山鹿語類 / 士道附錄・先生自警
吾於子弟。薄誨而待功。身不厚而責彼重。身不正而欲彼之正。子弟之不化者。身之責薄也。吾御僕從。欲彼能勞役而不休。求備於一人。待彼以君子。是皆逸我四支。專利身。而不致知也。內無德知之化。外無刑賞之具。彼小人何盡其忠乎。强求盡忠。乃怨竟及。且我多利心。故僕從之言利我富家。我私喜之。甚可恥也。
新字:吾於子弟。薄誨而待功。身不厚而責彼重。身不正而欲彼之正。子弟之不化者。身之責薄也。吾御僕従。欲彼能労役而不休。求備於一人。待彼以君子。是皆逸我四支。専利身。而不致知也。内無徳知之化。外無刑賞之具。彼小人何尽其忠乎。強求尽忠。乃怨竟及。且我多利心。故僕従之言利我富家。我私喜之。甚可恥也。
書き下し
吾子弟に於て、誨ふること薄くして功を待ち、身厚からずして彼を責むること重く、身正しからずして彼の正しからんことを欲す。子弟の化せざる者は、身を責むること薄ければなり。吾僕従を御するに、彼の能く労役して休まざらんことを欲し、備はらんことを一人に求め、彼を待つに君子を以てす。是れ皆我が四支を逸にし、専ら身を利して、知を致さざるなり。内に徳知の化無く、外に刑賞の具無し。彼小人何ぞ其の忠を尽くさんや。強ひて忠を尽くさんことを求むれば、乃ち怨み竟に及ぶ。且つ我利心多し。故に僕従の我を利し家を富ますことを言へば、我私かに之を喜ぶ。甚だ恥づべきなり。
現代語訳
私は子弟に対して、教えることは薄いのに成果を待ち、自分の行いは厚くないのに彼らを重く責め、自分が正しくないのに彼らが正しくあることを望んでいる。子弟が感化されないのは、自分を責めることが薄いからである。私は召使いを使うのに、彼らがよく働いて休まないことを望み、一人にすべてが備わることを求め、君子に対するような期待で接している。これはみな自分の手足を楽にし、もっぱら我が身の利をはかるもので、道理を知り尽くしていないのである。内には徳と知による感化がなく、外には刑罰と恩賞のしくみもない。あの小人たちがどうして忠を尽くそうか。むりに忠を尽くさせようとすれば、ついには怨みを招く。しかも私には利を求める心が多い。だから召使いが私の得になり家を富ませることを言うと、内心ひそかに喜んでしまう。まことに恥ずべきことである。
解説
この章句が説くこと
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『山鹿語類』士道・正一日之用ここに一日の用を案ずるに、先づ夙に起きて盥漱し櫛り、衣服を正し、用具を佩び、其の容貌威儀を正して、静坐拱手し、能く平旦の気を養ひ、天地生々して已むこと無きの理を看るべし。而して君父の恩義を体認し、今日の家業を思量す。謹んで観に在り。身体髪膚、之を父母に受く、敢て毀傷せざるは孝の始なり。身を立て道を行ひ、名を後世に揚げ、以て父母を顕すは孝の終なり。君に事へては其の身を委ね、人の為に謀りては忠なり。此の間意味深長にして、尤も幾微の動きを察すべし。既に明に向かへば則ち門戸を開き、道を清め洒掃して、天気于に入り、地脈于に長ず。家事有れば則ち示諭して其の教を詳にす。其の間賓客の来る、使价の待つ、速やかに謁し速やかに答へて、之をして遅滞せしむること無し。君に事ふれば則ち夙に出でて之に仕へ、父母に事ふれば則ち其の安否を察す。出でて事ふれば則ち其の居る所其の言ふ所全く慎みて、謀其の位を出でず。長者に侍れば則ち礼敬を正し、奉ずること父兄の如くし、能く謙退して争はず。凡そ仕官の途、朝に出づれば則ち人に先んじ、夕に退けば則ち人に後る。宅に帰れば則ち父母に謁し、気を下し声を怡ばしめ席を安んじて、留守の事を問ひ、其の急緩を計りて其の事を為す。閑なれば則ち朝服を改め、静坐審思して今日の行跡を省み、暇あれば則ち書伝を披きて古人の言行を考へ、聖賢の趣向を知る。日既に没すれば則ち夜の戒を示し約束を堅くして寝所に入り、体を寛くし気を休め、侍者の労佚を時にす。是れ夙に興き夜に寐ねて、仕官省晨の用なり。
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葉隠・聞書第一若き時分、残念記と名づけて、その日その日の誤りを書き付けて見たるに、二十・三十なき日はなし。果てもなく候。今にも一日の事を寝てから案じて見れば、言ひそこなひ、仕そこなひのなき日はなし。さても成らぬものなり。利発任せにする人は、了簡(りょうけん)に及ばざることなり。
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