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春秋左氏伝 / 僖公三十年 周公閲、備物の饗を辞す

初,鄭公子蘭出奔晉,從於晉侯伐鄭,請無與圍鄭。許之。使待命于東。鄭石甲父、侯宣多逆以為大子,以求成于晉,晉人許之。冬,王使周公閱來聘。饗有昌歜、白、黑、形鹽。辭曰:「國君,文足昭也,武可畏也,則有備物之饗,以象其德。薦五味,羞嘉穀,鹽虎形,以獻其功。吾何以堪之?」東門襄仲將聘于周,遂初聘于晉。

新字:初,鄭公子蘭出奔晋,従於晋侯伐鄭,請無与囲鄭。許之。使待命于東。鄭石甲父、侯宣多逆以為大子,以求成于晋,晋人許之。冬,王使周公閲来聘。饗有昌歜、白、黒、形塩。辞曰:「国君,文足昭也,武可畏也,則有備物之饗,以象其徳。薦五味,羞嘉穀,塩虎形,以献其功。吾何以堪之?」東門襄仲将聘于周,遂初聘于晋。

書き下し

初め、鄭の公子蘭出でて晉に奔り、晉侯に從ひて鄭を伐つ。鄭を圍むに與ること無からんことを請ふ。之を許し、命を東に待たしむ。鄭の石甲父・侯宣多逆へて以って大子と為し、以って成を晉に求む。晉人之を許す。冬、王周公閱をして來聘せしむ。饗に昌歜(しゃうさん)・白・黑・形鹽有り。辭して曰く、「國君は、文は以って昭らかにするに足り、武は畏る可きなり。則ち備物の饗有りて、以って其の德に象る。五味を薦め、嘉穀を羞(すす)め、鹽は虎の形にして、以って其の功を獻ず。吾何を以ってか之に堪へん」と。東門襄仲將に周に聘せんとし、遂に初めて晉に聘す。

現代語訳

これより前、鄭の公子蘭は国を出て晋に亡命しており、晋侯(文公)に従って鄭を討った。しかし公子蘭は、故国の鄭を包囲することには加わらないようにしてほしいと願い出た。晋侯はこれを許し、東方で命令を待たせた。鄭の石甲父と侯宣多は公子蘭を迎えて太子に立て、それによって晋に和睦を求めた。晋はこれを許した。冬、周王は周公閲(しゅうこうえつ)を魯に聘問の使者として遣わした。魯のもてなしの宴には、菖蒲の根の漬物(昌歜)、白い稲の餅と黒い黍の餅、虎の形に固めた塩が並べられた。周公閲は辞退して言った。「一国の君主であれば、文の徳は世を明らかに照らすに足り、武の威は畏れられるに足る。そうであってこそ、物を備え尽くした饗応を受け、その徳にかたどるのです。五つの味を供え、よい穀物を進め、塩を虎の形にして、その武功をたたえるのです。私ごときが、どうしてこれに値しましょうか」。東門襄仲(公子遂)は周に聘問しようとし、その足でついでに初めて晋に聘問した。

解説

前半は、燭之武が秦を退けた鄭包囲の裏話である。晋に亡命していた鄭の公子蘭は、晋侯に従軍しながらも故国を囲むことだけは辞退した。晋はそれを許し、鄭はやがて彼を太子に迎えて和睦の糸口とする。故国への節度を守ったことが、そのまま後の即位(鄭の穆公)への道を開いた。後半は周の使者周公閲の辞退である。魯は菖蒲の漬物、白黒の餅、虎の形の塩という最上級の饗応を用意したが、周公閲は、これは文武の徳を備えた国君のための礼であり、臣下の自分には過分だと言って受けなかった。虎形の塩が武功を象るというように、饗応の品一つ一つに意味があり、それに見合う身分でなければ受けるべきでないという考え方である。過剰な厚遇を受けないことで、自分の立場と相手の礼の意味の両方を守っている。自分の役割に見合わない待遇を断る判断が、信頼を生む。

この章句が説くこと

節度礼分限謙譲外交

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