山鹿語類 / 士道附錄・先生子弟警戒
凡身者。心之所寓居也。行住座臥。顏色辭氣。面之所向。足之所蹈。思其禮容。而漫不擧動。則心茲正也。非禮勿視。非禮勿聽。非禮勿言。非禮勿動。爾子弟。君臣父子夫婦者。人倫之大綱也。大綱紊。則其才雖括四海。其實不須容天地之間。三綱惟擧。則其本正。其俗厚。而仁道惟存。
新字:凡身者。心之所寓居也。行住座臥。顔色辞気。面之所向。足之所蹈。思其礼容。而漫不挙動。則心茲正也。非礼勿視。非礼勿聴。非礼勿言。非礼勿動。爾子弟。君臣父子夫婦者。人倫之大綱也。大綱紊。則其才雖括四海。其実不須容天地之間。三綱惟挙。則其本正。其俗厚。而仁道惟存。
書き下し
凡そ身は、心の寓居する所なり。行住座臥、顔色辞気、面の向かふ所、足の蹈む所、其の礼容を思ひて、漫りに挙動せざれば、則ち心茲に正し。礼に非ざれば視ること勿れ、礼に非ざれば聴くこと勿れ、礼に非ざれば言ふこと勿れ、礼に非ざれば動くこと勿れ。爾子弟、君臣父子夫婦は、人倫の大綱なり。大綱紊るれば、則ち其の才四海を括ると雖も、其の実天地の間に容るるを須ゐず。三綱惟れ挙がれば、則ち其の本正しく、其の俗厚くして、仁道惟れ存す。
現代語訳
およそ身は、心が宿る住まいである。歩くとき・とどまるとき・座るとき・寝るとき、顔色や言葉つき、顔を向ける先、足を踏む先まで、礼にかなった姿を思って、みだりに動かなければ、心はそれで正しくなる。「礼にはずれたことは見るな、礼にはずれたことは聞くな、礼にはずれたことは言うな、礼にはずれたことはするな」。子弟たちよ、君臣・父子・夫婦は、人の道の大きな綱である。この大綱が乱れれば、たとえ才能が天下を包むほどであっても、実のところ天地の間に置いておくには値しない。三つの綱がきちんと立てば、根本が正しく、風俗が厚くなって、仁の道が保たれる。
解説
この章句が説くこと
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