受け合う。
そして、この有名な一句が来ます。君子の交わりは水のように淡く、小人の交わりは甘酒のように甘い。君子は淡いから親しみが続き、小人は甘いから切れる。 確かな理由もなく結びついた者は、同じように理由もなく離れていく。
取引先との関係、社内の人間関係、経営者どうしのつきあい。接待や利害でべったり結びついた関係は、状況が変わると驚くほどあっさり切れます。一方、普段は淡々としているのに、困ったときに黙って手を貸してくれる相手がいる。甘さで測らず、淡さで測る。 人との距離の取り方として、これ以上簡潔な言葉はなかなかありません。
出典:荘子 山木
十一、郢人と匠石 ― 論敵がいなくなった日
【白文】郢人堊慢其鼻端若蠅翼,使匠石斲之。匠石運斤成風,聽而斲之,盡堊而鼻不傷,郢人立不失容。宋元君聞之,召匠石曰:『嘗試為寡人為之。』匠石曰:『臣則嘗能斲之。雖然,臣之質死久矣。』自夫子之死也,吾無以為質矣,吾無與言之矣。
【書き下し】郢人(えいひと)堊(あく)を其の鼻端に慢(ぬ)ること蠅翼(ようよく)の若し。匠石をして之を斲(き)らしむ。匠石斤(おの)を運らして風を成し、聴(まか)せて之を斲る。堊を尽くして鼻を傷つけず。郢人は立ちて容を失わず。宋の元君之を聞き、匠石を召して曰く、『嘗みに寡人の為に之を為せ』と。匠石曰く、『臣は則ち嘗て能く之を斲れり。然りと雖も、臣の質は死して久し』と。夫子の死してより、吾は以て質と為す無し。吾は与に之を言うこと無し」と。
荘子が葬列に加わった帰り、恵子(けいし)の墓の前を通ったときの言葉です。恵子は、この記事の三で「役に立たない大木」を持ち出して荘子を皮肉った、あの論敵です。二人は生涯、議論を戦わせ続けました。
荘子は従者に、ある話をします。楚の都・郢(えい)の男が、鼻の先に蠅の羽ほど薄く白土を塗り、大工の石(せき)にそれを削らせた。石は風を起こすほどの速さで斧を振るい、白土だけを削り落とした。男は顔色ひとつ変えずに立っていた。宋の王がこれを聞いて自分の前でやらせようとすると、石は答えた。「かつてはできました。しかし、私の相手はとうに死にました。」
そして荘子は言います。先生(恵子)が亡くなってから、私には相手がいない。ともに語る相手がいない。
斧の名人の技は、微動だにしない相手がいて初めて成り立っていました。荘子の思想もまた、恵子という手強い反論者がいたから研ぎ澄まされた。本当に価値のある相手は、賛同してくれる人ではなく、本気で反論してくれる人です。 経営者の周りからは、年を追うごとに反論する人が減っていきます。この句を読むと、自分にとっての恵子は誰か、と考えずにはいられません。
出典:荘子 徐無鬼
十二、涸轍の鮒 ― いま要るのは、一升の水
【白文】周顧視車轍中,有鮒魚焉。周問之曰:『鮒魚來!子何為者邪?』對曰:『我,東海之波臣也。君豈有斗升之水而活我哉?』周曰:『諾。我且南遊吳、越之王,激西江之水而迎子,可乎?』鮒魚忿然作色曰:『吾失我常與,我無所處。吾得斗升之水然活耳,君乃言此,曾不如早索我於枯魚之肆!
【書き下し】周顧みて車轍(しゃてつ)の中を視れば、鮒魚(ふぎょ)有り。周之に問いて曰く、『鮒魚よ、来たれ。子は何を為す者ぞや』と。対えて曰く、『我は、東海の波臣なり。君は豈に斗升(としょう)の水有りて我を活かすこと有らんか』と。周曰く、『諾。我且(まさ)に南のかた呉・越の王に遊び、西江の水を激して子を迎えんとす。可ならんか』と。鮒魚忿然として色を作して曰く、『吾は我が常与(じょうよ)を失い、我に処る所無し。吾は斗升の水を得ば然(すなわ)ち活きんのみ。君乃ち此を言う。曾(すなわ)ち早く我を枯魚の肆(みせ)に索(もと)むるに如かず』と」。
荘子の家は貧しく、ある日、監河侯(かんかこう)という人物のもとへ穀物を借りに行きました。監河侯は答えます。「いいとも。近々領地から税が入るから、そうしたら三百金を貸そう。」
荘子は顔色を変えて、こんな話をします。昨日ここへ来る途中、道の轍(わだち)のくぼみに鮒が一匹いて、「一升ほどの水で私を生かしてくれないか」と言った。私は「いいとも。これから南の呉や越の王に会いに行くから、大河の水を引いてきてあげよう」と答えた。すると鮒は怒って言った。「一升の水があれば生きられるのに、そんなことを言うなら、さっさと干物屋で私を探すがいい。」
「涸轍(こてつ)の鮒」の出典です。壮大な約束は、目の前の危機には何の役にも立たない。
困っている部下や取引先に、「来期には体制を整える」「そのうち大きな支援策を考える」と言ってしまうことがあります。言っている側は誠実なつもりです。しかし相手が必要としているのは、たいてい今日の一升の水です。支援の大きさより、間に合うかどうか。荘子は、それを干からびかけた鮒の口から言わせています。
出典:荘子 外物
十二句を並べ直す
最後に、十二句を並べ直しておきます。
一、朝三暮四 ——実質を守ったまま、相手が納得する形を選ぶ。
二、庖丁解牛 ——構造の継ぎ目に沿えば、刃は減らない。難所でだけ慎重になる。
三、無用の用 ——役に立つものは、役に立つから切られる。
四、渾沌の死 ——善意の改善が、相手の命を削ることがある。
五、輪扁 ——書物に残るのは、言葉にできた部分だけ。
六、顰みに倣う ——形を写しても、理由を知らなければ逃げられる。
七、井の中の蛙 ——海もまた、自分を誇らない。
八、邯鄲の歩み ——真似をして、元の歩き方まで失う。
九、木鶏 ——強さは、余計なものが落ちたあとに残る。
十、君子の交わりは淡きこと水の若し ——甘い関係は、理由とともに切れる。
十一、郢人と匠石 ——本当に必要なのは、本気で反論してくれる相手。
十二、涸轍の鮒 ——いま要るのは、大河ではなく一升の水。
並べてみると、十二句のほとんどが「物差し」の話だと分かります。役に立つかどうか、大きいか小さいか、真似るべきかどうか、どれだけ支援するか。荘子は、私たちがふだん無意識に当てている物差しを、寓話を使って一本ずつ外してみせます。
結び――物差しを外すと、何が見えるか
『荘子』は、しばしば「世を捨てた隠者の書」として紹介されます。確かに、出世を断り、貧しさを苦にせず、役に立たないことを勧める本に見えるかもしれません。
しかし十二句を読み通すと、印象が変わるはずです。十九年刃こぼれしない包丁の話は、仕事の話です。朝三暮四の猿回しは、人を動かす話です。木鶏は、勝負の話です。涸轍の鮒は、支援の話です。荘子は世の中から降りろとは言っていません。世の中で使われている物差しを、一度疑えと言っているのです。
経営は、物差しの塊です。売上、利益、評価、効率。どれも必要ですが、どれか一本しか持たなくなったとき、会社は少しずつ渾沌の穴を開け始めます。役に立つ人を使い潰し、すぐに数字にならないものを切り、成功した他社の形だけを持ち込む。
そういうときに『荘子』を開くと、どこかの寓話が、ちょうどいい角度で物差しを外してくれます。結論を書いてくれない本だからこそ、読むたびに違う句が効く。二千年以上読まれてきた理由は、たぶんそこにあります。
この記事で引いた句は、いずれも師導に原文・書き下し文・現代語訳と解説つきで収録しています。『荘子』は内篇・外篇・雑篇の三十三篇を通して読めます。
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