山鹿語類 / 士道附錄・先生自警
吾於朋友。多以不如己。伐知慢彼。故半日之交際過和。而以禮不節。不莊以涖之。不敬以嚴之。竟到慢易浮躁。吾所毀譽。皆辟其所好。而不有所誠。尤可自省也。然諾太輕應。是我伐知。而求人之譽也。故詳不盡。其事多乖戾。
新字:吾於朋友。多以不如己。伐知慢彼。故半日之交際過和。而以礼不節。不荘以涖之。不敬以厳之。竟到慢易浮躁。吾所毀誉。皆辟其所好。而不有所誠。尤可自省也。然諾太軽応。是我伐知。而求人之誉也。故詳不尽。其事多乖戻。
書き下し
吾朋友に於て、多く己に如かずと以ひ、知に伐りて彼を慢る。故に半日の交際も和に過ぎて、礼を以て節せず、荘以て之に涖まず、敬以て之を厳にせず、竟に慢易浮躁に到る。吾が毀誉する所は、皆其の好む所に辟して、誠とする所有らず。尤も自ら省みるべきなり。然諾太だ軽く応ず。是れ我知に伐りて、人の誉れを求むるなり。故に詳らかに尽くさず、其の事多く乖戻す。
現代語訳
私は友人に対して、多くは自分に及ばない者とみなし、自分の知恵を誇って相手を軽んじる。だから半日の付き合いでも馴れ合いが過ぎて、礼によって節度を保たず、威厳をもって臨まず、敬意をもって引き締めず、ついにはなれなれしく浮ついたものになってしまう。私が人をそしったりほめたりするのは、みな自分の好みに偏っていて、誠実な根拠がない。もっとも自ら省みるべき点である。また引き受けの返事をあまりに軽々しくする。これは私が知恵を誇り、人からほめられたいからである。だから詳しく考え尽くさず、その事は多く食い違ってしまう。
解説
友との交わり、人物評価、約束の三点を省みる。相手を見下して知を誇るから、親しさが礼の節度を失って狎れ合いに崩れる。毀誉が好悪に偏るのも、安請け合いをするのも、根は自分をよく見せたい心にあると素行は見る。「荘以て之に涖む」は『論語』衛霊公の語、好むところに偏る「辟」は『大学』の言い回しを思わせる。職場でも、気安さと礼節の両立、評価に入り込む私情、即答で引き受けて詰めきれない仕事は、どれも身に覚えのある失敗だろう。
この章句が説くこと
朋友礼毀誉然諾自省節度
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