五常訓 / 巻之一・総論
一仁義二理あるにあらず。仁の節あるは義なり。仁義の二を以て、禮智を兼ぬ。故に仁をいへば、義は其内にこもる。仁義をいへば、禮智は其内にこもる。仁は禮を兼ね、義は智を兼ぬ。春は夏を兼ね、秋は冬を兼ぬるが如し。夏は春氣の長ずるなり。冬は秋氣のかくるゝなり。仁義を以て禮智を兼ぬるは、禮は仁のあらはるゝなり。禮義三百、威儀三千は、皆仁の發せるなり。是仁禮一理なり。智は義のかくれたるなり。義の、善惡をたちわかつ事、利刀の物を斷つが如くなるは智の、是非することの明なるより出づ。是義智一理なることを見つべし。仁禮は陽に屬し、義智は陰に屬す。仁義の二をいへば、春生じ夏長ずるは仁なり。秋收り冬藏るゝは義なり。四德にわかちていへば、春は仁なり。夏は禮なり。秋は義なり。冬は智なり。
新字:一仁義二理あるにあらず。仁の節あるは義なり。仁義の二を以て、礼智を兼ぬ。故に仁をいへば、義は其内にこもる。仁義をいへば、礼智は其内にこもる。仁は礼を兼ね、義は智を兼ぬ。春は夏を兼ね、秋は冬を兼ぬるが如し。夏は春気の長ずるなり。冬は秋気のかくるゝなり。仁義を以て礼智を兼ぬるは、礼は仁のあらはるゝなり。礼義三百、威儀三千は、皆仁の発せるなり。是仁礼一理なり。智は義のかくれたるなり。義の、善悪をたちわかつ事、利刀の物を断つが如くなるは智の、是非することの明なるより出づ。是義智一理なることを見つべし。仁礼は陽に属し、義智は陰に属す。仁義の二をいへば、春生じ夏長ずるは仁なり。秋収り冬蔵るゝは義なり。四徳にわかちていへば、春は仁なり。夏は礼なり。秋は義なり。冬は智なり。
書き下し
一仁義二理あるにあらず。仁の節あるは義なり。仁義の二を以て、礼智を兼ぬ。故に仁をいへば、義は其内にこもる。仁義をいへば、礼智は其内にこもる。仁は礼を兼ね、義は智を兼ぬ。春は夏を兼ね、秋は冬を兼ぬるが如し。夏は春気の長ずるなり。冬は秋気のかくるるなり。仁義を以て礼智を兼ぬるは、礼は仁のあらはるるなり。礼義三百、威儀三千は、皆仁の発せるなり。是仁礼一理なり。智は義のかくれたるなり。義の、善悪をたちわかつ事、利刀の物を断つが如くなるは智の、是非することの明なるより出づ。是義智一理なることを見つべし。仁礼は陽に属し、義智は陰に属す。仁義の二をいへば、春生じ夏長ずるは仁なり。秋収り冬蔵るるは義なり。四徳にわかちていへば、春は仁なり。夏は礼なり。秋は義なり。冬は智なり。
現代語訳
仁と義は二つの理があるのではありません。仁に節度があるのが義です。仁義の二つによって礼智をかねます。ゆえに仁をいえば、義はその内にこもっています。仁義をいえば、礼智はその内にこもっています。仁は礼をかね、義は智をかねます。春は夏をかね、秋は冬をかねるようなものです。夏は春の気が伸びたものです。冬は秋の気が隠れたものです。仁義によって礼智をかねるとは、礼は仁が現れたものだということです。礼儀の三百、威儀の三千は、みな仁が発したものです。これは仁と礼が一つの理だということです。智は義が隠れたものです。義が善悪を断ち分けることが、鋭い刀で物を断つようであるのは、智の是非を見分ける明らかさから出ます。これで義と智が一つの理であることがわかるでしょう。仁と礼は陽に属し、義と智は陰に属します。仁義の二つでいえば、春に生じ夏に伸びるのは仁です。秋に収め冬に蔵するのは義です。四徳に分けていえば、春は仁です。夏は礼です。秋は義です。冬は智です。
解説
この章句が説くこと
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『童子問』卷上問ふ、平生論孟を熟読すと雖も、然れども未だ其の要領を得ず。願はくは詳らかに教へられんことを。曰く、可なり。聖門学問の第一字は是れ仁なり。義以て配と為し、礼以て輔と為し、忠信以て之が地と為す。仁の義に与けるや、猶ほ陰の陽に与けるがごとし。故に曰く、義以て配と為すと。相離るることを得ざるを言ふなり。礼は防閑の在る所なり。故に曰く、礼以て輔と為すと。礼に非ざれば則ち以て仁を存すること無きを言ふなり。己を尽くす之を忠と謂ひ、実を以てする之を信と謂ふ。乃ち学問の基本なり。故に曰く、忠信以て之が地と為すと。猶ほ屋を造るに基址有るがごとし。是れ其の総要なり。皆夫の仁の徳を成す所以なり。
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『慎思録』巻之一仲虺の誥に曰く、克く寛に克く仁に、信を兆民に彰かにすと。六経の仁信を言ふは、此に始まる。又曰く、義を以て事を制し、礼を以て心を制すと。六経の義礼を言ふは、此に始まる。又曰く、天乃ち王に勇智を錫ふと。六経の智勇を言ふは、此に始まる。湯誥に曰く、惟れ皇いなる上帝、衷を下民に降す。恒の性有るに若ひ、克く厥の猷を綏んずるは、惟れ后なりと。六経の性を言ふは、此に始まる。太甲に曰く、鬼神は常に享くること無し、克く誠なるに享くと。六経の誠を言ふは、此に始まる。
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『五常訓』巻之一・総論五常の性は体なり。其理説きがたし。用にあらはれて、見えやすきを以て、其字義をいはば、愛を仁と云ふ。愛はあはれみなり。宜を義と云ふ。宜とは事物に相応するを云ふ。各其事につきて理に当るなり。理を礼と云ふ。理とは人をうやまひ、事に則ありて、正しくすぢめ有るを云ふ。通ずるを智と云ふ。道理に通じ、是非を知るを云ふ。守るを信と云ふ。偽なくして、道をかたく守りて、変ぜざるを云ふ。此字義は、周子の説なり。韓子曰く、人の性とする所の者は五、曰く仁義礼智信。是人の性に、此五の者そなはれる事をいへり。故に又五性とも云ふ。此五性をすべていへば仁なり。故に孔子は、唯仁の一字を以て教とし給ふ。是易に天地の大徳を生と曰ふといへる意に本づけり。
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『五常訓』巻之二・仁之上一仁は義礼智信を兼ねて其中にあれども、五の者をならべ云ふ時は、各一理ありて、仁を相助くべし。仁の理、義を得ざれば宜しく行はれず。礼を得ざれば節分なくして立たず。智を得ざれば善悪を明かに知らず。信を得ざれば偽りありて守りがたし。四の者皆そなはりて、仁の道行はる。然れば義礼智信は、もと仁より出でて、仁をたすくる理なり。
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