「つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向ひて」。
学校の古文の授業で、最初に習った人も多いはずの書き出しです。『徒然草(つれづれぐさ)』。『枕草子』『方丈記』と並んで「日本三大随筆」と呼ばれる本です。
書いたのは兼好(けんこう)という法師です。もとの姓は卜部(うらべ)で、朝廷に仕えたのち出家しました。一般に「吉田兼好」と呼ばれますが、この呼び名は後の時代に広まったもので、生まれた年や亡くなった年もはっきりしていません。本が成ったのは鎌倉時代の末、一三三〇年ごろとする説が有力です。
書名は、冒頭の「つれづれなるまゝに」から取られています。「つれづれ」は、することがなく手持ちぶさたな状態のこと。退屈にまかせて、心に浮かぶとりとめのないことを書きつけた本、という意味になります。
ただ、読んでみると「とりとめのない」どころではありません。失敗の起きる瞬間、上達の条件、優先順位のつけ方、変えるべきものと変えなくていいもの。 二百四十あまりの段のなかに、仕事の現場でそのまま使える観察が、驚くほどたくさん入っています。江戸時代には刊本として広く読まれ、武士や町人の教養書になりました。
この記事では、『徒然草』の名言を十二段、原文と現代語訳・解説つきで読んでいきます。並べる順番は本そのものの順で、序段から最終段までです。引用はすべて、師導に収録している原文からそのまま切り出しています。
一、「つれづれなるまゝに」 ― 序段と、心は移せるという話
【原文】つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向ひて、心に移り行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、怪しうこそ物狂ほしけれ。
することもなく退屈にまかせて、一日中硯に向かい、心に浮かんでは消えていくとりとめのないことを、あてもなく書きつけていると、我ながら妙に物狂おしい気持ちになる。
有名な一文ですが、師導が収録する本文では、この序段のすぐあとに、人はこの世で何を願うべきかという話が続きます。身分の高さ、容姿、才能。兼好はそれらを冷静に並べたうえで、こう書きます。
【原文】人品容貌こそ生れつきたらめ、心はなどか、賢きより賢きにも、うつさば移らざらむ。
身分や容貌は生まれつきのものだろう。しかし心は、賢い人を見習って、さらに賢いほうへ移そうとすれば、どうして移らないことがあろうか。
「退屈しのぎに書いた」と言いながら、最初に置いたのは、生まれは変えられないが心は変えられる、という一行でした。『徒然草』は、世を捨てた法師の厭世の書と思われがちです。けれど読み進めると、人がどう変われるか、どう崩れるかを、ずっと観察し続けている本だと分かります。
出典:徒然草 第1段
二、「先達はあらまほしきことなり」 ― 本殿を見ずに帰った法師
【原文】仁和寺に、ある法師、年よるまで石清水を拜まざりければ、心憂く覺えて、ある時思ひたちて、たゞ一人かちより詣でけり。極樂寺、高良などを拜みて、かばかりと心得て歸りにけり。さて傍の人に逢ひて、「年ごろ思ひつる事果たし侍りぬ。聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ。そも參りたる人ごとに山へのぼりしは、何事かありけむ、ゆかしかりしかど、神へまゐるこそ本意なれと思ひて、山までは見ず。」とぞいひける。すこしの事にも先達はあらまほしきことなり。
仁和寺の法師が、年を取るまで石清水八幡宮にお参りしたことがないのを残念に思い、ある日ひとりで歩いて出かけた。ふもとの極楽寺と高良神社を拝んで、「これで全部だ」と思い込んで帰ってしまった。そして仲間に言う。「長年の願いを果たしました。聞きしにまさる尊さでした。それにしても、参詣する人がみな山へ登っていくのは何があったのか、知りたかったけれど、神へのお参りこそ本来の目的だと思って、山までは見ませんでした」。
石清水八幡宮の本殿は、その山の上にあります。法師は、目的地の手前で満足して帰ってきたのです。しかも、みんなが山へ登っていくのを見ていながら、「自分の目的はそれではない」と理屈をつけて確かめなかった。
新しい市場に入るとき、新しい仕組みを入れるとき、経験者に一度聞けば済むことを聞かずに進めて、肝心のところを見ないまま「やりきった」と報告する。兼好の結びは短く、控えめです。少しのことにも、案内してくれる人はいてほしいものだ。
出典:徒然草 第52段
三、「初心の人二つの矢を持つことなかれ」 ― 後の矢が、今の矢を緩める
【原文】ある人弓射る事を習ふに、もろ矢をたばさみて的に向ふ。師の曰く、「初心の人二つの矢を持つことなかれ。後の矢を頼みて、初めの矢になほざりの心あり、毎度たゞ得失なく、この一箭に定むべしと思へ。」といふ。
弓を習う人が、矢を二本持って的に向かった。師は言う。初心者は矢を二本持ってはいけない。後の矢をあてにして、最初の矢に油断が生まれる。毎回、当たり外れを考えず、この一本で決めると思え。
たった二本の矢です。師の前で、一本目をわざと手抜きしようと思う人はいません。それでも兼好は続けます。
【原文】懈怠の心、みづから知らずといへども、師これを知る。
怠ける心は、本人は気づかなくても、師には見えている。
「次がある」という安心は、意識しないうちに今の手を緩めます。予算の再提出ができる企画書、差し戻しがきく稟議、来期に挽回できる目標。二本目の矢が用意されている仕組みは、一本目の質を静かに下げる。 本人は手を抜いているつもりがないので、なおさら気づきにくいのです。
兼好はこれを「萬事にわたるべし」と広げ、最後に、ただ今の一念において直ちに行うことの、なんと難しいことか、と結んでいます。
出典:徒然草 第92段
四、「あやまちは安き所になりて」 ― 高名の木登り
【原文】高名の木のぼりといひし男、人を掟てて、高き木にのぼせて梢をきらせしに、いと危く見えしほどはいふこともなくて、おるゝ時に、軒だけばかりになりて、「あやまちすな。心しておりよ。」と言葉をかけ侍りしを、「かばかりになりては、飛び降るゝともおりなむ。如何にかくいふぞ。」と申し侍りしかば、「その事に候。目くるめき枝危きほどは、おのれがおそれ侍れば申さず。あやまちは安き所になりて、必ず仕ることに候。」といふ。
木登りの名人が、人に指図して高い木の梢を切らせていた。危なっかしく見える高さでは何も言わず、降りてきて軒の高さほどになったとき、はじめて「けがをするな。気をつけて降りろ」と声をかけた。見ていた人が「この高さなら飛び降りても大丈夫だろうに、なぜ今言うのか」と聞くと、名人は答えた。目がくらむような高さでは、本人が怖がっているから言わない。過ちは、安全なところまで来たときに、必ず起こすものです。
兼好はこれを、身分の低い者の言葉だが聖人の戒めにかなっている、と評価しました。
仕事に置き換えると、思い当たることが多いはずです。大型案件の山場では誰もが慎重になる。事故が起きるのは、契約が決まったあとの事務処理、納品直前の最終確認、ベテランが慣れた作業をしているとき。リスク管理の声は、危なそうな場面ではなく、安全そうに見える場面でかけるものだと、名人は知っていました。
出典:徒然草 第109段
五、「勝たむとうつべからず、負けじとうつべきなり」 ― 双六の名人
【原文】雙六の上手といひし人に、その術を問ひ侍りしかば、「勝たむとうつべからず、負けじとうつべきなり。いづれの手か疾く負けぬべきと案じて、その手をつかはずして、一目なりとも遲く負くべき手につくべし。」といふ。道を知れるをしへ、身を修め國を保たむ道もまたしかなり。
双六の名人に勝負のコツを尋ねたら、こう答えた。勝とうとして打ってはいけない。負けまいとして打つべきだ。 どの手がいちばん早く負けにつながるかを考えて、その手を避け、一目でも遅く負ける手を選べ。兼好は、道を知る者の教えだとして、身を修め国を保つ道も同じだと結びます。
一見、消極的な戦法に聞こえます。しかし双六は運に左右される遊びです。運の要素が大きい勝負で「勝つ手」を狙うと、大きく張りすぎて、一度の不運で崩れる。確実にできるのは、致命傷を避けることだけです。
事業も、運の要素を消せない勝負です。勝ち筋を探す前に、どの手が会社を早く潰すかを先に数える。手元資金が尽きる手、主力の人材が抜ける手、一社依存が深まる手。それを避けて打ち続けた会社が、結果として長く残ります。前の段の木登りと並べて読むと、兼好が「失敗はどこで起きるか」をずっと考えていたことが分かります。
出典:徒然草 第110段
六、「改めて益なきことは、改めぬをよしとするなり」 ― 一行の改革論
【原文】改めて益なきことは、改めぬをよしとするなり。
改めても益のないことは、改めないのがよい。『徒然草』のなかで、いちばん短い段の一つです。
保守的な言葉に聞こえますが、判断の基準ははっきりしています。変えるか変えないかを、「益があるかどうか」で決めよ。裏返せば、益があるなら改めるべきだ、ということでもあります。
新しい経営者が着任すると、何かを変えたくなります。前任者のやり方、長く続いた慣行、書式、会議体。変えれば、変えた本人は仕事をした気になれる。しかし変更には必ず手間と混乱が伴い、現場はそのたびに覚え直しを強いられます。変えることそのものが目的になっていないか。 一行だけの段ですが、改革を言い出す前に一度読み返す価値があります。
出典:徒然草 第127段
七、「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」 ― 満開だけを見るな
【原文】花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは。雨にむかひて月を戀ひ、たれこめて春のゆくへ知らぬも、なほあはれに情ふかし。咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ見どころおほけれ。
花は満開のときだけ、月は曇りのないときだけ見るものだろうか。雨に向かって見えない月を恋しく思い、家にこもって春の過ぎゆくのを知らずにいるのも、やはり趣が深い。今にも咲きそうな梢や、花の散りしおれた庭にこそ、見どころは多い。
日本人の美意識を語るとき、必ず引かれる段です。兼好はさらに、「萬の事も始め終りこそをかしけれ」——何事も、始まりと終わりにこそ味わいがある——と続けます。
これを経営の目で読むと、別の含みが見えてきます。事業の「満開」、つまり売上が最も大きく、組織が最も華やかなときだけを見ていると、次のつぼみにも、散り始めの兆しにも気づけません。見どころは、ピークの前後にある。
この段は後半で一転し、祭りの見物人の騒ぎから、人は若くても強くても思いがけず死ぬ、という話へ進みます。満開だけを見ていたい気持ちと、満開は必ず終わるという事実を、兼好は一つの段に同居させています。
出典:徒然草 第137段
八、「上手の中にまじりて、譏り笑はるゝにも恥ぢず」 ― 下手なうちから人前に出よ
【原文】能をつかむとする人、「よくせざらむ程は、なまじひに人に知られじ、内々よく習ひ得てさし出でたらむこそ、いと心にくからめ。」と常にいふめれど、かくいふ人、一藝もならひ得ることなし。
芸を身につけようとする人は、よく「上手にできないうちは人に知られないようにして、陰でよく習ってから人前に出るのが奥ゆかしい」と言う。しかし、そう言う人は、一つの芸も身につかない。
【原文】いまだ堅固かたほなるより、上手の中にまじりて、譏り笑はるゝにも恥ぢず、つれなくて過ぎてたしなむ人、天性その骨なけれども、道になづまず妄りにせずして、年を送れば、堪能の嗜まざるよりは、終に上手の位にいたり、徳たけ人に許されて、ならびなき名をうることなり。
まだ未熟なうちから上手な人たちの中に交じって、けなされ笑われても恥じず、平然と稽古を続ける人は、生まれつきの才能がなくても、道に停滞せず、いい加減にもせずに年月を送れば、才能はあっても稽古しない人より、ついには上手の域に達する。
兼好はさらに、天下の名人も、はじめは下手だという評判もあり、ひどい欠点もあった、と書きます。
新しい事業も、新しい役職も同じです。完璧に準備してから人前に出ようとする人は、いつまでも出られない。 未熟なうちに出て、笑われて、それでも続けた人が、最後に残る。経営者がこの段を部下に渡すなら、「失敗していいから早く出せ」と言う側の覚悟も、あわせて問われます。
出典:徒然草 第150段
九、「死期は序を待たず」 ― 時機を選ぶことと、選ばないこと
【原文】世に從はむ人は、まづ機嫌を知るべし。序惡しき事は、人の耳にも逆ひ、心にも違ひて、その事成らず、さやうの折節を心得べきなり。
世の中でうまくやろうとする人は、まず時機を知らなければならない。折の悪いことは、人の耳にも逆らい、心にも背いて、うまくいかない。
ここまでは、根回しや段取りの話です。ところが兼好は、すぐに反転させます。病気になること、子が生まれること、死ぬことだけは、時機を選ばない。だから、必ず成し遂げようと思うことについては、時機がどうこうと言っていてはいけない。
そして、あの有名な一節が来ます。
【原文】四季はなほ定まれる序あり。死期は序を待たず。死は前よりしも來らず、かねて後に迫れり。人みな死ある事を知りて、待つ事しかも急ならざるに、覺えずして來る。沖の干潟遥かなれども、磯より潮の滿つるが如し。
四季にはまだ決まった順序がある。死期は順序を待たない。死は前から来るのではなく、すでに後ろに迫っている。沖の干潟ははるか遠くに見えても、潮は足もとの磯から満ちてくる。
「時機を見る」は大切な技術です。しかし、それがやるべきことを先送りする言い訳になった瞬間に、この段の前半と後半が入れ替わります。事業承継、健康、家族との時間。「いまは時機が悪い」と言っているうちに、潮は磯から満ちてきます。
出典:徒然草 第155段
十、「一事を必ず成さむと思はば」 ― 馬と早歌を習った法師
【原文】ある者、子を法師になして、「學問して因果の理をも知り、説經などして世渡るたづきともせよ。」といひければ、教のまゝに説經師にならむ爲に、まづ馬に乘りならひけり。「輿、車もたぬ身の、導師に請ぜられむ時、馬など迎へにおこせたらむに、桃尻にて落ちなむは心憂かるべし。」と思ひけり。次に、「佛事の後、酒など勸むることあらむに、法師のむげに能なきは、檀那すさまじく思ふべし。」とて、早歌といふ事をならひけり。二つのわざやうやう境に入りければ、愈よくしたく覺えて嗜みける程に、説經習ふべき暇なくて年よりにけり。
ある人が子を法師にして、「学問をして説経師として身を立てよ」と言った。子は、説経師になるにはまず馬に乗れなければ、と乗馬を習った。招かれたときに落馬したら恥ずかしいからだ。次に、法事のあとの酒席で芸のひとつもなければ施主が興ざめするだろうと、早歌(そうか)を習った。二つとも上達してくると、ますます上手になりたくなって稽古を続け、肝心の説経を習う暇がないまま年を取ってしまった。
笑い話のようですが、兼好は「この法師のみにもあらず、世間の人なべてこの事あり」と言い切ります。準備のための準備、手段のための手段に時間を取られて、本業に手が回らない。どの組織にもある光景です。
処方は明快です。
【原文】されば一生のうち、むねとあらまほしからむことの中に、いづれか勝ると、よく思ひくらべて、第一の事を案じ定めて、その外は思ひすてて、一事を勵むべし。
一生のうち、いちばん望ましいことのなかでどれが勝るかをよく比べ、第一のことを決めたら、ほかは思い捨てて、一つのことに励め。
兼好は碁を例に、三つの石を捨てて十の石につくのはやさしいが、十を捨てて十一につくのは難しい、と付け加えます。積み上げたものが大きいほど、少しだけ良い選択肢に乗り換えられなくなる。 撤退の判断が遅れる理由を、これほど正確に言い当てた言葉はなかなかありません。そして結論はこうです。一事を必ず成そうと思うなら、ほかの事が破れるのを嘆いてはいけない。人のあざけりも恥じてはいけない。
この段には、三番目に読んだ「二つの矢」の段と響き合う一行もあります。東山へ用事で出かけて門まで着いたが、西山へ行くほうが益があると気づいたなら、門から引き返して西山へ行け。「せっかくここまで来たのだから」と思うところに、落とし穴がある、と。
【原文】一時の懈怠すなはち一生の懈怠となる。これをおそるべし。
一時の怠りが、そのまま一生の怠りになる。これを恐れるべきだ。
段の最後には、雨の日に「蓑笠を貸してくれ」と言って、薄(すすき)の呼び名の由来を習いに走り出た登蓮法師の話が置かれています。雨がやんでからにしなさいと止められて、法師はこう答えました。
【原文】人の命は雨の晴間を待つものかは、我も死に、聖もうせなば、尋ね聞きてむや。
人の命は、雨の晴れ間を待ってくれるものか。私が死に、あの聖も亡くなってしまえば、もう聞くことはできない。第一のことを決めたら、あとは待たない。九番目の「死期は序を待たず」と、同じことを言っています。
出典:徒然草 第188段
十一、「萬の事は頼むべからず」 ― 頼みにしないから、恨まない
【原文】萬の事は頼むべからず。愚かなる人は、深くものを頼むゆゑに、うらみ怒ることあり。勢ひありとて頼むべからず、こはき者まづ滅ぶ。財多しとて頼むべからず、時の間に失ひやすし。才ありとて頼むべからず、孔子も時に遇はず。徳ありとてたのむべからず、顔囘も不幸なりき。君の寵をも頼むべからず、誅をうくる事速かなり。奴したがへりとて頼むべからず、そむき走ることあり。人の志をも頼むべからず、かならず變ず。約をも頼むべからず、信あることすくなし。
すべてのことは、頼みにしてはいけない。愚かな人は深く頼みにするから、恨んだり怒ったりする。勢いがあるからといって頼むな、強い者から先に滅ぶ。財産が多いからといって頼むな、あっという間に失う。才能があっても頼むな、孔子も時に恵まれなかった。徳があっても頼むな、顔回も不幸だった。主君の寵愛も、従う部下も、人の好意も、約束も、頼みにしてはいけない。
冷たい言葉に聞こえます。けれど兼好の狙いは後半にあります。自分も人も頼みにしなければ、うまくいったときは喜び、うまくいかなかったときも恨まない。 左右が広ければぶつからず、前後に余裕があれば行き詰まらない。
経営に引きつけるなら、これは人を信じるなという話ではなく、一つの前提に全体重をかけるなという話です。主力商品、大口の取引先、一人のエース社員、口約束の条件。どれも頼りになりますが、頼り切った瞬間に、それが崩れたときの怒りと恨みが、判断を狂わせます。
出典:徒然草 第211段
十二、「空よりや降りけむ、土よりやわきけむ」 ― 八歳の問いで終わる本
【原文】八つになりし年、父に問ひていはく、「佛はいかなるものにか候らむ。」といふ。父がいはく、「佛には人のなりたるなり。」と。また問ふ、「人は何として佛にはなり候やらむ。」と、父また、「佛のをしへによりてなるなり。」とこたふ。また問ふ、「教へ候ひける佛をば、何がをしへ候ひける。」と。また答ふ、「それもまた、さきの佛のをしへによりてなり給ふなり。」と。又問ふ、「その教へはじめ候ひける第一の佛は、いかなる佛にか候ひける。」といふとき、父、「空よりや降りけむ、土よりやわきけむ。」といひて笑ふ。「問ひつめられてえ答へずなり侍りつ。」と諸人にかたりて興じき。
最終段は、兼好が八歳のときの思い出です。仏とはどういうものかと父に聞くと、人がなったものだと言う。人はどうやって仏になるのかと聞くと、仏の教えによってだと言う。ではその仏には誰が教えたのかと聞くと、その前の仏の教えだと言う。では、最初に教えた仏は、どんな仏だったのか。 父は「空から降ったのか、土から湧いたのか」と笑い、「問い詰められて答えられなくなった」と、人に話して面白がった。
二百四十あまりの段の最後に、兼好はこの話を置きました。
子どもの「なぜ」を重ねていくと、大人は必ずどこかで答えられなくなります。それを取り繕わずに「答えられなかった」と笑って人に話した父がいて、その話を一生覚えていた子がいた。分からないことを分からないと言える大人のそばで、問い続ける子が育った。 『徒然草』という本そのものが、その問い続けの記録だったと読むこともできます。
部下の「なぜですか」に、どこまで付き合えるか。答えられなくなったとき、笑って「分からない」と言えるか。最終段は、そういう問いとしても読めます。
出典:徒然草 第243段
十二段を並べ直す
最後に、十二段を並べ直しておきます。
一、心はなどか……うつさば移らざらむ ——生まれは変えられないが、心は移せる。
二、先達はあらまほしきことなり ——手前で満足して、本殿を見ずに帰っていないか。
三、二つの矢を持つことなかれ ——次がある安心が、今の手を緩める。
四、あやまちは安き所になりて ——注意の声は、安全そうな場面でかける。
五、負けじとうつべきなり ——勝ち筋より先に、負け筋を消す。
六、改めて益なきことは、改めぬをよしとするなり ——変えることを目的にしない。
七、花は盛りに……見るものかは ——見どころは、ピークの前後にある。
八、上手の中にまじりて……恥ぢず ——下手なうちから人前に出る。
九、死期は序を待たず ——時機を言い訳にしない。
十、一事を必ず成さむと思はば ——十を捨てて十一につく。
十一、萬の事は頼むべからず ——一つの前提に全体重をかけない。
十二、空よりや降りけむ ——分からないことを、分からないと言う。
並べてみると、半分近くが失敗がどこで起きるかの観察だと気づきます。手前で満足する、次があると思う、安全なところで気が緩む、勝とうとして張りすぎる、準備に溺れて本業を忘れる、一つに頼り切る。
結び――退屈から生まれた、観察の本
兼好は「つれづれなるまゝに」書いたと言いました。することがなく、退屈だったから書いた、と。
けれど、仁和寺の法師を笑い、木登りの名人の一言を聖人の戒めと並べ、双六の名人に国を保つ道を見た人の目は、退屈とはほど遠いものです。利害から一歩離れたところにいる人だけが見える失敗の形が、この本には書き留められています。
経営者は、たいてい当事者のまっただ中にいます。だからこそ、つれづれの人の観察が効くのだと思います。自分の組織のなかにも、本殿を見ずに帰ってきた法師や、二本目の矢をあてにしている射手や、早歌の稽古に夢中な説経師が、きっといるはずです。そしてたぶん、自分自身のなかにも。
この記事で引いた段は、いずれも師導に原文・現代語訳と解説つきで収録しています。『徒然草』は全二百四十三段を通して読めます。
→ 徒然草の名句一覧
同じ形式で、ほかの古典の名言を集めた記事もあります。
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→ 足るを知るとは — 老子の原文と本当の意味、向上心との両立
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