荘子 / 応帝王
南海之帝為儵,北海之帝為忽,中央之帝為渾沌。儵與忽時相與遇於渾沌之地,渾沌待之甚善。儵與忽謀報渾沌之德,曰:「人皆有七竅,以視聽食息,此獨無有,嘗試鑿之。」日鑿一竅,七日而渾沌死。
新字:南海之帝為儵,北海之帝為忽,中央之帝為渾沌。儵与忽時相与遇於渾沌之地,渾沌待之甚善。儵与忽謀報渾沌之徳,曰:「人皆有七竅,以視聴食息,此独無有,嘗試鑿之。」日鑿一竅,七日而渾沌死。
書き下し
南海の帝を儵(しゅく)と為し、北海の帝を忽(こつ)と為し、中央の帝を渾沌(こんとん)と為す。儵と忽と時に相与(あいとも)に渾沌の地に遇う。渾沌之を待つこと甚だ善し。儵と忽と渾沌の徳に報いんことを謀りて曰く、「人は皆な七竅(しちきょう)有りて、以て視聴食息(しちょうしょくそく)す。此れ独り有ること無し。嘗(こころ)みに之を鑿(うが)たん」と。日に一竅を鑿ち、七日にして渾沌死せり。
現代語訳
南海の帝を儵といい、北海の帝を忽といい、中央の帝を渾沌といった。儵と忽は、時おり渾沌の地で出会った。渾沌は二人をたいそう手厚くもてなした。儵と忽は、渾沌の厚意に報いようと相談して言った。「人にはみな七つの穴があって、それで見たり、聞いたり、食べたり、息をしたりしている。ところがこの渾沌にだけは、それがない。ためしに穴を開けてやろう」。そして一日にひとつずつ穴を開けていった。七日目に、渾沌は死んだ。
解説
『荘子』内篇全体を締めくくる、あまりにも有名で恐ろしい寓話です。儵と忽は、感謝の気持ちから渾沌に穴を開けました。動機は純粋な善意です。しかし、渾沌が渾沌であるゆえんを奪ったために、渾沌は死んでしまいました。良かれと思った改善が、対象そのものを殺してしまう。これほど痛烈な警告があるでしょうか。私たちも日々、人に対して「穴を開けて」います。分かりやすくするため、正しくするため、測れるようにするため。しかし、その人をその人たらしめている曖昧な何かを削り取れば、そこにあった生命力ごと失われます。善意ほど、慎重に扱わねばなりません。相手のためだと思った時こそ、いったん手を止めることです。
この章句が説くこと
渾沌七竅に死す善意の暴力余白を残す手を止める
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