言志四録 / 言志後録 第二百五十条 途に柩に遇ふ時の礼
邦俗途遇柩時。貴人則輿夫擡輿走行。徒行者則左右顧而唾。太無謂也。宜旁辟佇立少俯。是哀喪而變貌也。又途遇縲絏者。則宜亦旁辟勿正視。是惡罪恤人也。瞽者則宜我辟路。勿令儉僕喝。是仁者之用心也。然在貴人具儀衛騶從。則行路自有常法。不必得如是。但宜令從者體知此意。至如遇柩若罪人。擡輿疾走。則令繳之可也。
新字:邦俗途遇柩時。貴人則輿夫擡輿走行。徒行者則左右顧而唾。太無謂也。宜旁辟佇立少俯。是哀喪而変貌也。又途遇縲絏者。則宜亦旁辟勿正視。是悪罪恤人也。瞽者則宜我辟路。勿令倹僕喝。是仁者之用心也。然在貴人具儀衛騶従。則行路自有常法。不必得如是。但宜令従者体知此意。至如遇柩若罪人。擡輿疾走。則令繳之可也。
書き下し
邦俗、途に柩に遇ふ時、貴人は則ち輿夫輿を擡げて走行し、徒行する者は則ち左右に顧みて唾す。太だ謂れ無きなり。宜しく旁らに辟けて佇立し、少しく俯すべし。是れ喪を哀しみて貌を変ずるなり。又途に縲絏の者に遇はば、則ち宜しく亦旁らに辟けて正視すること勿るべし。是れ罪を悪みて人を恤むなり。瞽者には則ち宜しく我より路を辟け、倹僕をして喝せしむること勿るべし。是れ仁者の用心なり。然れども貴人に在りては儀衛騶従を具ふれば、則ち行路自ら常法有り、必ずしも是くの如くするを得ず。但だ宜しく従者をして此の意を体知せしむべし。柩若しくは罪人に遇ひて、輿を擡げて疾走するが如きに至りては、則ち之を繳めしめて可なり。
現代語訳
わが国の習俗では、道で棺に出会ったとき、身分の高い人は駕籠かきが駕籠を担いだまま走り抜け、徒歩の者は左右を見回して唾を吐く。まったく理由のないことである。道のわきに避けて立ち止まり、少しうつむくのがよい。これは死を悼んで容貌を改めるということである。また道で縄に縛られた罪人に出会ったら、やはりわきに避けて、まともに見つめないのがよい。これは罪を憎んでも人を哀れむということである。目の不自由な人には、自分のほうから道を譲り、供の者に怒鳴らせてはならない。これが仁者の心遣いである。ただし身分の高い人が儀仗や供回りを備えている場合には、道の行き方に自ずから定まった作法があり、必ずしもこのようにはできない。ただ、供の者にこの趣旨をよく体得させておくのがよい。棺や罪人に出会って駕籠を担いで走り去るようなことについては、それをやめさせてよい。
解説
この章句が説くこと
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